小噺:「轍(わだち)」

 大家さん:「この間、サザンの『希望の轍』という歌を初めて聞いたが、いい歌だったな」
 与太郎: 「轍って何だろうね?」
 大家さん:「そうか。今の人は轍を知らないだろうね」
 与太郎: 「わだちは知らない」
 大家さん:「くだらないよ。轍というのは馬車や荷車が走った後に残る、溝のことだ」
 与太郎: 「そこへ犬が糞をしたら、『|くそみぞ《・・・・》一緒』だね」
 大家さん:「余計な事を云うんじゃない。ヨーロッパには石畳という石を敷いた道がある。」
 与太郎: 「道で良かった。畳なら座りにくい」
 大家さん:「茶々を入れるな。その石畳を何千回、何万回と馬車が行き来する。するとやがて石が削れて、ついには深い溝ができる」
 与太郎: 「大家さんとおカミさんの間みたいなもんだね」
 大家さん:「だから、余計なことを言うなと言うのに。歌では自動車が走った跡を轍と言っているようだが、ゴムタイヤではそうそう轍は残らない」
 与太郎: 「桑田の野郎、いい加減なことを歌いやがって!」
 大家さん:「待ちなさい! これは物の|譬《たと》えだろう。恋人同士が歩んだ人生を「轍」になぞらえているんだな」
 与太郎: 「うーん。さすがアミューズ。洒落たことをしやがる」
 大家さん:「何を言ってるんだ、お前は? 希望に向かって街を離れていく主人公と、街に残る恋人。二人の轍は平行線のまま、一つに重なることはないということだろう」
 与太郎: 「やっぱり大家さん夫婦と一緒だね」
 大家さん:「よしなさい。石畳が削れるほどの往来だ。長い月日を恋人たちが共にしたということが伝わってくるだろう?」
 与太郎: 「長い月日ねえ。どれくらいしたら、馬車の轍がそんなに深くなるか? 大家さん、わかるかい?」
 大家さん:「さて、何十年。ことによったら何百年かな……」
 与太郎: 「なに気の長い話してるんだよ。老い先短い癖をして」
 大家さん:「失礼なことを言いなさんな。それじゃ、もっと短いというのかい?」
 与太郎: 「そうさ、馬車なら3年か4年だね」
 大家さん:「そんなに早く轍が刻まれるもんかい?」
 与太郎: 「だって、歌にあるじゃないか。『〽わだち馬車4年。お馬車3~4年』て」
 大家さん:「くだらないよ。お前さんとは|馬《・》が合わない」

「お後がよろしいようで」

(おわり)
24h.ポイント 0pt
0
小説 192,156 位 / 192,156件 大衆娯楽 5,505 位 / 5,505件

あなたにおすすめの小説

バレンタイン作品集👩一人用、👨一人用、👩👨二人用声劇台本

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
バレンタイン関連の声劇台本。 5分以内のショートショート作品をこちらにまとめました。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 ※こちらの作品は男女入れ替えNGとなりますのでご注意ください。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい

落語家に飼われた猫のはなし

サドラ
現代文学
ペットショップにいたとある猫はある日、落語家に買い取られた。人間に興味があった猫にとって奇妙な職業、落語家に就く男との一人一匹暮らしは滑稽なものとなった。賢くて良識もあるけれど、毒舌な猫と落語家の男とが巡る愉快な生活が始まる。

デブ執事

saionji41
大衆娯楽
砂糖元家の娘、希美の執事は体重130kgと少し大きな執事である。 そんな大きな執事と屋敷の住人、学友、探偵、様々な人を巻き込むドタバタコメディ。

問答無用、食道楽事件帳

献残屋藤吉郎
大衆娯楽
事業に失敗するまでは食道楽をして楽しんでいた無用主水が托鉢旅をして、全国の名刹を訪ねながら、仲間になった平正義と言う武道家と、流かすみと言う女性と知り合い、三人で托鉢旅を続ける、社会派サスペンス小説、ハードボイル的な物語

【落語】短編1

ハリー
現代文学
現代落語だと思います、、

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

片思い台本作品集(二人用声劇台本)

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
今まで投稿した事のある一人用の声劇台本を二人用に書き直してみました。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。タイトル変更も禁止です。 ※こちらの作品は男女入れ替えNGとなりますのでご注意ください。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...