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第4章 魔術学園奮闘編

第372話 見事な成果ですね、ステファノ。

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「なるほど。1度で解放に至らなかったとしても、何度か刺激を繰り返せばやがて全面解放に至るというわけか」

 ドイルが頷いた。

「ステファノは太極玉たいきょくぎょくでの魔視脳刺激を繰り返していたからな。太陰鏡ルナスコープが最後の決め手になったのかもしれん」

 ネルソンは冷静に太陰鏡を評価した。

「だとしても画期的な発明だ。これを使えば必ず魔視脳の解放に至るということだからな」
「旦那様、太陰鏡はウニベルシタスの目玉になりそうですな」
「どこにも真似のできないことだからな。王立アカデミーであってもだ」

 魔視脳の覚醒、解放は人を選んで行うことになるだろう。社会の受け皿ができていない状態で乱発すれば、戦乱が広がり、犯罪が多発するかもしれない。
 リミッターだけでは対策としては不十分であった。

「向こうの世界にあったみてェに『魔法警察マジポリス』を立ち上げねばなンねェナ」
「師匠は『魔法取締官』でしたっけ?」
「魔法もギフトも悪いものではねェ。それなのに、普及より先に取り締まりサ考えねばなンねェのはちっと悲しいナ」

 ヨシズミが寂しそうに言った。

「仕方あるまい。古来、人間の本性は変わらないのだ。何、悪い奴ばかりではないさ」
「もちろんです。そのためにもウニベルシタスを良き学びの場にすることでございます」

 ネルソン主従は明るい面に目を向けて、互いを励まし合った。
 
「リミッターの方はどうですか? ヨシズミの眼から見て、『本物』に匹敵できそうでしょうか?」
「『禁忌付与具《プロヒビター》』だったか? こっちは本物と遜色ねェナ。このまま使えッペヨ」

 リミッターについてはヨシズミが太鼓判を押した。ヨシズミの魔視脳という実例を目の当たりにして術式を再現しただけのことはある。十分な再現度であった。

「見事な成果ですね、ステファノ」
「ありがとうございます。俺自身の魔視脳を解放できたので、アカデミーの2学期が楽しみです」
 
 マルチェルの労いに、ステファノは目を輝かせた。完全に覚醒した魔視脳を駆使することで、2学期の活動はこれまで以上に充実したものになるはずであった。

「残る課題は化身アバターの覚醒ですか?」
「はい。下地は十分にでき上がったので、後はギフトの鍛錬で達成できると思います」

 魔視脳がハードウェアだとすれば、ギフトがソフトウェアに当たる。ハードを拡張した上でソフトを使い込む。それによって深層学習ディープラーニングを繰り返すのだ。

虹の王ナーガを鍛えるとなると、やはり魔法を使うことでしょうか?」
「そうだノ。魔道具作りも細かい術式構築だの魔力制御が必要だッペ。その2つを中心にしたらイカッペ」
「魔道具作りに関しては当てがあります。この屋敷に魔道具を行き渡らせようと思って」
「ほう。何か狙いがあるのかね?」

 ステファノの計画を聞いて、ネルソンがその意図を尋ねた。

「簡単に言うと、実験です」
「何の実験だね?」
「どんな魔道具が生活上一番必要とされているのか? どの魔道具を優先して普及させるべきか? その実地サンプルを取りたいと思っています」

 データを取りたい。それがステファノの狙いであった。

「面白い。それはまた贅沢な実験だね」

 ドイルは微笑んだ。

「普通は魔道具を作るというのは目標であり、ゴールにするものだが、君にとっては単なる手段というわけだ」
「言葉にするとそういうことになります」
「実にいいねえ。世間を小馬鹿にしているようだ」

 ステファノは純粋に魔道具普及に関する指針を得たいと思っている。ドイルの目から見ると、世間に喧嘩を売っていることになるらしい。

「先生、見解の相違です」

 ステファノはドイルのうがった見方に辟易した。

「ステファノ、気にしてはいけない。この男は既存の秩序を破壊することに快感を感じる異常者ですから」
「そこまでひどいことは考えていませんけど……」

 昔を知るマルチェルのドイル評は厳しいものであった。それにめげるようなドイルではなかったが。
 
「どんなことになるのか。良かろう。自由にやってみなさい」

 ネルソンが鷹揚おうように許しを与えた。どうせ道具は古くなれば交換するものだ。
 ステファノが失敗したとしても、交換時期が多少早くなるだけのことである。

「ジョナサンにはわたしから話しておきましょう」

 使用人たちへの連絡はマルチェルが担当することを申し出た。ステファノとしては使用人たちにその都度説明を繰り返すのは大変なので、まとめて連絡してもらえると助かる。

「手始めは灯具です。この屋敷にあるランプをすべて魔灯具に改造します」
「なるほど。無難な選択ですね。灯の術なら失敗しても、たとえ暴走しようとも無害ですからね」

 マルチェルの言う通り、生活魔法の中でも火を使わない灯の術は最も危険が少ないものだった。

「ランプだけか。燭台はそのままにしておくつもりかい?」

 ドイルが細かい部分を確認する。

「燭台には燭台の良さがあります。全部置き換えてしまうのはもったいないでしょう。それに、もしも魔道具を使えないような場面があったら、予備の明かりが必要ですし」
 
 力のある魔術師なら陰気を操って魔道具の働きを邪魔することができる。そうやって夜襲を掛けられても通常の灯具があれば、暗闇にはならない。

「そういうことならしまってある予備のランプはそのままにしておこう」

 ネルソンは普段使用しているランプが壊れた時用に、同数のランプを予備として保管させていた。

「良い考えだッペ。魔術に頼りすぎンのも良いことねェかンナ」

 ヨシズミもネルソンの用心に同意した。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第373話 そう言えば、あの子の家は何というお店だと言っていたっけ?」

 数えてみるとネルソンの屋敷には、50基近いランプが備えられていた。これを一箇所に集めるのは大変なので、ステファノは魔道具化した「鉄粉」をそれぞれのランプに内蔵させることにした。

 50粒の鉄粉を小皿に並べ、手をかざして術式を付与する。ベースはごく普通の光魔術「灯の術」であった。
 人の手が触れると点灯と消灯を交互に行う条件式を術式に組み込んで、「飯屋流魔灯具」が完成した。

 ステファノはでき上がった鉄粉魔道具を小瓶に納めて、邸内を回って歩いた。

 ランプの油壺に鉄粉をぽとりと落とせば、魔道具化完了である。ランプがひっくり返るようなことがあれば鉄粉はこぼれ落ちてしまうかもしれない。
 しかし、そもそもそんなことがあれば、ランプのホヤが先に壊れるだろう。滅多に起きないことであり、それ以上の手間をかける必要はないとステファノは考えた。

 ……

◆お楽しみに。
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