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第9話 魔物 vs. 冒険者パーティ
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「どうもおかしい」
ロイドに先頭を譲りつつ、魔物の痕跡を追っていたデニスがつぶやいた。
「魔物の巣にしてはやけにきれいだぜ」
魔物は生物ではない。食餌摂取も排泄もしないので、「匂い」はなくて当たり前だった。
しかし、1つところで暮らせば体毛が抜けたり、運んで来た獲物が腐敗したりする。
「住処ではないのかもしれんな……」
デニス以上に気配に敏感なモリヤが言った。
「地獄への通り道かもな? へっ!」
「しっ! 確かこの先に空洞が広がっているはずだ。でかぶつはそこにいるかもしれない」
「……。確かに。何かいるな……」
前方の気配を探ったらしいチバがメンバーに警戒を促した。チバの判断を疑う者はいない。
モリヤでさえ、口を閉ざして杖を握り締めた。
隊列を固めて広場への開口部に来てみると、魔物は差し渡し50メートルほどの空間、その中央に座っていた。
座っているのに、ロイドよりはるかに大きい。3メートルはあるだろう。立ち上がったらどれほどの大きさなのか?
体毛は無く、のっぺりとしたグレーの体をしていた。大まかに言えば、熊と人間の中間のような体形。
(初めて見る魔物だ。あの大きさも聞いたことがない)
魔物は既にこちらの存在を認識している。顔だけを向けて、立ち上がりもしないのは危険を感じていないからか? 鈍感なのか、それとも人間を舐めているのか?
「てめぇ、ウチの故郷をぶっ壊しておいて舐めた面してんじゃねえぞ!」
見つかった以上、静かにしている意味はない。
シブキはショートソードを抜き打ちざま、無詠唱の火魔法をぶっ放した。
轟音を発しながら飛来する火球を見て、ようやく魔物がのそりと立ち上がった。片手を上げて目を守る仕草をした。
シブキの火球は並みの術者の物より大分大きいのだが、魔物の巨体に比較すると小さく感じられた。当たる直前に魔物は体を捻り、鱗でおおわれた背中で火球を受けた。
ドーンという衝突音に、バチバチという油を燃やすような音が続いたが、煙が晴れてみると魔物は健在であった。鱗が黒く焦げたり、火ぶくれになっている部分があるが、痛手を受けたようには見えない。
髪を焼いたような嫌な臭いが辺りに漂う。
「懐に入らないと魔法が効かない!」
「俺が足止めする!」
ガンとカイトシールドをロングソードで叩いたロイドが、魔物に向かって走り出した。
すぐさまほかのメンバーがフォローに回る。
モリヤは魔物を視認した瞬間から回復魔法の呪文詠唱を続けている。
位置取りはロイドを先頭に、シブキがその後ろに続き、それに並んでチバが走る。ひし形の頂点にデニスが隠れるように位置取りし、その後ろがモリヤだ。
全力で突っ込んで来る5人を見ながら魔物は動かなかった。まるで危機を感じていないとでも言うように。
正面からロイドに向き合うと、大きく喉を膨らませて咆哮した。
「GoWaaAAAAGHHH……!」
耳を圧する音量であったが、「熱き風」のメンバーは1ミリたりとも揺るがなかった。突進のスピードそのままに、ロイドのカイトシールドが魔物にぶち当たる。
ガリン。
魔物の腕がカイトシールドに叩きつけられた。金属同士がぶつかり合ったような音を立てて、盾の表面を斜めに爪痕が走る。もぎ取られるような衝撃が左腕に走ったが、ロイドは必死に盾にしがみ付いた。
盾を取り落としたら、次の瞬間に死ぬ。そういう相手だと直感した。
しゃがみ込むように腰を落として、下がってしまった盾の陰に入る。体勢が悪い。
この姿勢で今のような一撃を受けたら、持ち堪えられない。
ロイドは低い姿勢のまま、一旦魔物の側面に回り込もうとした。正面のスペースが空いてしまうが、そこは……。
予め打ち合わせてあったかのように、シブキが大上段から魔物に剣を叩きつけた。魔物は振り抜いて下がったままの右腕を肘から突き出すようにしてこれに合わせた。
ガイン。
鉄の塊を殴りつけたような手応えであった。やはりこいつの外皮は鎧のように硬い。
急所を攻撃しなければダメージを与えることはできない。
だが、急所とはどこだ?
「知ったことか!」
剣を止められることは想定内だった。シブキは斬り掛かる寸前に既に魔法の詠唱を終えていたのだ。
今、そのストックをリリースする。
「白熱流!」
流れる溶岩のイメージ。それも超高温で白熱化した「ラヴァ」を概念化して叩きつけた。
シブキはこのイメージを得るために、3カ月をかけて実物の溶岩を見に行った。
初手から切り札を投入して勝負に出たシブキであった。
シブキの魔法発動体はミスリルソードであり、魔物の腕に受け止められ弾き飛ばされ掛けていた。
しかし、魔法は剣から発するわけではない。剣はあくまでも「媒体」に過ぎない。どこにあろうと身に付けている限り、魔法の発動と定位には影響がなかった。
シブキの狙いは、魔物の顔面であった。
じゅっとシブキの衣服や体毛を焦がしながら、白熱したラヴァが体の前面に出現して魔物の顔面へと飛ぶ。
高威力の魔法を使うたびに、シブキ自身もダメージを避けられない。火炎耐性の高い衣服をを身に着けても、正に焼け石に水であった。
「食らえ、馬鹿野郎!」
勝利の予感に笑みを浮かべたシブキは、弾かれた剣の勢いに逆らわず一旦飛び下がった。
じぃいーん。
尾を引く金属音が、シブキと入れ替わりに魔物の腹から発した。
「ひとぉおおーつ」
間髪入れず走り抜けたチバが横なぎに斬り付けた音だ。20センチの長さに引かれた線は、赤熱して煙を発し5ミリの深さに達していた。
「……後20太刀というところか」
ジ、ジャー……!
ここでシブキのラヴァが魔物の顔面に命中した。当たる瞬間、顔を傾けたためラヴァは魔物の左半面を覆って炎を上げた。
「G-GyaaaAAAgHHHH……!」
魔物は後ろによろけながら、左手で顔を描きむしった。顔と共に左手も炎と煙を発する。
しゅっ!
鋭く息を吐く音だけを響かせて、デニスがロイドの肩を蹴った。
「あ、あっちぃいいいい!」
叫びながら、魔物の空いた右顔面に短剣を連続で突き入れる。空中姿勢からの刺突は踏ん張りが利かないが、元からデニスは威力を重視していない。
狙うは魔物の右目一点であった。
ガズッ!
「かったぁああい! 刺さったけど!」
短剣は魔物の眼球に2センチほど入り込んで止まった。デニスはそれ以上深追いせず、魔物の肩を蹴って戦列に復帰した。
「被害はっ!」
モリヤの怒号が飛んだ。直接被弾したメンバーはいないはずだが、油断はできない。
「火傷少々!」
「左手首に脱臼少々」
シブキとロイドが声を上げる。
「炭化とか脱臼は『少々』って言わねぇよ!」
文句を言いながら、モリヤは2人に片手ずつ差し伸べてヒールを使う。それぞれの怪我を一瞬で判断し、魔力の配分を調整している。2人同時に回復できる術者は少ない。
それを最適なバランスでできるヒーラーはもっと少ない。
顔面に攻撃を集中された魔物は、両手で顔を搔きむしっていた。外皮をむしり取り、赤黒い地肌を晒しても掻きむしる手を止めない。
「みぃいいーーっつ」
じぃいいーーん。
その間にも、隙ありと見たチバが腹部を切り裂いている。まったく同じ個所を寸分の狂いなく。
魔物の手は止まらない。もはや肉が飛び散り、骨が露出する深さに達していたが、未だに掻きむしる手を止めようとはしなかった。
ぐじっ! ぶちっ! ごじゃり……!
「あいつは……何をやってるんだ?」
さすがに様子が変だと、シブキは警戒の念を抱いた。
「ななぁああーーつっ!」
ぎじぃいいーーん。
我関せずとチバは抜き胴を繰り返す。隙があれば斬る、それ以外にチバが考えることは無かった。
「ふんぬぅううう。うどおい!」
独特の気合でロイドがロングソードを振り下ろす。さしもの巨漢も魔物の胸の高さにしか届かないが、力の乗った剣は魔物の表皮を斬り割る。
だずん。
2センチの深さまで刃が通った。
何であっても、このペースならいける。そうシブキが思い始めた時、それは起こった。
ばずん。
嫌な音を立てて魔物が掻きむしる頭部が首から真横に折れた。
口を開けた首の根元を、魔物の爪がさらに切り裂く。
びち、びち、ざぶり。
吹き上げる血をぶちまけながら、ついに魔物の首が胴体から離れた。
ロイドに先頭を譲りつつ、魔物の痕跡を追っていたデニスがつぶやいた。
「魔物の巣にしてはやけにきれいだぜ」
魔物は生物ではない。食餌摂取も排泄もしないので、「匂い」はなくて当たり前だった。
しかし、1つところで暮らせば体毛が抜けたり、運んで来た獲物が腐敗したりする。
「住処ではないのかもしれんな……」
デニス以上に気配に敏感なモリヤが言った。
「地獄への通り道かもな? へっ!」
「しっ! 確かこの先に空洞が広がっているはずだ。でかぶつはそこにいるかもしれない」
「……。確かに。何かいるな……」
前方の気配を探ったらしいチバがメンバーに警戒を促した。チバの判断を疑う者はいない。
モリヤでさえ、口を閉ざして杖を握り締めた。
隊列を固めて広場への開口部に来てみると、魔物は差し渡し50メートルほどの空間、その中央に座っていた。
座っているのに、ロイドよりはるかに大きい。3メートルはあるだろう。立ち上がったらどれほどの大きさなのか?
体毛は無く、のっぺりとしたグレーの体をしていた。大まかに言えば、熊と人間の中間のような体形。
(初めて見る魔物だ。あの大きさも聞いたことがない)
魔物は既にこちらの存在を認識している。顔だけを向けて、立ち上がりもしないのは危険を感じていないからか? 鈍感なのか、それとも人間を舐めているのか?
「てめぇ、ウチの故郷をぶっ壊しておいて舐めた面してんじゃねえぞ!」
見つかった以上、静かにしている意味はない。
シブキはショートソードを抜き打ちざま、無詠唱の火魔法をぶっ放した。
轟音を発しながら飛来する火球を見て、ようやく魔物がのそりと立ち上がった。片手を上げて目を守る仕草をした。
シブキの火球は並みの術者の物より大分大きいのだが、魔物の巨体に比較すると小さく感じられた。当たる直前に魔物は体を捻り、鱗でおおわれた背中で火球を受けた。
ドーンという衝突音に、バチバチという油を燃やすような音が続いたが、煙が晴れてみると魔物は健在であった。鱗が黒く焦げたり、火ぶくれになっている部分があるが、痛手を受けたようには見えない。
髪を焼いたような嫌な臭いが辺りに漂う。
「懐に入らないと魔法が効かない!」
「俺が足止めする!」
ガンとカイトシールドをロングソードで叩いたロイドが、魔物に向かって走り出した。
すぐさまほかのメンバーがフォローに回る。
モリヤは魔物を視認した瞬間から回復魔法の呪文詠唱を続けている。
位置取りはロイドを先頭に、シブキがその後ろに続き、それに並んでチバが走る。ひし形の頂点にデニスが隠れるように位置取りし、その後ろがモリヤだ。
全力で突っ込んで来る5人を見ながら魔物は動かなかった。まるで危機を感じていないとでも言うように。
正面からロイドに向き合うと、大きく喉を膨らませて咆哮した。
「GoWaaAAAAGHHH……!」
耳を圧する音量であったが、「熱き風」のメンバーは1ミリたりとも揺るがなかった。突進のスピードそのままに、ロイドのカイトシールドが魔物にぶち当たる。
ガリン。
魔物の腕がカイトシールドに叩きつけられた。金属同士がぶつかり合ったような音を立てて、盾の表面を斜めに爪痕が走る。もぎ取られるような衝撃が左腕に走ったが、ロイドは必死に盾にしがみ付いた。
盾を取り落としたら、次の瞬間に死ぬ。そういう相手だと直感した。
しゃがみ込むように腰を落として、下がってしまった盾の陰に入る。体勢が悪い。
この姿勢で今のような一撃を受けたら、持ち堪えられない。
ロイドは低い姿勢のまま、一旦魔物の側面に回り込もうとした。正面のスペースが空いてしまうが、そこは……。
予め打ち合わせてあったかのように、シブキが大上段から魔物に剣を叩きつけた。魔物は振り抜いて下がったままの右腕を肘から突き出すようにしてこれに合わせた。
ガイン。
鉄の塊を殴りつけたような手応えであった。やはりこいつの外皮は鎧のように硬い。
急所を攻撃しなければダメージを与えることはできない。
だが、急所とはどこだ?
