15 / 638
第1章 少年立志編
第15話 万力のエバ。
しおりを挟む
「そもそも初級魔術に殺傷力はない。どんなに術の発動が速かろうと、中級魔術一発で勝負ありじゃ」
トラと猫の喧嘩みたいなもんじゃと、ガル師は笑った。
なるほど、エバさんが魔術師の道を諦めたのはそういう訳か。ステファノは頷いた。エバとはステファノに魔術師の世界について話してくれた、元魔術師の女性である。
「エバさんは、初級魔術だけでは物の役に立たないので体術を身につけたと言っていたけど」
魔術師同士の勝負では、体術で倒しても勝利とは言えないようだ。それは体術の勝利に過ぎない。それが魔術師の考え方だという。エバは魔術界で身を立てることを諦め、体術を生かして護衛などの職に就いた。
「あたしだっていろいろ工夫したさ。初級魔術にも使い道はある。目くらましくらいだけどね。決め手はこいつさ」
エバに話を聞いた時、護衛としての戦い方について話してくれた。
掌を上に向けて見せてくれたのは、棘の生えた指輪だった。
「何ですか?」
「角指さ」
暗器の一種で、掌に隠して相手に悟らせずに使用するものらしい。腕のツボをつかんで抑えれば、大男を制することもできると。
「珍しい武器ですね」
「こうやって相手の手首を取ったら――」
戯れに掴まれた手首は、砕けたかと思うほどの激痛をもたらした。にんまり笑ったエバは一瞬でステファノを解放してくれたが、思わず腕を抱いて蹲るほどだった。
「ね? 女の細腕でもこんなことができるのよ。『万力』と呼ばれるだけのことはあるでしょ?」
万力とは角指の別名である。「万人力」で掴まれたような痛みを与えるためだろう。護衛稼業の世界での、エバの二つ名にもなっていた。
「他にもいろいろな道具があるよ。警戒されたらおしまいだけど、不意を突けば命を奪うことだってできる」
魔術でいち早く敵の気配を察知したり、目つぶしを施した上で暗器を使う。それがエバの戦い方だった。
「まともな武術じゃないけどね。女と見れば相手は油断する。だから暗器が生きるの」
護身術であり、使い方によっては暗殺術にもなる。
「魔術師崩れにはふさわしい武器っていうところね」
「俺も街を出るんで、護身術を覚えたいです。武術には向いていないので」
身銭を切ってワイン一杯を奢ることで、ステファノは人体のツボをいくつか教わった。
「護身術の道場に行けば、ツボのあれこれは教えてもらえるよ」
おまけだと言って、エバは相手と向かい合ってしまった時の戦い方を教えてくれた。
「こっちは槍だの剣だのは持っていないだろ? だから、その場にある物を何でも武器にするのさ。皿やフォーク、椅子だって武器になる」
物を投げたり、振り回す練習。何より手に触れるものを躊躇なく武器として使う心構えが大切なのだと言う。
自分が中級以上の魔術を身に着けられるかもわからないステファノは、エバの暗器術を参考にしようと心に刻んだ。
ステファノは後日、角指を手に入れた。今も右手の中指に嵌めている。何でもない真鍮の指輪に見えるが、クルミを割る時にも使えて意外と便利だった。
見かけの割に腕力だけはそこそこあるステファノは、握力を鍛えることに腐心した。魔術師になる役には立たないだろうが、身を守れないことには魔術修行も始まらない。迂遠であろうとその時できることをやる。ステファノは手段を選ばなかった。
「その中級魔術師が束になっても、上級魔術師には敵わない訳ですな」
ネルソンがおだてるように合いの手を入れた。
「まあの。魔力量が天と地だで、中級魔術などすべて吹き飛ばせるわい」
術の発動速度、威力。魔術戦では中級魔術師は上級魔術師の敵ではなかった。
「そうは言っても、儂は力まかせに魔術を使っている訳ではないぞ?」
上級の上級たる所以は、魔術に愛されているところだとガル師は言った。
「ほれ。この通り意のままじゃ」
ガル師は両手の指一本一本に小さな炎を灯して見せた。
トラと猫の喧嘩みたいなもんじゃと、ガル師は笑った。
なるほど、エバさんが魔術師の道を諦めたのはそういう訳か。ステファノは頷いた。エバとはステファノに魔術師の世界について話してくれた、元魔術師の女性である。
「エバさんは、初級魔術だけでは物の役に立たないので体術を身につけたと言っていたけど」
魔術師同士の勝負では、体術で倒しても勝利とは言えないようだ。それは体術の勝利に過ぎない。それが魔術師の考え方だという。エバは魔術界で身を立てることを諦め、体術を生かして護衛などの職に就いた。
「あたしだっていろいろ工夫したさ。初級魔術にも使い道はある。目くらましくらいだけどね。決め手はこいつさ」
エバに話を聞いた時、護衛としての戦い方について話してくれた。
掌を上に向けて見せてくれたのは、棘の生えた指輪だった。
「何ですか?」
「角指さ」
暗器の一種で、掌に隠して相手に悟らせずに使用するものらしい。腕のツボをつかんで抑えれば、大男を制することもできると。
「珍しい武器ですね」
「こうやって相手の手首を取ったら――」
戯れに掴まれた手首は、砕けたかと思うほどの激痛をもたらした。にんまり笑ったエバは一瞬でステファノを解放してくれたが、思わず腕を抱いて蹲るほどだった。
「ね? 女の細腕でもこんなことができるのよ。『万力』と呼ばれるだけのことはあるでしょ?」
万力とは角指の別名である。「万人力」で掴まれたような痛みを与えるためだろう。護衛稼業の世界での、エバの二つ名にもなっていた。
「他にもいろいろな道具があるよ。警戒されたらおしまいだけど、不意を突けば命を奪うことだってできる」
魔術でいち早く敵の気配を察知したり、目つぶしを施した上で暗器を使う。それがエバの戦い方だった。
「まともな武術じゃないけどね。女と見れば相手は油断する。だから暗器が生きるの」
護身術であり、使い方によっては暗殺術にもなる。
「魔術師崩れにはふさわしい武器っていうところね」
「俺も街を出るんで、護身術を覚えたいです。武術には向いていないので」
身銭を切ってワイン一杯を奢ることで、ステファノは人体のツボをいくつか教わった。
「護身術の道場に行けば、ツボのあれこれは教えてもらえるよ」
おまけだと言って、エバは相手と向かい合ってしまった時の戦い方を教えてくれた。
「こっちは槍だの剣だのは持っていないだろ? だから、その場にある物を何でも武器にするのさ。皿やフォーク、椅子だって武器になる」
物を投げたり、振り回す練習。何より手に触れるものを躊躇なく武器として使う心構えが大切なのだと言う。
自分が中級以上の魔術を身に着けられるかもわからないステファノは、エバの暗器術を参考にしようと心に刻んだ。
