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第3章 魔術覚醒編

第131話 イデアは時空を貫いて存在する。その法則を魔法と言う。

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 心当たりはあった。

 ジローの水魔術とステファノのそれはまるで違った。
 ジローは「大気から水を生み出して」いた。大気中の水分は気体化して水蒸気となっているが、そもそもいつ液体に戻ってもおかしくない。簡単に状態を変える物であった。

 その時の温度、湿度で結露(液体化)するかどうかは確率の問題であった。一定確率で一部の水蒸気は結露する。その可能性をストレッチするのが伝統的な意味での魔術であった。
 確率改変効果が高い因果を視野中に持っていれば、より強い魔力を持っているとみなされる。

 ステファノが使ったのは「水が流れる」という因果である。そこから「時の流れ」という要素を取り除き、結果の蓄積だけを引き出した。それが「津波」という現象である。

 だが、海辺で津波が発生するという「可能性」は存在しない。起こりえない因果を現実界に持ち込むことで、ステファノの術は自然法則に不連続を生じさせる。
 その効果は意図した現象だけに止まらず、ドミノ倒しのように広がって行くかもしれない。

 それがヨシズミの言う「バタフライ効果」の危険性であった。

「おめぇの使う水魔術が世界のどこかで本物の津波をひき起すかもしれね。だからそのやり方は捨てねばなンねェ」
「俺はどうしたら良いんでしょう?」

 ステファノは進むべき道を見失っていた。一度掴んだと思った魔術は危険な邪道であった。もう一度やり直さなければならない。

「おめぇは『因果』を視たり、掴まえたりすることはできッベ」
「はい。ギフトを使えばできます」
「だったら視方みかたを工夫するこッたナ。因果は1つだけではねぇ。無数の可能性が『揺らぎ』として集まったもんだ。それを解きほぐして必要な1本を選び取る。そうすれば自然法則の中で因果を改変すッことができッペ」

「師匠が使う術は、そういうものなんですか?」
「俺が使ってんのは『魔法』だ」
「『魔法』という言葉は初めて聞きました」
「そうだッペナ。この世界の言葉ではねェから」

 ヨシズミは鼻の頭を人差し指で掻いた。

「魔法の『法』とは『法則』のことだ。世界の仕組みであり、ルールでもある。その範囲内で『まじ』を為すのが魔法マジックであり、魔法使いメイジである」
「師匠は魔法使いということですか」

 魔法。自然の中に法則性を見出そうとしているのがドイルだとすれば、ヨシズミはイデア界の法則を探求する者であろうか。

「自分は魔力の源として、イデア界に因果を求めているのですが、師匠の魔法はどこから力を得るのでしょうか?」
「イデアか。そういう呼び方もあるナ。イデアの間にある因果を使うというところでは、魔法も魔術と一緒だ」
「では、違いはどこにありますか?」

 ヨシズミはどう伝えようか考える様子であったが、答える前に洞窟が近づいて来た。

「その話は昼飯の後にすッペ」

 ◆◆◆

 朝は海で海藻を拾い、午前中は森で山菜を採る。それで昼の食事をしたら、夜まではただ無為に過ごす。
 寝転んだり、散歩をしたり、たまには洗濯をしたり。

 それがヨシズミの基本的な生活だという。

「人には会わないんですか?」

 雑炊をメインにした昼食の後、お茶を飲みながらステファノはヨシズミに聞いてみた。

「昔は町や村に住んだこともあるヨ。でも、人間づき合いは面倒だからネェ。ある時から引き籠ったンダ」
「そうなんですか」
「人前で魔法は使わねェんだけど、どうしても使うしかねぇ時もあッペ?」

