上 下
350 / 646
第4章 魔術学園奮闘編

第350話 読めるのに、意味がわからない。

しおりを挟む
(さてと、あの本に書かれていたことを試してみよう)

 ステファノは試しに書き込んでいた文章を抹消すると、あらためてヘルメスの杖を魔示板マジボードに向けた。

(ヘルプ)

 思念を送ると、黒板に一連の文字が浮かび上がった。

魔示板マジボードのヘルプ>
【____】[検索]

(これは……、調べたい言葉を「【____】」の中に入れるのだろうなあ。「遠距離」)

<候補ページ>
 ・「ペアリング機器が遠距離にある場合」
 ・「遠距離にある表示具ディスプレイを利用したい場合」

「何のことだ、こりゃ?」

 横で見ていたマードックは唐突に表れた表示の意味がわからず、素っ頓狂な声を上げた。
 説明を始めると長くなりそうなので、気がとがめながらもステファノはマードックを無視して調査を続けた。

(まずは……「ペアリング機器が遠距離にある場合」)

<ペアリング機器が遠距離にある場合のペアリングのやり方>
 1:ペアリングしたい機器を網目ネットワークにつなぐ。
 2:ペアリング機器の住所アドレスを記録しておく。
 3:「ペアリング機器の追加」を選択。
 4:接続したいペアリング機器の住所アドレスを登録する。

(こういうことか……。「解読不能」って文字が読めないってことじゃなくて、書かれていることの意味がわからないってことなんだ)

 ステファノは教室の机といすを持って来て、黒板に向かって座った。自分のノートを机に広げて、黒板に表示された内容を記録する。
 映像記憶フォトグラフィック・メモリーで記憶することもできるが、意味を理解していない文章の記憶は劣化する可能性がある。迂遠うえんでもノートを取りながら調査を進めた方が良いと、ステファノは判断した。

「マードックさん、ちょっと時間がかかりそうです。そこら辺の椅子に座ってお楽にしてください」
「そうか。じゃあ、そうさせてもらおう」

(こういうときは、焦らずに1つ1つの単語を調べて行けば良いんだったな。幸い検索ができる)

 ステファノは「戻る」を選択した。

(「網目ネットワーク」を検索)

 調べるたびに増えて行く未知の単語を丹念に記録しながら、ステファノは検索を繰り返した。
 もやもやとした入り組んだ模様の中から意味のある絵柄が浮かび上がるように、ステファノの中に少しずつ「理解」が生まれつつあった。

(「網目ネットワーク」とは世界中に広がるものなのか?)

(「継ぎ目リンク」とは「住所アドレス」につけた名前のようなもの?)

(「引いて落とすドラグ&ドロップ」って何だ?)
 
 ステファノのペンは1時間動き続けた。

 ◆◆◆

「あれはアーティファクトに共通する標準言語なんでしょうか?」
「わたしに聞かれてもな……」

 魔示板マジボードの調査を切り上げたステファノは、マードックに別れを告げてドリーの元を訪れていた。

「すいません。ちょっと興奮してしまって」
「お前が興奮するというのも、珍しいことだな」
「あの感じは、何と言うか……まったく新しい世界が目の前に現れたような感じなんですよね」

 まだ興奮冷めやらぬという風情でステファノは自分の体験をドリーに語った。

「ふうん。さっぱりわからんな」
「ええ~!」

 ややこしい説明を聞いて、ドリーは早々に理解を諦めた。

「まるで外国語を聞いているようだ。いや、言葉はこの国のものに間違いないが使い方のおかしい言葉がちょくちょく出て来る。まるで符丁・・のようだ」
符丁ふちょうですか……。確かにそんな感じですね」

 所によってはわざとわかりにくく書いているのではないかと思うような個所もあった。外国語のようだというドリーの言葉は、ステファノにとっても実感を伴っていた。

 同じ言葉を使いながら「現代社会ここ」とは違う世界。それとも違う時代・・
 そんなところに迷い込んだかのような気持ちにさせる不可思議な違和感があった。

(師匠にとってはこの世界がそんな場所なのだろうか?)

