上 下
139 / 646
第3章 魔術覚醒編

第139話 ステファノの一念少女を癒す。

しおりを挟む
「2種類の網……」

 荒い網にかかる成分、すなわち赤血球、白血球、血小板は残す。しかし、細かい網にかかる成分は「老廃物」なので取り除く。つまり「2つの条件」を持たねばならない。
 それはなかなかに難しいことであった。
 
「落ちついて観ろ。ここだ。この位置に腎臓がある。因果を紐解けば異物を除去する働きが見えるはずだ。
「オレの腎臓と比べてみろ。時を切り捨てて、『因果』のみを観るんだ」

 ステファノの額に汗がにじむ。極度の集中に手が震えた。

 血が流れ込み、流れ出る。異物が、老廃物が除去される過程を、結果を探し、紐解き、観る。

(有為の奥山 今日越えて~)

 今までやったことがないレベルでの観相であった。肉眼で見えないものを、見たことのない働きをイデアのレベルで認識しなければならない。

(だが、すべては存在し、「そこにある」はずだ。「そこにあるもの」を観る。自分を観ることと、落ちている石を観ることと同じであるはずだ!)

 物質の形骸にとらわれず、実在の本質に迫る。ステファノはそれを為そうとした。

自分イドもイデア界の住人ならば、血液の因果とも重なって存在するはずだ。イデア界に距離や大きさはない)

 世界を、時空を透かして観れば求める因果はそこにある。

(浅き夢見じ 酔いもせず ん~)

 森羅万象、宇宙は1点に集中し、手を伸ばすまでもなくそこにあった。

 ステファノは観た。少女の腎機能を、ヨシズミの血流を、そして自分の腎臓を観た。

(血の成分……大きさが違うなら重さも違うはずだ)

 ステファノは右手に「土のイデア」を呼んだ。

(「足跡」に刻まれた引力よ。色は匂えど 散りぬるを~)

 少女の腎臓の上に手をかざし、青の光紐を手のひらに集める。
 
 血流の中で血球、老廃物は動いている。血漿に運ばれて。
 血流の因果の中から「回転」を選び出す。回転を生み出し、増幅するのは「引力」だ。

 わずかに大きくなった回転が粒子を「外側」に推し動かす。
 ステファノは一瞬の閃きにより、「遠心分離」を行って老廃物と血液の通常成分を分離した。

 血管の中心に集められた老廃物を、尿排出の流れに載せる。

 少女の腎臓から戻る血流が正常な構成になっていることを、ステファノは自分の血流と比べて確認した。

「師匠、やり方がわかりました!」
「そうか。続けられるか?」
「できます! 土魔法を掛けました。あとは維持するだけです」
「よし。お前の言う念誦に働きを任せて、心は軽くするのだ。イデアに眼を向け続けていては長丁場は持たんぞ。4~5時間は治療を続ける必要があるはずだ」

(色は匂えど 散りぬるを~ 我が世誰ぞ 得常ならむ~)

 ステファノは頭を空っぽにしてひたすらに念誦を続けた。信仰を持ったことはなかったが、神に祈る行為とはこういうものであろうかとぼんやり想像しながら。
 ステファノの「考え」はただ一つ。「少女よ、健やかであれ」ということだけであった。

 ◆◆◆

「……ステファノ。ステファノ!」

 肩を揺すられてステファノは我に返った。少女の体に右手をかざしたまま、心の焦点を失っていたようだ。

 慌ててイドの眼に意識を戻し、血流の状態を確かめる。

「師匠、血がきれいになっています!」
「ああ。4時間経ったかンナ」
「えっ?」

 ステファノにはまったく記憶がなかった。術に没入した結果、時の経過を忘れてしまったのだ。
 思い出してみれば、途中ヨシズミに話し掛けられ、何やら答えていたようにも思う。

「オレの酒も粗方抜けたッペヨ。診たところ腎臓に疲れが残ってるが、血の中の毒は抜けきった様子ダナ」
「やっぱり……。良かった。これで助かりますね?」
「大方大丈夫だッペ。後は安静にして体の回復を待つだけダ」