 今朝の場面は特殊なケースだが、人が死にそうな時や怪我をした時など、一刻を争う場面で知らぬ顔はできないと言う。

「魔法を使えば人を助けられるっていう時があるからナ」
「それだったら感謝されるだけじゃないんですか?」
「そうはいかねェンダ」

 ヨシズミはしみじみと語った。

「周りの人は、『ああ、魔術が使えるンダネ』って思うッペ? そうするとな、生き死にのことでなくても俺に頼って来るようになるンダ」

 ちょっとアレしてくれないか、これを手伝ってくれないか。人はヨシズミを利用することを考えるようになる。魔術の魅力はそれだけ大きかった。

「断れば角が立つ。受ければ調子こんでまた頼みに来る。ほとほと疲れちまった」

 いっそのこと魔術師として身を立てれば職業と割り切れるのではないか? そう思って貴族に仕えたのだと言う。

「行き先が悪かったのか、戦に駆り出されてなァ。随分と人殺しをやらされた。人の体を壊すのなんか魔法を使えば簡単だからネ」

 それはステファノの将来であったかもしれない。魔術師として身を立てようと考えていたのだから。

「軍人も職業だからそれサ悪く言うつもりはねぇ。勝たねば故郷がなくなる戦いもあるだろし。でも、俺は関わりたくねェって想ったのサ」

 そしてヨシズミは山に籠った。

「俺はこの世界の人間じゃないからヨ」
「えっ?」

 遠い国から来たという意味だろうかとステファノは考えた。

「文字通りの意味サ。ここは俺の世界じゃねェンダ」

 迷い人。それがヨシズミの正体であった。

「あっち側では『神隠し』っつうンダ。因果に揺らぎがあるように、世界も1つじゃねェのヨ。揺らぎの数だけ枝分かれして重なるように存在してんだ」

 揺らぎ同士の共振点ではまれに世界をまたいだ移動が起こるらしい。それが迷い人だと言う。

「俺の元いた世界では魔法が当たり前だったの。みんなが魔法サ使ってたのよ。こっちサ来たら随分荒っぽい術使ってンでたまげたもンダ」

 その場で起こりうる因果の中から自分が欲する結果を探し出すのが魔術であるとしたら、その中でも最も改変が小さく世界への影響が少ない因果を用いるのが魔法だと言う。

「ほら、子供の遊びで迷路とか一筆書きとかあッペ? あれと一緒だ。なるたけ無駄のない短い道筋を探すこと。魔法には最初からそれが組み込まれてンダ」

 鍋の汁を煮炊きする際、魔術師であれば何もないところに「火」を起こす。しかし、ヨシズミは火を起こさずに鍋の中身だけを熱する方法を取る。
 わざわざ七輪の上に鍋を掛けるのは、「七輪の火で鍋を煮た」事実を持つ世界から因果を共有しやすくするためである。

「改変する事象をなるべく少なくすッこと。それが魔法使いの力量だッペ」

 ヨシズミの魔法論によれば、イデア界には「この世界」の事象だけではなく、「異世界」の事象の本質も存在している。この世界では存在しない事象も無限にある異世界には存在しうる。
 その可能性を検索し、結果を利用するのが魔法だと言うのだ。

「たとえて言うならばヨ、この世界の魔術師はイデアの上っ面だけを見てる。ところがイデアには奥行きもあンダ。異世界の数だけ無限にナ」

 この世界での可能性が横幅だとすれば、世界の差によるバリエーションが奥行きだということかと、ステファノは解釈した。

「魔法使いに必要なのは、イデアの奥行きまで見通す力よ。これまたたとえだけどよ、魔術師がイデアの正面だけを見ているとしたら、魔法使いは上からも横からも観なくちゃならねェッてことだヨ」

 そしてヨシズミは師として初めてステファノに命令した。

「それができるまで、お前は因果を改変してはならない。まず『観相』を鍛えなさい」
「わかりました。師匠の言う通りにします」

「『観相』を鍛えればやがて世界を見通す視点を得られるだろう。その時お前はイデア界に立つことができる。それが魔法の原点だ」

 そうかと、ステファノは気がついた。それこそが「有為の奥山を越える」ということではないかと。「今日越えて」が時間を超えることだとすれば、「有為の奥山」とは空間と世界を越えることであろう。

 イドは時空を超えてイデア界に立つのだと。

「師匠、『観相』の修業をやらせてもらいます。自分のギフトは魔法に至る道筋を示す物でありました」
「そうかもしれん。ならば疑いを捨ててギフトに従え。ギフトの成長がお前の成長となるだろう」

 ステファノはようやく心から迷いを追い出すことができた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第132話 運の良し悪しを語るのは、持ち駒をすべて使い切ってからだ。」

 ステファノの瞑想を横目に見ながら、ヨシズミは楽しそうに松毬を拾い集めた。イドをまとわせた松毬は石以上に硬い。それをいくつも受けて耐えている時点で、ステファノは常人の域を超えた防御力を見せているのだが、本人はそれに気づいていない。

 目の前で進歩する弟子の姿を見て、楽しくない師匠などいないのだ。
 さて、次はどんな工夫を見せてくれるのか? これがただの休憩ではないことをヨシズミは知っていた。

(そうか、ドイル先生! あなたのやり方をお借りします)

 ステファノは瞑想を納めて目を開けた。
 
 ……

◆お楽しみに。
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