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第2章 魔術都市陰謀編
第91話 口入屋征圧。
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マルチェルがドアを押し開けると、50センチほど開いたところで待ち構えていた男が短剣を突き出してきた。
だが、隙間からでは角度が悪く、マルチェルの体に届きそうにない。
だん。
ドアノブから手を放していなかったマルチェルは、思い切りドアを引いた。肘を挟まれた男の腕は、それ以上伸びない。
「あがっ!」
肘を挟まれた痛みに男が声を上げたが、マルチェルは構わない。
無造作に男の手首を取ると、ドアに挟んだまま相手の腕を捻った。
「がぁあっ!」
肘と肩を決められた男は右腕のじん帯がぶちぶちと切れる音を、体内で感じた。苦痛に膝から崩れ落ちる。
マルチェルは相手の手首を放し、ドアと相手が少し離れたところで思い切りドアを蹴り飛ばした。爆発するような音でドアは男の胸と顔を打ち、室内へと吹き飛ばした。あばらが折れ、顎の骨も粉砕していたであろう。
「出迎えご苦労。こどもを1人引き取りに来た」
3メートルほど先の壁ぎわには大きな袖机が置かれており、男が机に向かっていた。椅子から腰を浮かせて立ち上がりかけていたのは、口入屋の元締めだった。
半開きの口を、ぱくぱく言わせていたが肝心の声が出て来ない。
「何か言ったか? ああ、挨拶なら要らんぞ? 何しろ急なことなので、こっちはお前の名前も知らんのでな」
おろおろと左右を見回した口入屋の視界に、横にある飾棚に置かれたレイピアが映った。あれを取ることができれば……。
「止めておいた方が良いぞ? お前が表の部屋で伸びている8人よりも腕が立つというなら、相手をしてやっても良いが」
言われて戸口を見直せば、開いたドアの向こうにバタバタと倒れたままの手下たちが見える。水月を打たれた男は嘔吐物にまみれ、口の周りを血だらけにしている男は歯を折られたものか?
「刃物など持つと、自分が怪我をしやすくなるだけだぞ?」
いつの間にかマルチェルは机の前に立ち、両手をついて前に顔を突き出していた。
「逆らえば腕を折る。騒げば舌をちぎる。逃げ出そうとしたら――そうだな、膝を逆に折る」
「そうならんように、大人しくステファノのところまで案内しろ」
怒鳴るでもなく、凄むでもなく、当たり前のことを命じる口調でマルチェルは言った。
だが、口入屋を覗き込むその目は地獄への入り口のように暗く、深かった。
「ふぇ」
気の抜けた声を漏らして、口入屋は椅子に腰を落とした。いや、膝の力が抜け、立っていられなくなった。
ズボンの尻と椅子の間を、温かい液体が流れて行く。
「おや? これは失礼。漏らした時の罰を決めていなかったな……。デコピンにしておこうか」
身を乗り出した姿勢のままマルチェルは右手を伸ばして、丸めた中指で口入屋の額をはじいた。
ごきん。
腹に響く音を立てて、口入屋の頭がのけ反った。
「はぁん!」
女のような声を立て、口入屋は首の後ろを手で押さえた。首の筋を痛めたかもしれない。
「立て」
短く命じると、マルチェルは机から離れた。男との距離を取っているのは、汚れたくないためか。
「アランさん。その長剣が丁度良いでしょう。こいつが変な動きをしたら後ろから突いてやって下さい」
抵抗する気力も無くし、口入屋は湿った足音を立てながら2人をステファノを閉じ込めた部屋まで案内した。
役割上、アランは男が濡らした床板の上を歩いていくしかなかった。
マルチェルは脇にずれて、後をついて来る。すました顔をしているが、どうもご機嫌なようだ。
「その靴は手入れが必要だと思いますが、コツは『お漏らし』シュルツに聞いたら良いですよ。きっと詳しいことでしょう」
王立騎士団長にそんなことを聞こうものなら、文字通り自分の首が飛ぶ。冗談では済まない。
「勘弁してくれ」
アランは音を上げた。ギルモア家の騎士たちはやっぱりいかれていると、内心毒づいていた。
操り人形のようにぎこちなく歩いていた口入屋は、やがて奥まった廊下の先にある戸口の手前で立ち止まった。
「ど、ドアが開いてる……」
首が回せない男は、よたよたと体ごと振り返って言った。
「鍵を掛けておいたはずなんだ」
罰を恐れて、口入屋の体が小刻みに震えている。
「ふむ……」
何か言おうとしたマルチェルの目が、床の一点に留まった。
「あれは……」
ドアの内側、暗がりの中に何かが見える。床の上に凝り固まった影のような何かが。
「待て!」
マルチェルの鋭い声に、口入屋はびくんと動きを止めた。残りがまた少し漏れた。
「俺が行く」
廊下に置かれた燭台を手に取ると、男を横に押しのけてマルチェルは戸口に近づいた。
暗闇に燭台を差し入れる。
「これは、一体……?」
中の様子を見て、マルチェルは驚きに動きを止めた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第92話 逃れようのない戦いの結末。」
廊下に足音が響き、一歩一歩近づいて来る。
ついにステファノが佇む戸口、ドアの前で止まった。
