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第4章 魔術学園奮闘編

第159話 王立アカデミーへようこそ。

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「うははは。香ばしいだろう」
「え? どなた……ですか?」
「おう。通りがかりの親父だ。ただの衛兵だがな」
「ああ、衛兵さんですか。取り調べでしょうか?」

 ステファノは先程とは違う衛兵の登場に、改めて警戒の念を持った。

「いや、取り調べってわけじゃない。そもそも訴え書きが正式には出ていないからな」
「そうなんですか?」
「つまり、お前さんを留め置く理由もないわけだ」

 先程の衛兵とはだいぶ雰囲気が違う。ステファノはまともな人に会えたのかなと思った。
 だが、足元でよれよれの靴を履こうとしているところを見て、「普通」ではないかもしれないと思い直した。

「そういうわけで俺としちゃあお前さんを帰してやりたいと思っている」
「それはありがとうございます」
「ついてはだ。また同じような騒ぎが起きても何だろ? 何があったか、腹を割って教えてくれないか?」
「わかりました。聞いてもらえるならお話します」

 そもそもまともに話を聞いてもらえなかったのだ。こちらの言い分を聞いてくれるというなら、正直に話をしようという気持ちにもなる。

「サポリの海岸で魔術の練習をしていたら、ジロー・コリントという人に声を掛けられたんです」
「ああ、そいつだな。『訴えらしきもの』の主は」
「やっぱり。で、『先生を馬鹿にするのか?』と勝手に怒り出して、こちらの手から手拭いを風魔術で吹き飛ばされました」

 説明しながら、師を馬鹿にされたと勘違いしたことが争いの元だったことに、ステファノは改めて気づいた。
 そこだけ見れば、コリントもそんなに悪い奴ではないのか?

「海に入って手拭いを拾い、話すことはないと立ち去ろうとしたら掴みかかられました」
「そこまでお前さんは手を出していなかったんだな。魔術にしろ、暴力にしろ」
「そうです。掴みかかられて咄嗟に相手を投げ飛ばしてしまいました。それで決闘に応じろと」

 話してみると、我ながら短気な行動だったなと恥ずかしくなった。相手の気に障ることがあったのなら、頭を下げておけば良かったのだ。

 相手はお貴族様なのだから。

「術を発動しかかったところで人に止められ、その場を離れました」
「そういうことか。随分話が違うな。お貴族様の話では、海辺で突然投げ飛ばされ応戦しようとしたら水魔術を飛ばされたということだったぞ」
「それは大分一方的ですね」

 自分に不都合な部分はすべて隠して話したのだろう。コリントの頭の中ではそういうことになっているのかもしれない。

 すべてを人のせいにしてしまえば、人生に悩みはなくなる。

「お前の言い分はわかった。今の話は俺の方で調書にして残しておいてやる。今後苦情が繰り返されたにしても、その調書を示して双方の言い分を突き合わせることになる。それ以上のことを求めるなら正式な訴えを出して受理される必要があるからな。滅多なことは起こるまい」
「ありがとうございます。そうしてもらえると助かります」

 ステファノは素直に頭を下げた。この衛兵は何の得にもならないことに自分の時間を割いてくれるというのだ。

「良し、帰って良いぞ。ま、俺が言うのも何だが長い物には巻かれておくのも生き方の1つだぞ」
「はい。良くわかりました。あの、衛兵さんのお名前は?」

「俺か? 俺の名前はマリオだ」

 思ったよりも早く解放されたステファノは、その足でアカデミーに戻り、教務長に事の経緯を報告した。

「なるほど。話のわかる衛兵に当たりましたね。それなら今後のことを心配しなくとも良さそうです」
「はい。ご心配をおかけしました」
「ふふふ。大変に派手な一日目になりましたね。もう少し目立たぬ振る舞いを心がけてほしいですね。そうすべきですよ」
「仰る通りだと思います。すみませんでした」

 アリステアはもう良いと言うように、手を振った。

「キミはやることと態度が大分異なりますね。人あたりは柔らかいのに思い切った行動を取る。今日のことは君のせいばかりではないようですがね」
「以後、気をつけます」
「そうしなさい。これを渡しておきます」

