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第4章 魔術学園奮闘編

第327話 アレも獅子の子の1人だ。潰されはせんよ。

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「ウニベルシタスとは聞かない言葉ですが」
「共同体、共同組織という意味だ。王室でも国家でも、都市でもない。われら自身が志を1つにして集まり、学問の府を作るという意味を込めた」

 何でもないことのように聞こえるが、教育機関が行政や宗教から独立して存在することは当たり前のことではない。知識や技術は独占してこそ利益を生む。そう考えることが人間社会では自然なことなのだ。

 教育こそ支配の第一歩なのである。

 ルネッサンスにおいて、知識と技術、そして芸術の解放は欠くことのできない中心理念であった。

「平たく言えば『メシヤ学院』というところだな」
「なるほど。『メシヤ』という看板だけで人を呼べそうです」

 既に噂は独り歩きをしている。宣伝などしておらずとも、「魔術」、「体術」、「魔術付与術」において、かつてない力を持つ流派として「メシヤ流」は認識されている。

「ステファノがこれだけで終わるわけはないのでな。アカデミーを卒業するまでには、メシヤ流の名声は今の数倍に高まっているだろう」
「本人は目立ちたいとは思っておりませんでしょうに」

 マルチェルの声には同情の色があった。

「今更だろう。アレも獅子の子の1人だ。潰されはせんよ」
「獅子の子ですか。左様ですな。ギルモアに身を寄せた時からこうなることは決まっていたと」
「テミスの秤に狂いはない。アレほどの輝きを持って秤を傾けた者は他にいないのだ。我らは帰る場所の用意をしてやれば良いさ」
「承知しました。場所の当たり・・・は既につけております」

 マルチェルはテーブルに地図を広げた。

「王都やまじタウンではあたりさわりがあろうかと、海辺の田舎町を選びました」
「ほう、サポリか。かつては交易で栄えた港町だな」
「はい。ステファノがヨシズミ師と出会った場所でもあります」
「悪くはないな。港は物資や情報が行きかうポイントでもある」

 旅人が行きかう町は外の文化や情報に開けた立地でもあった。

「長く続いた戦で海路貿易は途絶えておりましたが、最近の停戦で流通が復活しつつあります」
「新しいことを始めるには良いタイミングかもしれんな」
「そう言えば、傭兵から盗賊稼業に転ずる輩が増えているそうです」
「そういう話を聞いている」

 ネルソンの商売は特殊である。薬種の類は盗賊が奪ったところで金に換えられるわけではないのだが、それを知らずに馬車が襲われることもあるのだ。

「治安の維持と自衛について考えねばならんな。お前1人では手が足りまい」
「さて、各地の街道を1人では守り切れるものではございませんね。傭兵崩れには傭兵をあてがいましょうか」
「なるほど。仕事を与えてやれば盗賊になる者を減らせるか」
「はい。一石で二鳥を得ようかと。口入屋と雇い入れる人材の選別は、わたしが行いましょう」

 ルネッサンスを推し進めれば、いずれ体制側と武力衝突になる可能性がある。傭兵の雇用は将来の危険に備える布石にもなった。

「うむ。悪い手ではない。商会が武力を蓄えれば何をする気だと疑われる。荷馬車の警備だと理由がつけば、世間が見る目もうるさくなかろう」
「そうですな。身内から盗賊を出さぬようしっかりとした選別をいたしましょう。訓練の方はご本家から何人か人手を借りれば上手くいくかと」

 高齢に差し掛かった騎士隊上がりの家人けにんを連れて来れば、良い教官になるだろう。侯爵家の雑用などで飼い殺しにするより、余程本人もやりがいがあるはずであった。

「よし。本家から連れて来る家人の人選も、お前に任せる。自由にやれ」
「かしこまりました」

 心なしか辞儀をするマルチェルの背筋がいつもよりもまっすぐに伸びている。

「商会の仕事の方は下の者に任せるが良い。人はこのような時に育つものだ」
「はい。コッシュ様が陣頭に立つ良い機会でもあります」
「む。そうか。アレにもそろそろ独り立ちさせる頃だったな」

 足りないところを探せばいくらでも欠点はある。それを知った上で任せるべきところを任せるのが、上に立つ者のなすべきことであった。

 失敗する機会を与えてやらなければ、人はいつまでも育たない。上に立つものがすべきは、絶対に失敗しない環境を用意することではなく、失敗しても取り返せる備えをしておくことだ。

「ウニベルシタスを立ち上げるまでにまだ時間がございます。どこか支店をお任せして、経験を積ませては?」
「コッシュにか? そうだな。考えてみよう」

 私学の立ち上げと経営体制の移行。その2つを並行して準備していこうというのが、ネルソンとマルチェルの考えであった。

「私の方には、それとは別にもう1つなすべきことがある」

 ネルソンは表情を引き締めた。

「抗菌剤の自由化だ」

 ネルソンのライフワークとも言える抗菌剤は、開発以来十数年がたつものの、未だに軍事機密に指定されていた。
 感染症の予防と初期治療に絶大な効果があると知りながら、民間の患者に処方することができない。

「停戦状態にある今こそ、抗菌剤の自由化を勝ち取る時だ」

 大きな戦争が始まってしまえば、軍事上の優位である抗菌剤は秘匿されたままとなるだろう。間違っても秘密が敵の手に渡ることは避けたいと、軍の上層部は考えるに違いなかった。

「これは私の戦いだ。レイチェル殿下の御霊みたまに誓った仕事をやり遂げねばならない」

 100万の命を救う。それこそがネルソンの悲願であった。
 自らの発明である抗菌剤をその手に取り戻さなくてはならない。

「旦那様、それでは……」
「私は陛下にお許しを願うつもりだ」

 人生を懸けた戦いのために、ネルソンは王都へ向かおうとしていた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第328話 ネルソン動く。」

「国王陛下に許しを願う」

 言葉にすれば簡単だが、果たして可能なのか。
 ネルソンは既に貴族でもない。ギルモア侯爵家の次男という立場を認められたとしても、それだけで国王への謁見が認められるわけではない。

 国王への直訴を認めてしまっては、宮廷政治が成り立たなくなる。

 最終決定が国王の権限においてなされるとしても、それまでに通り抜けるべき関門がいくつも存在した。

 ネルソンの作戦は、これを「軍事課題」としないことだ。
 そうしないと軍部の介入を避けられない。

 軍事機密の解放を容易く認める軍隊など、世界中のどこにも存在しないのだ。機密は独占することに利益がある。
 
 ……

◆お楽しみに。
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