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第4章 魔術学園奮闘編

第293話 この時空間への干渉とその効果の選択性こそが、魔術的現象の特異点だ。

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(2つの世界に穴を開ける……。ヨシズミ師匠はその穴に吸い込まれて迷い人になったのか?)

 ドイルの理論はアカデミー卒業後、ネルソンの支援を受けながら構築したものであった。初級魔術師を金で雇い、実験を繰り返した結果の集大成だ。

 ヨシズミから聞いた「世界渡り」の体験談が、時空間接合仮説のベースになっていた。

(それにしても、視点を変えると魔術現象の受け止め方が随分変わるな)

 ステファノは「世界」との関係性に着目したドイルの理論構成に圧倒された。これまでは「因果を改変する」というミクロ的な現象にのみ目を奪われて、「世界」という系のことを考えていなかった。

(「対象」という魔術の構成要素は隣接する2つの時空間が接する点でもあるんだな)

 そのことは今取り組んでいる「遠距離魔術」あるいは「イデアの知覚」のヒントになりそうだった。

(魔術の対象ポイントで「世界をつなぐ」という意識を加えてみよう)

 魔術はイメージがすべてである。術式は同じでも、その式に至るアプローチが異なれば結果が変わって来る。
 山の頂上に至る道。その登山口が見えて来た気がする。

「この時空間への干渉とその効果の選択性こそが、魔術的現象の特異性だ。とても人の力で起こせることとは思えないね」

 ドイルは魔術に関する考察をそう締めくくった。

(さすがはドイル先生だ。魔術師である俺が考えもしなかったことを突きつけてくる)

 ステファノはドイルの考察に感動していた。魔力が観えない、魔力を使えもしない人間が実験と思索だけでここまで魔力の神髄に迫っている。

(これこそ科学だ)

「わたしは時空間に関する魔術的現象は、魔術というよりも『世界』そのものが有する性質ではないかと考えている。1人の魔術師が独力で起こしているとは思えないのだ」

 ドイルは先程までの興奮が嘘のように、静かな声で言った。

「時空間とはそもそも重なり合い、隣接していくつも存在するものではないのか? 異なる世界が接触することは魔術を使わなくとも珍しくないのではないか?」

 ドイルは生徒たちに問いかけ続ける。

「そうであれば、『因果の改変』も珍しい現象ではないかもしれない。魔術師は魔力によってそれを行っているが、我々みんなが行っていることなのかもしれない」

 さらに大胆な仮説へとドイルの言葉は発展していった。

「『運が良い』とか『運が悪い』と、我々は一喜一憂する。科学ではこれを偶然のばらつきと考える。普通はそうだろう。統計を取ってみれば何の不思議もないことがわかるだろう。
「しかし、それでもだ。すべての偶然を取り除いた後、それでも残る『強運』を何と呼ぶ?
「それはもう『意志』ではないのか?」

 ドイルは指で空間を突くそぶりを見せた。

「意志によって結果を引き寄せる人。それは時空間に穴を開け、都合の良い因果を引き寄せる能力ではないのか? 魔術はその派手派手しさにより注目を集め、もてはやされたが、人目を引かぬ因果改変能力もあるのではないか?」

 ステファノはちらりと横目でサントスを見た。彼のギフト「バラ色の未来」は自分にとって有益な人物を見分ける能力であったが、果たしてそれだけか?

(海難事故で死にかけた時にギフトが目覚めたと言う。それは生き残るために、自分を助けてくれる人を引き寄せたということじゃないのか?)

「観る能力」は単に「見分ける」だけでなく、観る対象を引き寄せている可能性がある。

(だからこそ「ギフト持ちはギフト持ちを引き寄せる」という現象が生まれるのか?)

 ステファノ自身、ネルソン、ガル老師、クリードという重要人物と1つ馬車に乗り合わせる強運を得た。あの「偶然」がなければ、ステファノは今ここにいない。

(旦那様の「テミスの秤」も、俺の「諸行無常いろはにほへと」も、結果を引き寄せていると考えればいろいろとつじつまが合う)

 しかし、幸運ばかりに恵まれるわけではない。危険な目やつらい目にも合ってきた。

「わたしは意志によって因果を改変する能力者を仮定して、『達成者アチーバー』という名前をつけた。達成者は結果を出す人間として社会でもてはやされているはずだ。しかし、彼らも常に成功するわけではない」

 ドイルは生徒たちに言い聞かせるように語った。

「考えればわかることだが、我々は足元に気をつけていても転ぶことがある。人間にすべてを見通すことはできないのだ。所詮知恵や才能は有限だ。達成者であっても見落としを犯すし、失敗もする」

 スールーが手を挙げた。

「スールー、何かね?」
「先生が言う達成者は、いわゆる『知覚系のギフト持ち』と考えてよいでしょうか?」
「もっともな仮説だね。わたしもそうではないかと考えている。しかし、未だに確証はない」

 ギフトがないから達成者ではないと否定できるのか?

「慎重な判断を必要とするだろうね」

 ドイルはスールーに頷いて見せた。

「私に言わせれば諸君は全員成功者だ。難関の王立アカデミーに入学を果たしたわけだからね。全員が達成者でありうる」

 ドイルは言葉を続けた。

「達成力をギフトの一種と考えるならば、能力の発達を促すには意識してその力を使うことが有効だ。ギフト持ちは『成果を引き寄せる意識』を持ってギフトを使用すべきだ。ギフトがない人間も、目標を持ち、結果に対して意識を集中するべきだ」
 
 ドイルは黒板の文字を消し、最後にクラスに向き直った。

「諸君が達成者である可能性は、『この講義を選んだこと』によってさらに上昇している。わかりますか? ふはははは! 今日はこれまで!」

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第294話 それはまた、とんでもない説だな。」

(うーん。すごい授業だったなあ)

 土曜の4限めを終えて、ステファノは軽い興奮の中にいた。魔術の考察に止まらず、ドイルが提示した「達成者アチーバー」という概念にステファノは痺れていた。
 まるで、頭を殴られたようだ。

 ステファノ自身が「知覚系のギフト持ち」である。過去の出会いの数々を想えば、達成者として結果を引き寄せて来たと考えられる。

(アカデミーでも人には恵まれて来たものなあ)

 もちろんすべてが思い通りになるわけではないだろう。それでも、偶然任せの出来事が少数でも望む方向に引き寄せられるとしたら、誰でも欲しがる能力に違いない。

(そうなると、「ギフト持ちはギフト持ちを引き寄せる」という格言もニュアンスが変わって来るな)

 ……

◆お楽しみに。
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