27 / 638
第1章 少年立志編
第27話 ネルソンの秘密。
しおりを挟む
ステファノは1つ息をついてから自分が感じたことを述べ始めた。
「ご商売は薬種問屋と聞きました。小売り目当てのお客さんもいるようですが、数は少ないようですね。それに、店構えが個人客を引き込もうとしていません」
「ほう。どういう所がだね?」
「間口をわざと小さくし、看板もありません。小さなプレートはありましたが、知らないと気付かないでしょう」
ドアの横に「ネルソン商会」と刻まれた真鍮のプレートがはめ込まれているだけだった。
「ふむ。それ以外には?」
「売り上げの主力は配達部門。全体として商いは順調と感じました」
ステファノは迷いなく言い切った。
「ほう。その根拠は?」
「はい。お店担当の従業員数に対して商館の規模が大きすぎます。客の数と比べても同じです」
「ならば、商いが順調だとどうしてわかる?」
ネルソンの目が試すようなものに変わった。
「匂いです」
「匂いだと?」
意外な答えに、ネルソンは眉をかすかに寄せた。
「店内には新鮮な薬種の匂いが漂っています。それも数多い種類の。頻繁に品物が動き、仕入れが盛んな証拠です」
「敏いのは目だけではないようだな」
ネルソンは表情を柔らかくした。ステファノの答えは納得出来るもののようであった。
「店の様子で気付いたのは、そんな所です」
「店の様子で?」
ステファノの言葉尻をネルソンが捉えた。
「店以外に気づいたことが、何かあるのかね?」
ネルソンがさらに尋ねた。
ステファノはすぐには答えず、ちらりと執事を見やった。
「……マルチェルのことなら気にしなくていい。店のことであいつが知らぬことなどない」
「はい。旦那さんは自分で仕事をこなす人だということ。急ぎの仕事があるということ。相手はおそらく病人で重篤な状態であること……」
背後でマルチェルが身じろぎする気配がした。
「……」
ネルソンは手ぶりでそれを制すると、ステファノを見直した。
「それで終わりかね?」
「病人は身分の高い方で、ご病気の原因は――おそらく毒」
がたっと音を立てて、コッシュが腰を浮かせた。
「お前、どうしてそれを……?」
「落ち着きなさい、コッシュ!」
ぴしりとネルソンがコッシュを制した。厳しい声ではないが、斬り付けるような迫力があった。
「理由を聞こう」
コッシュが腰を落ち着け直すのを横目に見て、ネルソンは自分もゆったりと力を抜いた。
「初めに謝らせて下さい。差し出たことを言って済みません。お尋ねでしたので、お答え致します」
ステファノは一度言葉を切り、息を吸い直した。
「この部屋に入った時から薬種の匂いがしました。匂いは旦那さんの体から漂っています」
「……薬屋なら匂いが付くこともあるだろう」
「はい。旦那さんの爪です」
「私の爪……」
思わず自分の爪に、ネルソンは目をやった。
爪の間が緑色に汚れていた。
「昨日別れるまでは、そのような汚れはありませんでした。ならば昨日から今日までの間に付いたものでしょう。匂いの元は胃腸の働きを助ける薬草、そして毒消し」
ネルソンは爪から目を離せなかった。
「旦那さんの目には隈が出来ています。服の皺から見ると、徹夜をなさったんでしょう」
「皺だと……?」
今度は自分の服を見下ろす。
「旅から戻ったその日に徹夜とは、余程急ぎの仕事と思われます。店の者に任せないのは相手の身分が高いから。あるいは外聞を憚る事情があるか……」
ステファノは目を伏せた。
「う、むう……」
大店の主として滅多なことでは表情を変えないネルソンが、十七の少年の前で唸っていた。
「旅で秘密裡に運んだものとは、おそらく特別な解毒薬。その材料ではないかと」
ネルソンは言葉もなく、己の爪を擦っていた。緑色の汚れを、その秘密を消し去ろうとするように。
「大それたことを言いました。許して下さい」
ステファノは深く頭を下げた。
「ご商売は薬種問屋と聞きました。小売り目当てのお客さんもいるようですが、数は少ないようですね。それに、店構えが個人客を引き込もうとしていません」
「ほう。どういう所がだね?」
「間口をわざと小さくし、看板もありません。小さなプレートはありましたが、知らないと気付かないでしょう」
ドアの横に「ネルソン商会」と刻まれた真鍮のプレートがはめ込まれているだけだった。
「ふむ。それ以外には?」
「売り上げの主力は配達部門。全体として商いは順調と感じました」
ステファノは迷いなく言い切った。
「ほう。その根拠は?」
「はい。お店担当の従業員数に対して商館の規模が大きすぎます。客の数と比べても同じです」
「ならば、商いが順調だとどうしてわかる?」
ネルソンの目が試すようなものに変わった。
「匂いです」
「匂いだと?」
意外な答えに、ネルソンは眉をかすかに寄せた。
「店内には新鮮な薬種の匂いが漂っています。それも数多い種類の。頻繁に品物が動き、仕入れが盛んな証拠です」
「敏いのは目だけではないようだな」
ネルソンは表情を柔らかくした。ステファノの答えは納得出来るもののようであった。
「店の様子で気付いたのは、そんな所です」
「店の様子で?」
ステファノの言葉尻をネルソンが捉えた。
「店以外に気づいたことが、何かあるのかね?」
ネルソンがさらに尋ねた。
ステファノはすぐには答えず、ちらりと執事を見やった。
「……マルチェルのことなら気にしなくていい。店のことであいつが知らぬことなどない」
「はい。旦那さんは自分で仕事をこなす人だということ。急ぎの仕事があるということ。相手はおそらく病人で重篤な状態であること……」
背後でマルチェルが身じろぎする気配がした。
「……」
ネルソンは手ぶりでそれを制すると、ステファノを見直した。
「それで終わりかね?」
「病人は身分の高い方で、ご病気の原因は――おそらく毒」
がたっと音を立てて、コッシュが腰を浮かせた。
「お前、どうしてそれを……?」
「落ち着きなさい、コッシュ!」
ぴしりとネルソンがコッシュを制した。厳しい声ではないが、斬り付けるような迫力があった。
「理由を聞こう」
コッシュが腰を落ち着け直すのを横目に見て、ネルソンは自分もゆったりと力を抜いた。
「初めに謝らせて下さい。差し出たことを言って済みません。お尋ねでしたので、お答え致します」
ステファノは一度言葉を切り、息を吸い直した。
「この部屋に入った時から薬種の匂いがしました。匂いは旦那さんの体から漂っています」
「……薬屋なら匂いが付くこともあるだろう」
「はい。旦那さんの爪です」
「私の爪……」
思わず自分の爪に、ネルソンは目をやった。
爪の間が緑色に汚れていた。
「昨日別れるまでは、そのような汚れはありませんでした。ならば昨日から今日までの間に付いたものでしょう。匂いの元は胃腸の働きを助ける薬草、そして毒消し」
ネルソンは爪から目を離せなかった。
「旦那さんの目には隈が出来ています。服の皺から見ると、徹夜をなさったんでしょう」
「皺だと……?」
今度は自分の服を見下ろす。
「旅から戻ったその日に徹夜とは、余程急ぎの仕事と思われます。店の者に任せないのは相手の身分が高いから。あるいは外聞を憚る事情があるか……」
ステファノは目を伏せた。
「う、むう……」