「知ったことか!」
剣を止められることは想定内だった。シブキは斬り掛かる寸前に既に魔法の詠唱を終えていたのだ。
今、そのストックをリリースする。
「白熱流!」
流れる溶岩のイメージ。それも超高温で白熱化した「ラヴァ」を概念化して叩きつけた。
シブキはこのイメージを得るために、3カ月をかけて実物の溶岩を見に行った。
初手から切り札を投入して勝負に出たシブキであった。
シブキの魔法発動体はミスリルソードであり、魔物の腕に受け止められ弾き飛ばされ掛けていた。
しかし、魔法は剣から発するわけではない。剣はあくまでも「媒体」に過ぎない。どこにあろうと身に付けている限り、魔法の発動と定位には影響がなかった。
シブキの狙いは、魔物の顔面であった。
じゅっとシブキの衣服や体毛を焦がしながら、白熱したラヴァが体の前面に出現して魔物の顔面へと飛ぶ。
高威力の魔法を使うたびに、シブキ自身もダメージを避けられない。火炎耐性の高い衣服をを身に着けても、正に焼け石に水であった。
「食らえ、馬鹿野郎!」
勝利の予感に笑みを浮かべたシブキは、弾かれた剣の勢いに逆らわず一旦飛び下がった。
じぃいーん。
尾を引く金属音が、シブキと入れ替わりに魔物の腹から発した。
「ひとぉおおーつ」
間髪入れず走り抜けたチバが横なぎに斬り付けた音だ。20センチの長さに引かれた線は、赤熱して煙を発し5ミリの深さに達していた。
「……後20太刀というところか」
ジ、ジャー……!
ここでシブキのラヴァが魔物の顔面に命中した。当たる瞬間、顔を傾けたためラヴァは魔物の左半面を覆って炎を上げた。
「G-GyaaaAAAgHHHH……!」
魔物は後ろによろけながら、左手で顔を描きむしった。顔と共に左手も炎と煙を発する。
しゅっ!
鋭く息を吐く音だけを響かせて、デニスがロイドの肩を蹴った。
「あ、あっちぃいいいい!」
叫びながら、魔物の空いた右顔面に短剣を連続で突き入れる。空中姿勢からの刺突は踏ん張りが利かないが、元からデニスは威力を重視していない。
狙うは魔物の右目一点であった。
ガズッ!
「かったぁああい! 刺さったけど!」
短剣は魔物の眼球に2センチほど入り込んで止まった。デニスはそれ以上深追いせず、魔物の肩を蹴って戦列に復帰した。
「被害はっ!」
モリヤの怒号が飛んだ。直接被弾したメンバーはいないはずだが、油断はできない。
「火傷少々!」
「左手首に脱臼少々」
シブキとロイドが声を上げる。
「炭化とか脱臼は『少々』って言わねぇよ!」
文句を言いながら、モリヤは2人に片手ずつ差し伸べてヒールを使う。それぞれの怪我を一瞬で判断し、魔力の配分を調整している。2人同時に回復できる術者は少ない。
それを最適なバランスでできるヒーラーはもっと少ない。
顔面に攻撃を集中された魔物は、両手で顔を搔きむしっていた。外皮をむしり取り、赤黒い地肌を晒しても掻きむしる手を止めない。
「みぃいいーーっつ」
じぃいいーーん。
その間にも、隙ありと見たチバが腹部を切り裂いている。まったく同じ個所を寸分の狂いなく。
魔物の手は止まらない。もはや肉が飛び散り、骨が露出する深さに達していたが、未だに掻きむしる手を止めようとはしなかった。
ぐじっ! ぶちっ! ごじゃり……!
「あいつは……何をやってるんだ?」
さすがに様子が変だと、シブキは警戒の念を抱いた。
「ななぁああーーつっ!」
ぎじぃいいーーん。
我関せずとチバは抜き胴を繰り返す。隙があれば斬る、それ以外にチバが考えることは無かった。
「ふんぬぅううう。うどおい!」
独特の気合でロイドがロングソードを振り下ろす。さしもの巨漢も魔物の胸の高さにしか届かないが、力の乗った剣は魔物の表皮を斬り割る。
だずん。
2センチの深さまで刃が通った。
何であっても、このペースならいける。そうシブキが思い始めた時、それは起こった。
ばずん。
嫌な音を立てて魔物が掻きむしる頭部が首から真横に折れた。
口を開けた首の根元を、魔物の爪がさらに切り裂く。
びち、びち、ざぶり。
吹き上げる血をぶちまけながら、ついに魔物の首が胴体から離れた。
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