「ありがとうございましたっ!」

 父親のダレンが床に膝をついて手を合わせた。

「良かったですね。娘さんをよく休ませて上げて下さい」

 ステファノはふらつきながら立ち上がると、ダレンに手を貸して立たせた。大の男に跪かれている図は落ちつかなかった。
 ヨシズミが立ち上がったダレンに声を掛ける。

「俺たちはこれで失礼するが、今日のことは人に漏らさないでくれ」
「へっ? それは一体……」
「今回はたまたま俺が『治療の仕方』を知っていたから娘を助けられた。だが、俺たちは医者ではない。病人がいるからといって助けることはできんのだ。俺たちのことは一切他言無用だ。いいな?」
「は、はい」

 ダレンは腑に落ちない顔をしていたが、ヨシズミの真剣さに押されて同意した。

「礼も要らんし、今後の関わりも断る。今日のことはなかったことだ。娘は勝手に回復した。それで良い」

「では、我らはこれで失礼する。達者でな」

 有無を言わせぬ勢いで畳みかけると、何か言いたげなダレンを振り切ってヨシズミは表に出た。ステファノも黙って後に続く。

「ステファノ、厄介なことになる前に町を出るぞ」
「えっ? 宿を引き払うんですか?」
「そうだ。口止めサしたが、守ってくれッかはわからねェ。他の病人サ紹介されたり、医者や役人を連れて来られッと面倒ダ」
「他にも困っている人がいるかもしれませんが……」

「ステファノ」

 ヨシズミは道の途中で足を停めて、ステファノの顔を正面から見た。

「世の人間すべてをお前が救うことはできない。それに俺たちが無償で病人を治療すれば、医者や薬師の反感を買うことになる」
「それは……」

「第一、お前。もう観相を使えまい?」
「えっ?」

 驚いてイドに意識を集中してみると、ずきりとステファノの頭が痛んだ。

「あ、痛っ!」
「イドがイデアを認識するのは自然なことだが、肉の身のままでそれを為せば肉体に負荷がかかる。長く続ければそうなる」

 ステファノは頭を押さえて頷いた。

「そんな有り様じゃ人助けも蜂の頭もあんめェ? 誰か来て、それサ断ったらどうなる? 嘘つかれた、贔屓されたって不平を持たれッペ? それが人情ッてもンダ」

 現実にヨシズミはそういう扱いを数知れず受けて来たのだろう。がんじがらめに身を縛りつけるしがらみに耐えきれず、世捨て人になったのだ。

「オレみてェのは行きすぎかしんねェけど、人間は神様じゃねェからヨ。手サ出すのは目の前のことだけにしとケ」

 ステファノは人助けを簡単に考えていた自分を恥じた。他人や自分を甘やかすような行為は、己が求める「人助け」ではないはずだ。
 もっと地に足がついた働きで世の中の役に立たなくては……。

「まあ、あんまり深く考えッこともねェ。今日みてェなことが毎日あるわけじゃねェからな。何事もほどほどが大事ってことダ」

 2人は宿に帰りつくと事情が変わったのですぐに発つと伝えた。多少驚いた主人だったが、そういうこともあるのだろう、落ちついて対応してくれた。

 ◆◆◆

 そのまま残りの荷物を背負って街を出た2人は呪タウンを目指して歩き始めた。中途半端な時刻に歩き出したため、今晩は街道沿いで野営をすることになる。

 逃れるように旅立った2人であったが、実際のところは誰かに追われるような可能性は低かった。

 名前はステファノしか明かしていないし、どこで何をしている者かは名乗らなかった。ヨシズミとステファノの会話は常人が聞いても意味不明であるし、ステファノが施術を始めてからはダレルを部屋から追い出しておいたので詳細は見られていない。

 だが、薬を使おうともしない2人は確実に「魔術師」と見られただろう。
 ステファノが「少年」と呼べる年齢、外見であったことも噂を招きやすい要因だった。

 人はとかく、刺激的な出来事を他人に話したがる生き物である。

 旅の少年が魔術で病人を癒したという噂が、やがて人々の口に上るようになった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第140話 旅での修行。魔力の起こりを捉えて返せ。」

 魔法を打ち消すことはさほど難しくはなかったが、「逆位相」に撃ち返すのは困難だった。ヨシズミが与えたこの課題では飛んでくる礫に掛けられた魔法を見破り、それを逆転して相手に返さなければならない。

 すなわち「火魔法」が掛けられていれば「氷魔法」で返し、「土魔法」であれば逆方向の引力を与える。「水魔法」には「乾燥」を返し、「風魔法」には「無風」を、そして「雷」には……。

「痛たたたた……!」

 ステファノは雷魔法を返し損ねて手を痺れさせた。イドの盾がなければ大やけどを負うところであった。
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...