上 下
397 / 646
第4章 魔術学園奮闘編

第397話 ステファノはナーガの視線に意識を委ねた。

しおりを挟む
 朝目覚めると、俯瞰する自分がいた。

 夜中に金縛りに遭い、天井からベッドの上の自分を見下ろしている気分。あれのような感覚だった。

(これは……虹の王ナーガの視点か?)

 自分の分身がわが身を見下ろしている。そんな感覚をステファノは覚えていた。
 同時にそれ以外の感覚もある。

(師匠たち……プリシラ……ジョナサンさん、ケントクさん……。みんなの気配が……)

 ネルソン邸に所在する人たち全員の気配をステファノは察知していた。
 誰がどの部屋にいるか。それが手に取るようにわかった。

(この感覚はどういうことだ? イドを探知しなくても居場所がわかるとは……)

 ステファノはナーガの視線に意識を委ねた。イドの1つ、ネルソンに意識を向けると、ネルソンは居室にいることがわかる。

(ナーガの視線……。どこから観ている? ランプだって?)

 ナーガはネルソン居室のランプから、ネルソンのイドを捉えていた。ナーガは魔灯具に宿っていた。
 ネルソンの部屋だけではない。ステファノが魔術付与したすべての魔道具にナーガが宿っているのだった。

 それぞれの魔道具が見えない手を伸ばし、手を繋ぎあって一体となって存在していた。

(これはまるで蜘蛛の巣、いや網の目のような……。これは!)

 ヨシズミが語った「ネット」ではないのか? 魔道具たちは紛れもなく相互に通信を交わしていた。

(建物内部をつなぐもの……それは「地域連絡網ローカルエリア・ネットワーク」か。すると、どこかに「奉仕者サーバー」がいるのだろうか?)

 ステファノには心当たりがない。特別な魔道具など作っていない。そんな覚えは――。

(あっ! あった! 1つだけ、いや2つ「特別な魔道具」を作った……)

 護身具タリスマン

 ステファノはそれを作り上げ、プリシラに贈った。

(あそこに籠めたのは「自動防御魔法」だ。どの魔道具よりも知性に近づけたアバターじゃないか)

 何よりも「プリシラを危険から守る」という想いを術式に籠めた。
 プリシラの安全をステファノは祈った。

 祈りは願望であり、かくあれかしという強い意志だ。

 その意志を籠められた魔核マジコアは対象であるリボンのイドを強く動かした。意志こそが意子イドンを震わせるエネルギーであった。

 リボンのイドンは激しく振動し、ID波を発した。ステファノの魔核を宿す最寄りの魔道具がID波を受けて共鳴し、自らもID波を発する。
 波は波を呼び、たちまちID波によるネットワークを形成したのだった。

(アバターが覚醒したら、「網」ができていた……。そんなことってある?)

 とにかく師匠たちに報告しなくてはと、ステファノは部屋を出た。

 ◆◆◆

 マルチェルとヨシズミは庭にいた。それぞれに型の修練を行っていた。

 2人の型が一段落したところで、ステファノは声をかけた。

「マルチェルさん、ヨシズミ師匠! ちょっとお話があります」
「どうしました、ステファノ? 何か異変がありましたか?」

 静かな口調だったが、マルチェルはステファノの態度に緊張を嗅ぎ取ったらしい。

「実は夜の間に俺のアバターが完全に覚醒したようです」
「ほお? とうとう開放されたってわけカ?」

 ヨシズミに大きな驚きはない。いずれその日は近いものと想像していたのだ。

「で、どうなったッペ? 頭ン中にナーガがいすわったりしてんだッペか?」

 第2の人格としてナーガが対話を始める。ヨシズミはアバターの完全覚醒をそのようなものと想像していた。

「いえ、そういうことはありません。知らない内に『ネット』ができ上がっていました」
「何だって? ネット? どうして?」

 ステファノの答えはさしものヨシズミをも呆れさせるものであった。
 アバターの話がなぜ「ネット」の話になるのかがわからない。

「おめェ、何語ってンだ、コノ!」

 つい言葉がきつくなる。

「待ってください。どうも話がかみ合わないようですね。ステファノ、我々にわかるよう落ち着いて説明してください」

 苦労人マルチェルに促されて、ステファノは目覚めてからのことを訥々とつとつと語り始めた。

 ◆◆◆

「なるほど。そういうことですか。ようやく意味が通じました」
「うん。たまげた話だが意味はわかっタ」

 マルチェルたちは、アバターの覚醒がLAN構築のキーにもなっていたことを理解した。

「そういう話なら旦那サンと先生にも聞かしてやンねばなンめェ」
「そうですな。詳しい話は、お2人にも聞いていただきましょう」

 ステファノは全員が揃った朝食の席で、アバター開放の報告をすることになった。

「それにしても魔道具を量産して経験値を荒稼ぎするとはなァ。ラノベでもあんまし聞かねェ話だッペ」
「へっ? 何のことですか?」
「や、何でもねェ。ただの独り言だッペ」

 思わず心の声を漏らしたヨシズミであった。どういう意味かと尋ねられても、どう答えて良いかわからない。適当にお茶を濁すしかなかった。

 苦笑いを浮かべたヨシズミの脳裏に、ステファノ製作魔道具が世間を埋め尽くす未来のイメージが浮かび上がった。

(何十万、何百万の魔道具がステファノのために経験値を稼ぎ続けたらどうなる?)

 ナーガはとてつもない経験値、すなわち学習効果を得ることになる。

(やがてナーガの知性は人間を超えることになるのだろうか?)

 ヨシズミはその問いを心から消し去ることができなかった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第398話 ステファノのやることは無駄に見えて無駄がない。」

「ふうむ。化身アバターの開放が『ネット』を生成するとはな」
「思わぬところでお前の理論が現実となったようですね、ドイル」

 場所を変えて朝食の場、ステファノの報告を聞いてドイルは感慨深げだった。

「意志の強さがID波を引き起こすトリガーだったとは、僕の想像を超えていたね」
「まさか屋敷中に配置した魔道具の数々が『地域連絡網LAN』とやらを構成するとは私も想像していなかった」

 ドイルのみならず、ネルソンもまた思わぬ展開に驚いていた。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

スライムと異世界冒険〜追い出されたが実は強かった

Miiya
ファンタジー
学校に一人で残ってた時、突然光りだし、目を開けたら、王宮にいた。どうやら異世界召喚されたらしい。けど鑑定結果で俺は『成長』 『テイム』しかなく、弱いと追い出されたが、実はこれが神クラスだった。そんな彼、多田真司が森で出会ったスライムと旅するお話。 *ちょっとネタばれ 水が大好きなスライム、シンジの世話好きなスライム、建築もしてしまうスライム、小さいけど鉱石仕分けたり探索もするスライム、寝るのが大好きな白いスライム等多種多様で個性的なスライム達も登場!! *11月にHOTランキング一位獲得しました。 *なるべく毎日投稿ですが日によって変わってきますのでご了承ください。一話2000~2500で投稿しています。 *パソコンからの投稿をメインに切り替えました。ですので字体が違ったり点が変わったりしてますがご了承ください。

処理中です...