上 下
428 / 646
第4章 魔術学園奮闘編

第428話 逆に言えば『時間さえかければできる』ってことです。

しおりを挟む
「何だって? どういうことだ?」
「ステファノ……」

 ステファノの拒絶を聞いて、サントスより先にトーマが声を上げた。

「自動印刷機にめどがつきそうだって時に、協力できないとはどういうことだ?」
「めどがつきそうだから、断るんだよ」

 ステファノは真っ直ぐにトーマの視線を受け止めて言った。

「ステファノ……」
「先輩は言ったじゃないですか。『失敗が多すぎる』って。そして、『時間がかかる』とも言いました」
「ああ」

 サントスはステファノが何を言わんとするのか理解した。

「逆に言えば『時間さえかければできる』ってことです。すぐに結果を出したいからって魔法に頼っていては、科学の進歩はありませんよ」

 ぐうの音も出なかった。サントスは結果を欲するあまり、時間と手間をかけることから逃げようとしていたのだった。

「すまん。ステファノ、お前の言う通り。俺は逃げようとしてた」
「そういうことかい。新発明に時間がかかるのは当たり前だからな。当然すぎて何にも思っていなかったぜ」

 キムラーヤの工房には魔術師がいない。あい路にぶつかった時は、職人の創意と工夫で乗り越えてきた。
 試行錯誤に時間がかかることを承知の上で、トーマは紙送り機構の改良を引き受けると手を挙げたのだ。

「へへ。実際に手を動かすのは、うちの職人たちだがな」

 トーマには悩みの色が見えない。

「先輩、安心してくれ。うちの職人に任せれば大丈夫。きっと物にしてくれる」
「トーマ、お前……」
「この図面を見れば、俺にはわかる。キムラーヤならやれる!」
「……すまなかった」

 サントスはがっくりと肩を落とした。

「へ? 何で俺に謝る?」
「トーマ、俺はキムラーヤを見くびっていたらしい。すまん!」

 自分たち同様、キムラーヤでも成功するのは難しいと判断した。だから、サントスはステファノを頼ったのだった。
 知らず知らずの内、サントスはキムラーヤ商会の実力を疑っていたことになる。

「俺はお前の実家を疑っていた。許してくれ」
「なるほど。そういうことか」

 トーマの顔面に血の色が浮かんだ。口を開きかけたところで、トーマはくるりとサントスに背中を向けた。

「ふーう」

 大きく息を吐いて肩の力を抜き、トーマは再びサントスに向き直った。

「今回のことは『貸し』だ。2度めはないぜ。うちの職人をなめるな――俺が言いたいのはそれだけだ」
「わかった……」

 サントスはそう絞り出すのがやっとだった。

「飯にしましょう!」
「はあ?」
「何だと、ステファノ?」

 唐突に叫び出したステファノに、トーマもサントスも不意を突かれた。

「こういう時は飯を食うに限ります! くだらないことは腹一杯になれば忘れちゃいますから」
「お前、くだらないことって……」

「いいねぇ。ボクはオムライスって奴を食べてみたいんだが。何でもケチャップ味で、こってりしたおいしさらしいじゃないか」

 会話の様子を見ていたスールーがステファノに調子を合わせて乗って来た。

「お前ら、大事な話の途中で……」
「あれ、スールーさんはオムライスを食べたことがないんですか? ああ、お金持ちの家ではああいう料理を出さないんでしょうかね?」
「ステファノ、今メシどころじゃ……」

 トーマとサントスはすっかり腰が砕けてしまった。

「サントスさん、『メシどころじゃ』って何ですか? この世に飯より大切なことなんか滅多にありませんからね?」
「お前、前から思っていたけど、飯のことになると人が変わるな」
「トーマこそ余計なことを言っていないで、売店で卵と牛乳、玉ねぎと鶏肉を買って来てくれ。分量は今メモする」

 まくしたてるステファノに押されて、トーマはメモを片手に売店に走って行った。

「考えたら、材料が来るまで何もすることがありませんね。ああ、サントスさん、食器をテーブルに並べてください」
「ステファノは何をする?」
「俺ですか? 何もしませんよ」

 ステファノはどっかりと椅子に腰を下ろした。

「誰かに仕事を任せた以上、結果を待つ以外にすることはありません」
「お前、それは……」

 俺に対する皮肉かと言いかけて、サントスは唇をかんだ。
 自分は確かにトーマを信用しなかった。仕事を任せて置きながら、いざという時はステファノの魔法に頼ろうと「逃げ道」を用意していたのだ。

 それからサントスは、黙々と食器をテーブルに並べた。
 並べ終わると、サントスもテーブルに向かって腰を下ろした。

「ところで、ステファノ。オムライスというのはどうやって作るんだい?」

 初めからテーブルについていたスールーが飄々とステファノに問いかける。

「庶民の料理ですからね。好きなやり方で作れば良いと思いますよ。要するに『チキンライス』を『薄焼き卵』で包んだ料理です」
「そう言われると、簡単そうに聞こえてしまうねェ」
「作るだけなら、そうかもしれません」
「美味しく作るのは難しいということかね?」

 普段以上に無口なサントスを置き去りにして、スールーはステファノと会話する。

「どうでしょうか。調理法がシンプルなほど、料理人の腕がわかりやすいのは事実です」
「なるほどねぇ。料理というのも奥が深いものだね」
「極めればの話ですよ? 日常レベルの料理であれば、手順さえ守れば大きな差はありませんよ」

 オムライスは肩に力を入れて食べるような料理じゃありませんからと、ステファノは肩をすくめた。

「ごもっともだ。キミの手際を楽しみにしてるよ」

 スールーはにんまりと笑みをステファノに向けた。

「えーと。今日はみんなに手伝ってもらいますよ? 協同作業というわけです」

 ステファノもにっこりとスールーに笑い返した。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第429話 サントスさんとトーマ、頭は冷めたかい?」

「おいおい。ボクにまで料理をさせるつもりかい?」

 スールーは目を丸くして言った。

「さすがにそこまでの勇気はありません。スールーさんは洗い物担当です」
「ふむ。協同作業と言うなら洗い物ぐらいはやぶさかでないけどね」
「オムライスは洗い物が少ないですから、大した手間にはなりませんよ」

 確かに食器は少なくて済むはずであった。

「調理道具は人任せにできないので、俺が自分で洗います」

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

処理中です...