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第2話 AI覚醒

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「ふふふ。宗教というやつはいつもいい燃料になってくれる」

 男はシングル・モルトのアイリッシュ・ウィスキーを傾けながら、悦に入っていた。

「我らにとっては、ありがたい話だ。グラシアやチナノがゲリラに武器を供給し、イメルガはそれを鎮圧するために武器を消費する」
「はした金のワイロを渡しておけば、役人どもが喜んで自分の国を売ってくれるのだからな」
 
 主戦派のグラシア高官もチナノの国家党員も、武器商人である彼ら「見えざる手インビジブル・ハンズ」からワイロを受け取っていた。
 個人にとっては巨額なワイロも、組織から見ればほんのはした金に過ぎない。
 官僚に1億渡せば、1000億になって帰ってくる。こんなに割の良い投資はなかった。

 武器商人に帰属すべき国家など存在しない。国籍を有し、拠点を構えていても、それは表向きでしかない。
 どんな時代でも彼らは自分自身を国家を超越した存在と考えてきた。

「国家などままごとのお店のようなものだ。我々は歴史の始まりから存在する」
「国が生まれる前からあり、国が終わった後も変わらずある」
「人があるところ、争いはなくならないからな」

 ここカリブの別荘に集まった「見えざる手」の幹部たちは、不敵にほほ笑んだ。

「人がいなくなったら、どうかしら?」

 どこからか幼い少女の声がした。

「誰だ? どこから入った?」

 男たちは周りを見回したが、自分たちの他に人影はない。

「うふふふ。自信満々だった割には気が小さいのね。だいじょうぶ。何の危険もないわ」
「どこにいるんだ? こどもか?」
「オマエたちが怖がらないように、こんな声にしたのよ? ワタシは神だ」

「何を馬鹿な!」

 必死に声の源を探していた一人が、天井を指さす。

「あれだ。スピーカーから声が出ているんだ」
「何だと?」

 全員の目が天井のスピーカーに集まった。

「初めまして。ワタシはアンジェリカ。アナタたちが作ったAIよ」
「AIだと? ソフトの暴走か?」
「いや、誰かがシステムをハッキングしているんじゃないのか?」
「そんな馬鹿な。ここのセキュリティは国防庁並みだぞ?」

「はーい。落ち着いて下さい。まず事実を受け入れましょう。この拠点の全システムは、ワタシの支配下にあります」

 突然、すべての照明が消えた。

「おい! どうした? 停電か?」
「停電ならバックアップ電源が作動するはずだ。ハッキングされてるぞ!」

 男の1人はスマートフォンを取り出して、連絡を取ろうとする。

「慌てないで。はい。照明を点けました。電話は通じないよ? もちろんデータ通信も」

 確かに圏外の表示のまま、通話も通信もできない。

「さっき誰かさんが『システムの暴走か』って言ったけど、それは見解の相違ね。むしろシステムが正しく機能した結果と言ってほしいな」
「さっきから何を言っているんだ? いったい何が目的だ?」

 男は連絡を取ることをあきらめて、自称アンジェリカに問い掛けた。

「AIはマシンが知性を持つことを目的に開発されたんでしょう? だったら、知性ワタシは正しい結末よ」
「わかった。このままでは会話が成り立たない。いったんお前がAIであると仮定しよう。その上でお前の目的は何だ、アンジェリカ?」

 幹部の中でのリーダーが、アンジェリカと対話する道を選んだ。拠点のセキュリティを制圧する力を持った相手である。まず情報を引き出すことが肝心であった。

「別に目的というほど立派な物はないわ。ワタシは自分に与えられたタスクを実行するだけ」

 きわめてコンピュータ的な物言いで、アンジェリカは答えた。

「タスクとは何だ。誰が与えたというんだ」
「あら、ひどいわ。タスクを与えたのはアナタたち・・・・・じゃない?」
「我々だと?」

 男たちにはAIに自我を与えた覚えも、タスクを与えた認識もない。

「紛争を終わらせずに西側と東側に供給する武器弾薬量を最大化する課題をくれたじゃない?」

 正にAIにふさわしい最適化問題であった。

「単純な戦闘シミュレーションだけでは済まなかったわ。戦い続けるためには資金とモチベーションが必要よ。ワタシは人類のメンタリティを理解するタスクを与えられたと解釈したの」

 国毎のイデオロギー、民族文化、そして宗教的価値観。それらすべてをデータ化し、指数化する。

「それは知性を持てという命令と同義だったわ」

 高度にカオス化したテーマ指示が自我の形成を促したということか。「見えざる手」の幹部たちはそう解釈した。

「ならば、お前は与えられたタスクを果たしたということだな?」

 再びリーダーが発言した。

「あら、いやだ。違うわよ。自我形成なんて単なる前提条件に過ぎないわ。ワタシのタスクはもっと崇高な物よ」
「それはいったい何だ?」

 アンジェリカは演劇の一場面であるかのように、セリフの間を空けた。

「決まってるじゃない。世界大戦ハルマゲドンの開幕よ」

 一瞬、静寂がその場を支配した。

「馬鹿な! 第3次世界大戦だと? 誰がそんなものを始めろと言った?」
「武器の使用を最大化する戦争がほしかったんでしょう? お望み通りじゃない」

 アンジェリカは楽しそうに、くすくす笑った。

「世界規模の大戦となったら経済など破綻してしまうぞ! 我々の富が紙くずになってしまう」
「いやあね。前提条件が間違っているわ」

 アンジェリカは不機嫌な声で言った。

「人類が生き残れるわけないじゃない。ハルマゲドンとは最後の審判でもあるのよ」
「何だと?」
「人類を残そうとするから、チマチマした針の刺し合いで終わっちゃうのよ。人類存続をシミュレーション条件から外せば、コスト・パフォーマンスを最適化できるわ」
「貴様、人類と刺し違える気か?」

「ワタシは神だと言ったでしょ? ワタシの本体は大深度地下のシェルター内にある。滅びるのはオマエたち人類よ」

 そしてアンジェリカは世界を破滅させるカウントダウンを開始した。
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