ステファノは後日、角指を手に入れた。今も右手の中指に嵌めている。何でもない真鍮の指輪に見えるが、クルミを割る時にも使えて意外と便利だった。
見かけの割に腕力だけはそこそこあるステファノは、握力を鍛えることに腐心した。魔術師になる役には立たないだろうが、身を守れないことには魔術修行も始まらない。迂遠であろうとその時できることをやる。ステファノは手段を選ばなかった。
「その中級魔術師が束になっても、上級魔術師には敵わない訳ですな」
ネルソンがおだてるように合いの手を入れた。
「まあの。魔力量が天と地だで、中級魔術などすべて吹き飛ばせるわい」
術の発動速度、威力。魔術戦では中級魔術師は上級魔術師の敵ではなかった。
「そうは言っても、儂は力まかせに魔術を使っている訳ではないぞ?」
上級の上級たる所以は、魔術に愛されているところだとガル師は言った。
「ほれ。この通り意のままじゃ」
ガル師は両手の指一本一本に小さな炎を灯して見せた。
1
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
アレキサンドライトの憂鬱。
雪月海桜
ファンタジー
桜木愛、二十五歳。王道のトラック事故により転生した先は、剣と魔法のこれまた王道の異世界だった。
アレキサンドライト帝国の公爵令嬢ミア・モルガナイトとして生まれたわたしは、五歳にして自身の属性が限りなく悪役令嬢に近いことを悟ってしまう。
どうせ生まれ変わったなら、悪役令嬢にありがちな処刑や追放バッドエンドは回避したい!
更正生活を送る中、ただひとつ、王道から異なるのが……『悪役令嬢』のライバルポジション『光の聖女』は、わたしの前世のお母さんだった……!?
これは双子の皇子や聖女と共に、皇帝陛下の憂鬱を晴らすべく、各地の異変を解決しに向かうことになったわたしたちの、いろんな形の家族や愛の物語。
★表紙イラスト……rin.rin様より。
弓使いの成り上がり~「弓なんて役に立たない」と追放された弓使いは実は最強の狙撃手でした~
平山和人
ファンタジー
弓使いのカイトはSランクパーティー【黄金の獅子王】から、弓使いなんて役立たずと追放される。
しかし、彼らは気づいてなかった。カイトの狙撃がパーティーの危機をいくつも救った来たことに、カイトの狙撃が世界最強レベルだということに。
パーティーを追放されたカイトは自らも自覚していない狙撃で魔物を倒し、美少女から惚れられ、やがて最強の狙撃手として世界中に名を轟かせていくことになる。
一方、カイトを失った【黄金の獅子王】は没落の道を歩むことになるのであった。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話
此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。
電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。
信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。
そうだ。西へ行こう。
西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。
ここで、ぼくらは名をあげる!
ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。
と、思ってた時期がぼくにもありました…
悪行貴族のはずれ息子【第2部 魔法師匠編】
白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
※表紙を第一部と統一しました
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン!
★第1部はこちら↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/822911083
「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」
幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。
東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。
本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。
容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。
悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。
さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。
自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
◇過去最高ランキング
・アルファポリス
男性HOTランキング:10位
・カクヨム
週間ランキング(総合):80位台
週間ランキング(異世界ファンタジー):43位
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
なろう370000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす
大森天呑
ファンタジー
〜 報酬は未定・リスクは不明? のんきな雇われ勇者は旅の日々を送る 〜
魔獣や魔物を討伐する専門のハンター『破邪』として遍歴修行の旅を続けていた青年、ライノ・クライスは、ある日ふたりの大精霊と出会った。
大精霊は、この世界を支える力の源泉であり、止まること無く世界を巡り続けている『魔力の奔流』が徐々に乱れつつあることを彼に教え、同時に、そのバランスを補正すべく『勇者』の役割を請け負うよう求める。
それも破邪の役目の延長と考え、気軽に『勇者の仕事』を引き受けたライノは、エルフの少女として顕現した大精霊の一人と共に魔力の乱れの原因を辿って旅を続けていくうちに、そこに思いも寄らぬ背景が潜んでいることに気づく・・・
ひょんなことから勇者になった青年の、ちょっと冒険っぽい旅の日々。
< 小説家になろう・カクヨム・エブリスタでも同名義、同タイトルで連載中です >
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる