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第4章 魔術学園奮闘編
第418話 ヨシズミはそこに自分の可能性を見た。
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2学期開始の前日、ステファノは寮に入るためにアカデミーへ戻って行った。ネルソン邸に残された者たちは、どこかぽかりと穴が開いたような虚しさを感じていた。
それでも新しい日常が始まる。ウニベルシタスの準備は待ったなしの状況になっていた。
ステファノの2学期が始まるように、残された飯屋派メンバーは海辺の町サポリに移動し、ウニベルシタス建設の監督に当たることになっていた。
明日から旅に出るというその日、ヨシズミはネルソン邸内の射撃場にいた。
前日ステファノがアバターの訓練をしていたその場所で、ヨシズミは自分なりのアバターを使いこなそうとしていた。
(ステファノとオレとでは魔視脳開放の現れ方が違う。ステファノのアバターは同時に複数顕現できる自律型のものだが、どうやらオレのはそうでねェッペ)
「千変万化」と称されたヨシズミだったが、アバターの顕現に関しては自由度が低いように思われた。
プリシラの護身具に接触した時、ヨシズミはアバターを使ったつもりだったが、魔核は自分の延長として虹の王に接触したのだった。
(オレのアバターはあくまでもオレ自身ダ。そんならそれは遠隔操作型ロボットと同じだッペ)
同時に複数のアバターを使えない代わりに、「自分自身の延長」としてアバターを使えるのではないか?
ヨシズミはそこに自分の可能性を見た。
(ドローンにする素体は何でもインダ。たとえばこの杖でも)
ヨシズミは手にした杖を大きく振りかぶった。20メートル先の標的に狙いを定め、思い切り投げつけた。
(百花繚乱千変万華!)
槍投げにしては低い軌道で飛び出した杖は、途中で垂直に立ち上がり、放物線からそれていった。
落ちるはずの軌道で落ちて来ない。
まるで生きているように身を躍らせて、杖は標的に襲い掛かった。
袈裟懸けに打ちつけ、逆袈裟に斬り上げる。押しのけ、突き、足元を払う。
持つ者のいない杖が変幻自在に標的を打った。
(戻れ!)
ひょうと風を切り、杖は一直線にヨシズミの手元に戻った。受け止めるまでもなくヨシズミの眼前でぴたりと静止する。
杖を握ったヨシズミは、ぶんと一振りすると構えを解いた。
(こういうことか)
不器用にして器用。不自由にして自由。
1つのことしかできないが、その1つを究めること融通無碍。
それがヨシズミのアバターであった。
まるで自分の体を動かすように、ヨシズミは魔核を乗り移らせた杖を土魔法で自在に操ることができた。それはステファノにもできない高精度の魔力制御である。
(元々オレの魔法はそういうもンでネかったカ?)
その精度があってこその「千変万化」だった。
(杖を自在に飛ばせンだったら……)
ヨシズミは空を見上げた。
(マイナス5G!)
音もなく加速して、ヨシズミの体は空へと飛び出した。100メートルほど上がったところで上向き加速を止め、水平方向に加速の向きを変える。
しばらく弧を描いて方向を変えた後、重力を打ち消して水平移動する。
(難しく考えることはねェ。飛行機模型を手に持って動かしてッと思えば)
あるいはドローンをリモコンで操縦している感覚か。5分ほど試行錯誤する内に、ヨシズミの中のイメージと「操縦」のイメージがぴたりと重なった。
(目が回るのだけはどうしようもネェが、それも訓練次第で慣れッペ)
ヨシズミは納得して、射撃場の地面に降り立った。
(そうか! 何かに似てると思ったが、これなら陰陽師みてェだッペ)
式神使い。それがヨシズミの得たアバターであった。
(式神にはオレのできることができる。オレにできないことは式神にもできねェ。イイも悪いも使い手次第だッペ)
ネルソンが己の医学知識を磨けば、「治療魔法」の能力が向上する。同じように、ヨシズミが自らを鍛えれば式神の能力が磨かれるのであった。
(人間、いつまでも勉強が大切ってこッたッペ)
ヨシズミは深く頷いた。
◆◆◆
アカデミーに戻ったステファノは、まず初めに第2試射場へとやって来た。
「お邪魔します。先日はお世話になりました」
「戻ったか。わたしは場所を貸しただけだ。どうということもない」
ドリーは相変わらずマイペースだった。
実際のところ、突然の訪問に驚きこそしたが、「玄武の守り」のテスト自体は取り立てて驚くようなものではなかった。いつもと同じ魔術の試射に過ぎない。
「マリアンヌ女史の大袈裟な魔術はともかく、マルチェルさんの投擲術には少々驚いたがな」
ドリーも肉眼では鉄丸の軌跡を追うことができず、蛇の目の働きでようやくイドの残像を感知できたのだった。
「言い方がおかしいかもしれんが、さすがはお前の師だ。体術においては当代随一の達人と言えるだろうな」
「冬休み中、組手で随分しごかれました。まったく近づける気がしません」
「ははは。師匠というものはそのくらい大きな壁であってほしいものだな」
笑いながらドリーはステファノを見ていた。どこか休み前とは雰囲気が違うと。
「成長したようだな。落ち着きが出たように見える」
「そうでしょうか。自分ではわかりません」
「まあ良い。その内わかるだろう」
「今日は渡したいものがあって来ました」
そう言うと、ステファノはポケットから銀貨を1枚取り出した。
「銀貨だと? 賄賂にしては少ないようだが……」
「よく見てください。肖像の横顔に」
「うん? 何か彫ってあるのか? 『M』という文字か」
その気になってみなければ気づかないだろう。肖像の頬に小さく「M」の文字が刻印されていた。
「飯屋流の頭文字です。術式を籠めた印として刻みました」
「術式とは? 『蛇の巣』か?」
どこにでもあるコインは国宝クラスの護身具であった。
「これをなぜ私に?」
「何かあっては困りますので。常に身につけてください」
「わたしに狙われる覚えはないぞ」
「俺がアカデミーで一番親しいのはスールーさんでもミョウシンさんでもありません。誰よりも長い時間一緒に過ごしているのはドリーさん、あなたです」
今後ステファノを狙う者が現れた場合、その周囲の人間として第一にマークされるのはドリーであった。
「俺たちが起こすルネッサンスの動きを妨害しようとする連中が出てくるかもしれません。俺が原因でドリーさんが襲われては困ります」
「自分の身くらい、自分で守れる」
ドリーの声にほんの少し不服の響きが混じった。
「転ばぬ先の杖という奴です。襲ってくる相手は上級魔術師レベルを想定しています」
「何? ふ、物騒な話だな、それは。さすがに今の自分が上級魔術師を相手にできるとは思っていない。そこまで自信家ではないのでな。わかった。受け取っておこう」
「ありがとうございます。少しだけ安心できます」
ドリーはステファノから銀貨を受け取ると、内ポケットにしまった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第419話 でも、タリスマンも完全ではありません。」
「ふふ。わたしの値打ちは100ギル銀貨1枚ということになるのか?」
護身具を納めた内ポケットを服の上から触りながら、ドリーは笑って言った。
「まさか、そんなつもりじゃ」
「わはは。冗談だ。100ギルどころか国宝を渡されたようなものだ。感謝しているさ」
ドリーはステファノが特殊な立場にいることはわかる。「神の如きもの」の存在に関しては半信半疑であったが、発明品だけでも良からぬ連中の欲望を刺激するには十分であった。
「そうすると、この間の短剣も大事な人を護るためのものということか?」
……
◆お楽しみに。
それでも新しい日常が始まる。ウニベルシタスの準備は待ったなしの状況になっていた。
ステファノの2学期が始まるように、残された飯屋派メンバーは海辺の町サポリに移動し、ウニベルシタス建設の監督に当たることになっていた。
明日から旅に出るというその日、ヨシズミはネルソン邸内の射撃場にいた。
前日ステファノがアバターの訓練をしていたその場所で、ヨシズミは自分なりのアバターを使いこなそうとしていた。
(ステファノとオレとでは魔視脳開放の現れ方が違う。ステファノのアバターは同時に複数顕現できる自律型のものだが、どうやらオレのはそうでねェッペ)
「千変万化」と称されたヨシズミだったが、アバターの顕現に関しては自由度が低いように思われた。
プリシラの護身具に接触した時、ヨシズミはアバターを使ったつもりだったが、魔核は自分の延長として虹の王に接触したのだった。
(オレのアバターはあくまでもオレ自身ダ。そんならそれは遠隔操作型ロボットと同じだッペ)
同時に複数のアバターを使えない代わりに、「自分自身の延長」としてアバターを使えるのではないか?
ヨシズミはそこに自分の可能性を見た。
(ドローンにする素体は何でもインダ。たとえばこの杖でも)
ヨシズミは手にした杖を大きく振りかぶった。20メートル先の標的に狙いを定め、思い切り投げつけた。
(百花繚乱千変万華!)
槍投げにしては低い軌道で飛び出した杖は、途中で垂直に立ち上がり、放物線からそれていった。
落ちるはずの軌道で落ちて来ない。
まるで生きているように身を躍らせて、杖は標的に襲い掛かった。
袈裟懸けに打ちつけ、逆袈裟に斬り上げる。押しのけ、突き、足元を払う。
持つ者のいない杖が変幻自在に標的を打った。
(戻れ!)
ひょうと風を切り、杖は一直線にヨシズミの手元に戻った。受け止めるまでもなくヨシズミの眼前でぴたりと静止する。
杖を握ったヨシズミは、ぶんと一振りすると構えを解いた。
(こういうことか)
不器用にして器用。不自由にして自由。
1つのことしかできないが、その1つを究めること融通無碍。
それがヨシズミのアバターであった。
まるで自分の体を動かすように、ヨシズミは魔核を乗り移らせた杖を土魔法で自在に操ることができた。それはステファノにもできない高精度の魔力制御である。
(元々オレの魔法はそういうもンでネかったカ?)
その精度があってこその「千変万化」だった。
(杖を自在に飛ばせンだったら……)
ヨシズミは空を見上げた。
(マイナス5G!)
音もなく加速して、ヨシズミの体は空へと飛び出した。100メートルほど上がったところで上向き加速を止め、水平方向に加速の向きを変える。
しばらく弧を描いて方向を変えた後、重力を打ち消して水平移動する。
(難しく考えることはねェ。飛行機模型を手に持って動かしてッと思えば)
あるいはドローンをリモコンで操縦している感覚か。5分ほど試行錯誤する内に、ヨシズミの中のイメージと「操縦」のイメージがぴたりと重なった。
(目が回るのだけはどうしようもネェが、それも訓練次第で慣れッペ)
ヨシズミは納得して、射撃場の地面に降り立った。
(そうか! 何かに似てると思ったが、これなら陰陽師みてェだッペ)
式神使い。それがヨシズミの得たアバターであった。
(式神にはオレのできることができる。オレにできないことは式神にもできねェ。イイも悪いも使い手次第だッペ)
ネルソンが己の医学知識を磨けば、「治療魔法」の能力が向上する。同じように、ヨシズミが自らを鍛えれば式神の能力が磨かれるのであった。
(人間、いつまでも勉強が大切ってこッたッペ)
ヨシズミは深く頷いた。
◆◆◆
アカデミーに戻ったステファノは、まず初めに第2試射場へとやって来た。
「お邪魔します。先日はお世話になりました」
「戻ったか。わたしは場所を貸しただけだ。どうということもない」
ドリーは相変わらずマイペースだった。
実際のところ、突然の訪問に驚きこそしたが、「玄武の守り」のテスト自体は取り立てて驚くようなものではなかった。いつもと同じ魔術の試射に過ぎない。
「マリアンヌ女史の大袈裟な魔術はともかく、マルチェルさんの投擲術には少々驚いたがな」
ドリーも肉眼では鉄丸の軌跡を追うことができず、蛇の目の働きでようやくイドの残像を感知できたのだった。
「言い方がおかしいかもしれんが、さすがはお前の師だ。体術においては当代随一の達人と言えるだろうな」
「冬休み中、組手で随分しごかれました。まったく近づける気がしません」
「ははは。師匠というものはそのくらい大きな壁であってほしいものだな」
笑いながらドリーはステファノを見ていた。どこか休み前とは雰囲気が違うと。
「成長したようだな。落ち着きが出たように見える」
「そうでしょうか。自分ではわかりません」
「まあ良い。その内わかるだろう」
「今日は渡したいものがあって来ました」
そう言うと、ステファノはポケットから銀貨を1枚取り出した。
「銀貨だと? 賄賂にしては少ないようだが……」
「よく見てください。肖像の横顔に」
「うん? 何か彫ってあるのか? 『M』という文字か」
その気になってみなければ気づかないだろう。肖像の頬に小さく「M」の文字が刻印されていた。
「飯屋流の頭文字です。術式を籠めた印として刻みました」
「術式とは? 『蛇の巣』か?」
どこにでもあるコインは国宝クラスの護身具であった。
「これをなぜ私に?」
「何かあっては困りますので。常に身につけてください」
「わたしに狙われる覚えはないぞ」
「俺がアカデミーで一番親しいのはスールーさんでもミョウシンさんでもありません。誰よりも長い時間一緒に過ごしているのはドリーさん、あなたです」
今後ステファノを狙う者が現れた場合、その周囲の人間として第一にマークされるのはドリーであった。
「俺たちが起こすルネッサンスの動きを妨害しようとする連中が出てくるかもしれません。俺が原因でドリーさんが襲われては困ります」
「自分の身くらい、自分で守れる」
ドリーの声にほんの少し不服の響きが混じった。
「転ばぬ先の杖という奴です。襲ってくる相手は上級魔術師レベルを想定しています」
「何? ふ、物騒な話だな、それは。さすがに今の自分が上級魔術師を相手にできるとは思っていない。そこまで自信家ではないのでな。わかった。受け取っておこう」
「ありがとうございます。少しだけ安心できます」
ドリーはステファノから銀貨を受け取ると、内ポケットにしまった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第419話 でも、タリスマンも完全ではありません。」
「ふふ。わたしの値打ちは100ギル銀貨1枚ということになるのか?」
護身具を納めた内ポケットを服の上から触りながら、ドリーは笑って言った。
「まさか、そんなつもりじゃ」
「わはは。冗談だ。100ギルどころか国宝を渡されたようなものだ。感謝しているさ」
ドリーはステファノが特殊な立場にいることはわかる。「神の如きもの」の存在に関しては半信半疑であったが、発明品だけでも良からぬ連中の欲望を刺激するには十分であった。
「そうすると、この間の短剣も大事な人を護るためのものということか?」
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