 手渡されたのは高級な用紙に筆記された在学証明書であった。

「これを持っていれば当校魔術学科の生徒であることが証明されます。なくさないように」
「これが……。ありがとうございます」

 受け取るステファノの手が細かく震えた。アリステアの目は震えを捉えていたが、何も言葉にはしなかった。

「新学期は明日からです。時間割などの授業要領はあちらで係の者から受け取りなさい。そこで入寮の注意も受けられます」
「はい。わかりました」

「ステファノ、王立アカデミーへようこそ。当校は学びの道を志す者を歓迎いたします」

 ステファノは両足を揃えて体を90度に折った。

「よろしくお願いいたします!」
「はい。下がってよろしい」

 ふわふわと雲を踏む心持で、ステファノは教務長室を後にした。

「お、来たか? ステファノだな? こっちに来てくれ」

 続き部屋になっている教務員室の端でカウンターの向こうから手を振っている男がいた。

「何だ、普通の平民だな? もっと変わった奴が来るかと思ってたぜ」

 男は笑いながら、ステファノの格好を頭のてっぺんからつま先までじろじろと見て来た。

「あの、どうしたら良いでしょうか?」
「ああ、悪い悪い。開校以来の問題児だって噂になってるもんで、ついな。気にしないでくれ」

 いや、そんなことを言われて気にするなという方がおかしいだろうと、ステファノは思った。

「今日の面談はすべて終わった。入学を許された生徒はお前が最後なんだ。こっちも大分待たされたんでな、扱いが雑なところは勘弁してくれ」
「は、はあ」

 雑に扱われてはかなわないのだが、「長い物には巻かれろ」と忠告をされたばかりである。ステファノは男の言うことを聞こうという気持ちになった。

「さてと、これが授業要領一式だ。今日の内に目を通しとけ。こっちが生活諸注意。でもってこれが入寮案内だ」

 さすがは貴族も通うアカデミーであった。庶民の生活ではこんなに細かいことを書類にする習慣はない。
 そもそも紙は貴重品であった。

「構内の地図は授業要領の後ろに載っているからな。どの教室に行けば良いのか良く見て動けよ」
「はい。注意します」

「それからな、1つ大事なことだ。校内では授業で必要な場合以外、魔術の使用は禁止だ。練習も許可が必要だからな」
「えーと、魔力を練る訓練も禁止でしょうか?」
「うん? 詠唱とか無詠唱とかの練習か? 術を発動しない限りはおとがめなしだ。第一他人が見てもわからねえしな。はっはっは」

 確かに男の言う通りだった。イドの鍛錬をひっそりやる分には問題ないだろう。
 ステファノとしては今日発見した「虹の王ナーガ」の研究をじっくりやってみたかった。

 イドを練るだけなら、室内で座ったままでも寝た状態でもできる。寮の部屋で暇をつぶすにはぴったりのはずであった。

 ところでステファノには1つ確かめておきたいことがあった。

「もし教えてもらえるなら聞いておきたいのですが、今年の新入学生にジロー・コリントという人はいますか?」
「ジロー・コリントだぁ? ああ、いたな。そいつだろ? お前のことを衛兵に訴えたというのは?」

 やっぱりかと、ステファノは肩に重荷を感じた。あいつにプレッシャーを掛けられ続けるのかぁ。そのうち何とかなるだろうと思いながらも、憂鬱さの予感に気が滅入るステファノであった。

 ふうとため息を吐きながらも、ステファノは教務員の男に礼を言った。

「いろいろとありがとうございました。これからお世話になりますので、よろしくお願いいたします」
「おっ、思ったよりもまともな奴だな? はは、冗談だよ。ここだけの話、お前も災難だったな。めげずにしっかりやれよ」

 ステファノは地図を頼りに学生寮に向かった。緊張の糸が切れたせいか、ここに来てどっと疲れた気がしてきた。

(今日は早めに休もう。明日から新生活だからな)

 木立の中を進み辿りついた学生寮は、こげ茶の木造建築だった。玄関の尖った屋根が特徴的だ。ステファノが想像していたよりこぢんまりとしていて、学生の数はそれほど多くないのかなと思えた。

 大きなドアを引き開けて中に入ると、広々としたホールが設けてあった。ソファとテーブルが5セット程おかれ、学生たちが談笑できるようになっていた。
 現に今も数組の学生がソファを占有している。ドアの開閉する音を聞きつけ、彼らの目がエントランスに立つステファノに集まった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第160話 ジロー・コリントは貴族であった。」

 あちこちで息を飲む気配がする中、ステファノはジローの存在を確認してその前に歩み寄った。

「何だ? 文句でもあるのか?」

 相変わらずソファーの背に体を預けたままだが、ジローは上着の陰に右手を挿し込み、いつでも短杖ワンドを抜き撃てるようにしていた。

「ジロー・コリント卿」

 ステファノは真っ直ぐに目を見て呼び掛けた。
 何を言い出すのかとジローが息を飲んだ瞬間、ステファノは片足を引いて胸に手を当てた。
 
 ……

◆お楽しみに。
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