泣きそうに顔を歪めながら、ステファノは左手を握り締める。
ガチャガチャと手荒に鍵を回す音がして、施錠が解かれた。
……
◆お楽しみに。
だが、隙間からでは角度が悪く、マルチェルの体に届きそうにない。
だん。
ドアノブから手を放していなかったマルチェルは、思い切りドアを引いた。肘を挟まれた男の腕は、それ以上伸びない。
「あがっ!」
肘を挟まれた痛みに男が声を上げたが、マルチェルは構わない。
無造作に男の手首を取ると、ドアに挟んだまま相手の腕を捻った。
「がぁあっ!」
肘と肩を決められた男は右腕のじん帯がぶちぶちと切れる音を、体内で感じた。苦痛に膝から崩れ落ちる。
マルチェルは相手の手首を放し、ドアと相手が少し離れたところで思い切りドアを蹴り飛ばした。爆発するような音でドアは男の胸と顔を打ち、室内へと吹き飛ばした。あばらが折れ、顎の骨も粉砕していたであろう。
「出迎えご苦労。こどもを1人引き取りに来た」
3メートルほど先の壁ぎわには大きな袖机が置かれており、男が机に向かっていた。椅子から腰を浮かせて立ち上がりかけていたのは、口入屋の元締めだった。
半開きの口を、ぱくぱく言わせていたが肝心の声が出て来ない。
「何か言ったか? ああ、挨拶なら要らんぞ? 何しろ急なことなので、こっちはお前の名前も知らんのでな」
おろおろと左右を見回した口入屋の視界に、横にある飾棚に置かれたレイピアが映った。あれを取ることができれば……。
「止めておいた方が良いぞ? お前が表の部屋で伸びている8人よりも腕が立つというなら、相手をしてやっても良いが」
言われて戸口を見直せば、開いたドアの向こうにバタバタと倒れたままの手下たちが見える。水月を打たれた男は嘔吐物にまみれ、口の周りを血だらけにしている男は歯を折られたものか?
「刃物など持つと、自分が怪我をしやすくなるだけだぞ?」
いつの間にかマルチェルは机の前に立ち、両手をついて前に顔を突き出していた。
「逆らえば腕を折る。騒げば舌をちぎる。逃げ出そうとしたら――そうだな、膝を逆に折る」
「そうならんように、大人しくステファノのところまで案内しろ」
怒鳴るでもなく、凄むでもなく、当たり前のことを命じる口調でマルチェルは言った。
だが、口入屋を覗き込むその目は地獄への入り口のように暗く、深かった。
「ふぇ」
気の抜けた声を漏らして、口入屋は椅子に腰を落とした。いや、膝の力が抜け、立っていられなくなった。
ズボンの尻と椅子の間を、温かい液体が流れて行く。
「おや? これは失礼。漏らした時の罰を決めていなかったな……。デコピンにしておこうか」
身を乗り出した姿勢のままマルチェルは右手を伸ばして、丸めた中指で口入屋の額をはじいた。
ごきん。
腹に響く音を立てて、口入屋の頭がのけ反った。
「はぁん!」
女のような声を立て、口入屋は首の後ろを手で押さえた。首の筋を痛めたかもしれない。
「立て」
短く命じると、マルチェルは机から離れた。男との距離を取っているのは、汚れたくないためか。
「アランさん。その長剣が丁度良いでしょう。こいつが変な動きをしたら後ろから突いてやって下さい」
抵抗する気力も無くし、口入屋は湿った足音を立てながら2人をステファノを閉じ込めた部屋まで案内した。
役割上、アランは男が濡らした床板の上を歩いていくしかなかった。
マルチェルは脇にずれて、後をついて来る。すました顔をしているが、どうもご機嫌なようだ。
「その靴は手入れが必要だと思いますが、コツは『お漏らし』シュルツに聞いたら良いですよ。きっと詳しいことでしょう」
王立騎士団長にそんなことを聞こうものなら、文字通り自分の首が飛ぶ。冗談では済まない。
「勘弁してくれ」
アランは音を上げた。ギルモア家の騎士たちはやっぱりいかれていると、内心毒づいていた。
操り人形のようにぎこちなく歩いていた口入屋は、やがて奥まった廊下の先にある戸口の手前で立ち止まった。
「ど、ドアが開いてる……」
首が回せない男は、よたよたと体ごと振り返って言った。
「鍵を掛けておいたはずなんだ」
罰を恐れて、口入屋の体が小刻みに震えている。
「ふむ……」
何か言おうとしたマルチェルの目が、床の一点に留まった。
「あれは……」
ドアの内側、暗がりの中に何かが見える。床の上に凝り固まった影のような何かが。
「待て!」
マルチェルの鋭い声に、口入屋はびくんと動きを止めた。残りがまた少し漏れた。
「俺が行く」
廊下に置かれた燭台を手に取ると、男を横に押しのけてマルチェルは戸口に近づいた。
暗闇に燭台を差し入れる。
「これは、一体……?」
中の様子を見て、マルチェルは驚きに動きを止めた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第92話 逃れようのない戦いの結末。」
廊下に足音が響き、一歩一歩近づいて来る。
ついにステファノが佇む戸口、ドアの前で止まった。
泣きそうに顔を歪めながら、ステファノは左手を握り締める。
ガチャガチャと手荒に鍵を回す音がして、施錠が解かれた。
……
◆お楽しみに。
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