 ステファノは「迷い人」であるというヨシズミ師のことを思い起こしていた。

(ディミトリーさんは途中で解読を諦めたんだろうな)

 読めるけれども理解ができない。そのもどかしさに耐えられなくなったのだろう。普通に考えれば、所詮「ただの黒板」なのだ。
 特別な労力をかけるに値するとは思えなかったのだろう。

 一方、ステファノは魔示板マジボードが「通信機」に化けるのではないかと期待している。そうなると、モチベーションがまったく変わって来るのだ。

(俺は一介の素人だしね。失敗しようと、徒労に終わろうと大したことじゃない)

 マルチェルが言っていた。失敗とは「成功しなかった」というだけのことだと。
 ステファノには失敗で傷つくような「実績」も「名声」もありはしないのだった。

「今日の調査で大分情報が集まったので、冬休みの間にじっくり検討してみます」
「ふん。考え事をするには冬の休みは良い時間だな」

 家に閉じこもっていることが苦にならない。内省や思索には持ってこいの季節であった。

「しかし、そう言うからには見込み・・・があるのだな?」

 ドリーはステファノを値踏みするように目を細めた。

「はい、おそらくは。行けると思います」

 ステファノにしては珍しく、はっきりと言い切った。

「3月の研究報告会は大騒ぎになりそうだな。楽しみにさせてもらおう」

 ドリーはそう言って、微笑んだ。

「騒ぎはできれば避けたいですね。魔示板マジボード通信は秘匿案件としてエントリーしますよ」
「それはそうか。間違いなく軍事機密扱いになるな」

 実用化への道筋がつくとすれば、何ポイント与えても評価が追いつかないであろう。
 この1件だけでステファノに卒業資格を与えても良いくらいのものであった。

「それもこれも情報革命研究会という出会いがあればこそか」
「そうですね。スールーさんとサントスさんに感謝しています」
達成者アチーバーとやらの実在、いよいよ信じざるを得んな」

 ドリーの本心であった。今やステファノが達成者アチーバーの代表格であることを疑っていなかった。

「出会う人たちを一方的に利用しているつもりはないんですが……」

 ステファノは気まずそうに言う。

「そういうことではあるまい。実り多き縁を結ぶということではないか」

 ドリーは言葉を変えた。

「ああ。それは良い表現ですね。それならば俺は幸多きえにしを求めましょう」
「そうだ。望みというものは、はっきりと形にすると現実になりやすいらしいぞ」

 ちょっと考え込んだステファノは顔を明るくして答えた。

「だったら、まずはクリードさんです。クリードさんとドリーさんに親父の料理を腹いっぱい食べてもらいます。それが俺の望みです」

 ドリーは眩しそうな顔をした。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第351話 今回は化身を使ってみました。」

「さて、今日は何を試す?」

 話が一段したところで、ドリーはステファノに水を向けた。今年はこれで「撃ち納め」となる。
 昼間は名残を惜しむ学生たちで第1・・の方は混雑したらしい。

 第2試射場こっちに来る生徒は絶対数が少ないので大騒ぎということはなかった。それでもいつもよりは多めの人出で賑わっていたのだ。

「そうですね。ちょっと試してみたいことがあります」

 ステファノは術の内容をはっきりと告げなかった。

「新しい術か? お前の術は突拍子もないものばかりだからな。暴発しないように気をつけてくれよ」

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……

こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

勇者は魔王に屈しない〜仲間はみんな魔王に寝返った〜

さとう
ファンタジー
魔界からやって来た魔王に、人間界の一部が乗っ取られた。 その魔王に対抗するべく、人間界に存在する伝説の『聖なる武具』に選ばれた5人の勇者たち。 その名は聖剣士レオン、魔術師ウラヌス、刀士サテナ、弓士ネプチュン。 そして俺こと守護士マイトの、同じ村の出身の5人の幼馴染だ。 12歳で『聖なる武具』に選ばれ、人間界最大の王国である『ギンガ王国』で修行する毎日。 辛くも苦しい修行に耐えながら、俺たちは力を付けていく。 親友であるレオン、お互いを高め合ったサテナ、好き好きアピールがスゴいネプチュン、そして俺が惚れてる少女ウラヌス。 そんな中、俺は王国の森で、喋る赤い文鳥のふーちゃんと出会い、親友となる。 それから5年。17歳になり、魔王討伐の旅に出る。  いくつもの苦難を越え、仲間たちとの絆も深まり、ついには魔王と最終決戦を迎えることに。 だが、俺たちは魔王にズタボロにやられた。 椅子に座る魔王を、立ち上がらせることすら出来なかった。 命の危機を感じたレオンは、魔王に命乞いをする。 そして魔王の気まぐれと甘い罠で、俺以外の4人は魔王の手下になってしまう。 17年間ずっと一緒だった幼馴染たちは俺に容赦ない攻撃をする。 そして、ずっと好きだったウラヌスの一撃で、俺は魔王城の外へ吹き飛ばされる。 最後に見たのは、魔王に寄り添うウラヌスだった。 そんな俺を救ったのは、赤い文鳥のふーちゃんだった。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...