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第2章 魔術都市陰謀編
第66話 呪いの白蛇。
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「これなら刺客の黒子まで見極めることができます」
「なれば良し。窓辺に文机と椅子を用意させよう。エリス、頼んだぞ」
「畏まりました、旦那様」
紙とペンを用意してもらい、監視準備は万端整った。
ネルソンとソフィアは思い思いの文を認め、鳩の足環に仕込むと空に放った。ソフィアの鳩はギルモア家本領へ、そしてネルソンの鳩は王都のギルモア邸へと飛んで行く。
「これで3日の内には、婆やがこちらに着くでしょう」
翌日の日曜日に、商会からプリシラが連れて来られた。別宅に来るのは初めてということで借りてきた猫のように畏まっているのが印象的であった。
対照的にエリスは部下ができて異様にテンションが上がっていた。
「固くならなくて良いのよ。わからないことは私に聞いて。ね、ね!」
「は、はいっ」
エリスは面倒見が良さそうだと見て、ステファノは安心した。プリシラが神経をすり減らすのではないかと、心配していたのだ。
この様子なら自分のことに専念できる。
日曜の夜、食肉倉庫の掃除が行われた。
風がない朝の内を中心に、夕方まで何度か書斎から遠眼鏡で監視をしてみたが、塀の外に怪しい動きは無かった。
残っていた食肉を豚に与えてみても異常はない。
「勝負は明日の朝だな」
丁寧に貯蔵庫の壁や通気口、肉を乗せる棚などを拭き清めながらステファノは己に言い聞かせた。
その夜は早めに床に入り、翌日への備えを万全にしたのだった。
月曜日、朝の光は柔らかく館と周りの森を照らし始めた。
遠眼鏡は木々の枝で贄をついばむ小鳥を、掴み取れる程の距離に映し出していた。
「まだ現れていないようだ」
さすがにステファノも、夜明けとともに刺客がやって来るとは思っていない。しかし、業者が納品に集まる時刻よりは早めに来るはずだと想像していた。
「朝の時間をできるだけ有効に使いたいだろうからな」
自分ならそうすると、ステファノは考えた。そう思って夜明けから見張りについた。ステファノにとって日の出と共に起きることは普段通りのことであった。
刺客を見つけるまで、ステファノは持ち場を離れるつもりはなかった。飲食は最小限にし、プリシラに運んでくれるよう頼んである。片手で食べられるサンドイッチにしてもらった。
朝日が昇り切り、あと2時間もすれば食材の配達に商人たちが訪れるという頃合いになって、木の枝に影が動いた。
ステファノは遠眼鏡を目に当てて、影の正体を見定める。
小道の上まで枝に跨りながら進んできたのは、確かに人で間違いない。濃い茶の上下に身を包んだ人影であった。
細長い手足、後ろにまとめた長い銀髪。刺客は女性であった。
「あの顔……。見たことがある。あっ!」
それはひと月前ステファノに魔術のことを語ってくれた、暗器使いのエバであった。
「どうしてこんなことを?」
エバには「遠見の術」がある。ステファノは息を殺してカーテンの隙間からエバの様子を窺った。
確かあの時、口入屋で護衛のような仕事をしていると言っていた。
「暗器術は暗殺術にもなるって言ってたけど……」
殺しを生業にしているとは思ってもみなかった。
道に張り出した枝に腰を落ちつけると、エバは腰の道具袋から火種の壺らしきものを取り出した。蓋を開け、息を吹き込んで火種の様子を見た後、火壺を木の上に置く。例の洞がある辺りだ。
そのまま枝の上に身を伏せると、業者の納品が終わるまでエバは静かに待ち続けた。
業者の往来が無くなると、おもむろに木の上に上半身を起こした。
それから煙草入れを取り出し、煙管に葉を詰めて火壺から火を移した。すーっと長く吸いつけた様子だ。
次に取り出したのはガラスの小瓶と鉄製と見られる小皿であった。小瓶の中身を小皿に注ぎ、火壺に掛ける。
エバは煙管を加えたまま小皿を包むように両手をかざし、呪文を唱えた。口元が小さく動く。憑りつかれたような眼は小皿から離れない。
左手で持った煙管を唇から離すと、ふーっとゆっくり煙を吐き出す。細く、長く、小皿の上に。
小皿の上に届いた煙は、途端に渦を巻く。球形の入れ物に閉じ込められた生き物のように、ぐるぐるととぐろを巻いた。
再びエバが呪文を唱えると、煙の玉から蛇が現れた。「ぬるり」と水気でもありそうな動きで鎌首を持ち上げた白蛇は、館に向かって漂い始めた。
エバの唇が震えるように動き続けている。あるかなきかの風に蛇が流されそうになると、エバの右手が動き、釣られて蛇が進む向きを変える。
蛇は細く、長く体を伸ばし、遠眼鏡なしでは視認できない程薄くなって来た。エバは呪文を唱え続けながら、唇の端で器用に煙管を吸いつけ、呪文と共に煙を吐き出す。
命をつなぐ餌を与えられたかのように、白蛇は再び体の色を濃くし、力を取り戻す。
じりじりと、10分掛けて白蛇は館の壁に辿りついた。
きゅうっとエバの口元が吊り上がるのを、震える視野の中でステファノは確かに見た。
「なれば良し。窓辺に文机と椅子を用意させよう。エリス、頼んだぞ」
「畏まりました、旦那様」
紙とペンを用意してもらい、監視準備は万端整った。
ネルソンとソフィアは思い思いの文を認め、鳩の足環に仕込むと空に放った。ソフィアの鳩はギルモア家本領へ、そしてネルソンの鳩は王都のギルモア邸へと飛んで行く。
「これで3日の内には、婆やがこちらに着くでしょう」
翌日の日曜日に、商会からプリシラが連れて来られた。別宅に来るのは初めてということで借りてきた猫のように畏まっているのが印象的であった。
対照的にエリスは部下ができて異様にテンションが上がっていた。
「固くならなくて良いのよ。わからないことは私に聞いて。ね、ね!」
「は、はいっ」
エリスは面倒見が良さそうだと見て、ステファノは安心した。プリシラが神経をすり減らすのではないかと、心配していたのだ。
この様子なら自分のことに専念できる。
日曜の夜、食肉倉庫の掃除が行われた。
風がない朝の内を中心に、夕方まで何度か書斎から遠眼鏡で監視をしてみたが、塀の外に怪しい動きは無かった。
残っていた食肉を豚に与えてみても異常はない。
「勝負は明日の朝だな」
丁寧に貯蔵庫の壁や通気口、肉を乗せる棚などを拭き清めながらステファノは己に言い聞かせた。
その夜は早めに床に入り、翌日への備えを万全にしたのだった。
月曜日、朝の光は柔らかく館と周りの森を照らし始めた。
遠眼鏡は木々の枝で贄をついばむ小鳥を、掴み取れる程の距離に映し出していた。
「まだ現れていないようだ」
さすがにステファノも、夜明けとともに刺客がやって来るとは思っていない。しかし、業者が納品に集まる時刻よりは早めに来るはずだと想像していた。
「朝の時間をできるだけ有効に使いたいだろうからな」
自分ならそうすると、ステファノは考えた。そう思って夜明けから見張りについた。ステファノにとって日の出と共に起きることは普段通りのことであった。
刺客を見つけるまで、ステファノは持ち場を離れるつもりはなかった。飲食は最小限にし、プリシラに運んでくれるよう頼んである。片手で食べられるサンドイッチにしてもらった。
朝日が昇り切り、あと2時間もすれば食材の配達に商人たちが訪れるという頃合いになって、木の枝に影が動いた。
ステファノは遠眼鏡を目に当てて、影の正体を見定める。
小道の上まで枝に跨りながら進んできたのは、確かに人で間違いない。濃い茶の上下に身を包んだ人影であった。
細長い手足、後ろにまとめた長い銀髪。刺客は女性であった。
「あの顔……。見たことがある。あっ!」
それはひと月前ステファノに魔術のことを語ってくれた、暗器使いのエバであった。
「どうしてこんなことを?」
エバには「遠見の術」がある。ステファノは息を殺してカーテンの隙間からエバの様子を窺った。
確かあの時、口入屋で護衛のような仕事をしていると言っていた。
「暗器術は暗殺術にもなるって言ってたけど……」
殺しを生業にしているとは思ってもみなかった。
道に張り出した枝に腰を落ちつけると、エバは腰の道具袋から火種の壺らしきものを取り出した。蓋を開け、息を吹き込んで火種の様子を見た後、火壺を木の上に置く。例の洞がある辺りだ。
そのまま枝の上に身を伏せると、業者の納品が終わるまでエバは静かに待ち続けた。
業者の往来が無くなると、おもむろに木の上に上半身を起こした。
それから煙草入れを取り出し、煙管に葉を詰めて火壺から火を移した。すーっと長く吸いつけた様子だ。
次に取り出したのはガラスの小瓶と鉄製と見られる小皿であった。小瓶の中身を小皿に注ぎ、火壺に掛ける。
エバは煙管を加えたまま小皿を包むように両手をかざし、呪文を唱えた。口元が小さく動く。憑りつかれたような眼は小皿から離れない。
左手で持った煙管を唇から離すと、ふーっとゆっくり煙を吐き出す。細く、長く、小皿の上に。
小皿の上に届いた煙は、途端に渦を巻く。球形の入れ物に閉じ込められた生き物のように、ぐるぐるととぐろを巻いた。
再びエバが呪文を唱えると、煙の玉から蛇が現れた。「ぬるり」と水気でもありそうな動きで鎌首を持ち上げた白蛇は、館に向かって漂い始めた。
エバの唇が震えるように動き続けている。あるかなきかの風に蛇が流されそうになると、エバの右手が動き、釣られて蛇が進む向きを変える。
蛇は細く、長く体を伸ばし、遠眼鏡なしでは視認できない程薄くなって来た。エバは呪文を唱え続けながら、唇の端で器用に煙管を吸いつけ、呪文と共に煙を吐き出す。
命をつなぐ餌を与えられたかのように、白蛇は再び体の色を濃くし、力を取り戻す。
じりじりと、10分掛けて白蛇は館の壁に辿りついた。
きゅうっとエバの口元が吊り上がるのを、震える視野の中でステファノは確かに見た。
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