大店の主として滅多なことでは表情を変えないネルソンが、十七の少年の前で唸っていた。
「旅で秘密裡に運んだものとは、おそらく特別な解毒薬。その材料ではないかと」
ネルソンは言葉もなく、己の爪を擦っていた。緑色の汚れを、その秘密を消し去ろうとするように。
「大それたことを言いました。許して下さい」
ステファノは深く頭を下げた。
1
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~
名無し
ファンタジー
突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。
自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。
もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。
だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。
グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。
人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。
精霊のジレンマ
さんが
ファンタジー
普通の社会人だったはずだが、気が付けば異世界にいた。アシスという精霊と魔法が存在する世界。しかし異世界転移した、瞬間に消滅しそうになる。存在を否定されるかのように。
そこに精霊が自らを犠牲にして、主人公の命を助ける。居ても居なくても変わらない、誰も覚えてもいない存在。でも、何故か精霊達が助けてくれる。
自分の存在とは何なんだ?
主人公と精霊達や仲間達との旅で、この世界の隠された秘密が解き明かされていく。
小説家になろうでも投稿しています。また閑話も投稿していますので興味ある方は、そちらも宜しくお願いします。
王家から追放された貴族の次男、レアスキルを授かったので成り上がることにした【クラス“陰キャ”】
時沢秋水
ファンタジー
「恥さらしめ、王家の血筋でありながら、クラスを授からないとは」
俺は断崖絶壁の崖っぷちで国王である祖父から暴言を吐かれていた。
「爺様、たとえ後継者になれずとも私には生きる権利がございます」
「黙れ!お前のような無能が我が血筋から出たと世間に知られれば、儂の名誉に傷がつくのだ」
俺は爺さんにより谷底へと突き落とされてしまうが、奇跡の生還を遂げた。すると、谷底で幸運にも討伐できた魔獣からレアクラスである“陰キャ”を受け継いだ。
俺は【クラス“陰キャ”】の力で冒険者として成り上がることを決意した。
主人公:レオ・グリフォン 14歳 金髪イケメン
男装の皇族姫
shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。
領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。
しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。
だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。
そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。
なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。
弓使いの成り上がり~「弓なんて役に立たない」と追放された弓使いは実は最強の狙撃手でした~
平山和人
ファンタジー
弓使いのカイトはSランクパーティー【黄金の獅子王】から、弓使いなんて役立たずと追放される。
しかし、彼らは気づいてなかった。カイトの狙撃がパーティーの危機をいくつも救った来たことに、カイトの狙撃が世界最強レベルだということに。
パーティーを追放されたカイトは自らも自覚していない狙撃で魔物を倒し、美少女から惚れられ、やがて最強の狙撃手として世界中に名を轟かせていくことになる。
一方、カイトを失った【黄金の獅子王】は没落の道を歩むことになるのであった。
あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話
此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。
電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。
信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。
そうだ。西へ行こう。
西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。
ここで、ぼくらは名をあげる!
ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。
と、思ってた時期がぼくにもありました…
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
悪行貴族のはずれ息子【第2部 魔法師匠編】
白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
※表紙を第一部と統一しました
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン!
★第1部はこちら↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/822911083
「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」
幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。
東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。
本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。
容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。
悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。
さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。
自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
◇過去最高ランキング
・アルファポリス
男性HOTランキング:10位
・カクヨム
週間ランキング(総合):80位台
週間ランキング(異世界ファンタジー):43位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる