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 冬治の言葉は聖の卑屈な心にすらまっすぐ突き刺さった。だから聖は、何も言えなくなる。胸の鼓動が早くなり、スマートフォンを持つ手が震えた。落としてしまわないよう、そっともう片方の手で支えた。

「今まで俺は、聖に気に入られたくてずっと自分を偽って来たんだ」

「え……?」

 どういう意味だろう。聖は疑問を抱きつつ、話の続きを待つ。

「俺はね。もうずっと前、物心ついたころから、聖が好きだった」

 好き、という言葉を聞く度、どうしても胸が苦しくなる。舞い上がってしまわないよう、平静であるように自分に言い聞かせた。
 そんなに昔から聖に恋をしてくれていたのかと思うと、幸福感で胸が満たされる。

「だから、聖の理想に近づきたかった。聖の理想の王子様みたいに振舞おうって常に考えて、そうやって聖に嘘を吐き続けてきた」

 冬治の語る真実は、聖にとって青天の霹靂だった。違う意味でも、心臓が苦しくなる。
 聖が何気なく話した夢が、これほどまでに冬治を追い詰めていたなんて。
 絞り出すような切実な口調に聖は自らの罪の重さを自覚する。

「でももう、嘘は吐けない。吐きたくない。自分が偽物である限り、俺は作り物にまで嫉妬してしまう」

「……それ、って」

 震える声で聖は視線を勉強机に向けた。問題集や参考書と一緒に小宅からもらったゲームが並んでいる。
 聖はようやく冬治があれほどまでに激怒した理由を知る。とたんに頬が熱くなった。冬治の怒りの原因は、嫉妬だったのだ。

「怖い思いさせてごめんね。ひーちゃんはもっとロマンチックなファーストキスが良かったよね」

 幼馴染だからしょうがないとはいえ、夢見がちな自分の妄想まで見抜かれている事実が照れくさい。実際聖には、二回目のデートの別れ際にはじめてのキスをしたいという理想があった。
 それから、これは今まで数多の少女漫画を読んできたからこその疑問なのだが、ファーストキスはレモンだの甘酸っぱいだの、様々な味に例えられるが、実際の所何味なのか、確かめたいという願望があった。
 でもさっきは恐怖ばかりに心を支配していて、味なんて感じている暇がなかった。しかもはじめてでフレンチ・キスをすることになるなんて。

「俺も、聖から無理矢理奪いたくはなかった」

「……冬治」

 顔が見えなくとも落ち込んでいると分かる声色に、聖は思わず口にしていた。

「でも、冬治との……は、その、嫌じゃなかった」

 好意を寄せてくれている相手に対しては、期待させてしまう酷な一言かもしれないが、冬治が苦しんでいると思うと切なくて、つい正直な気持ちを告げてしまった。

「ひーちゃん。……ありがとう」

 うん、と答えるべきなのだろうが、声は出なかった。こくりと頷いてみるが、電話なのだから伝わるはずがない。
 話題が一区切りついて、聖は思い悩んだ。冬治からの告白に聖は返事をしなければならない。だが正直、聖は自分の心が分からなかった。
 冬治はこれまでずっと聖の理想のアルファだった。その冬治はどうやら無理して演じてくれていた人柄だったらしい。
 今後も友人で、大切な幼馴染という感情は変わらないだろう。それに偽っていたといっても、心の根の優しさがなければあんなに紳士的には振舞えないと思う。
 おそらく聖は今後も冬治を好きでいられる。だけどそれが恋愛感情の好きなのかと問われると自信をもってそうだと断言することが出来ない。

「いきなりこんなことを言われて、混乱してるよね。もちろん、すぐに答えを出さなくていいから。……だけどいつかは選んでほしい。俺のこと本当に番候補に、婚約者にしてくれるかどうか。その答えを聞かせてほしい」

 聖の迷いを見抜いたように、冬治が猶予を与えてくれた。
 その真摯な言葉に、聖はなおも胸が痛くなる。
 かつて婚約が決められた時、冬治はいったいどんな気持ちだったのだろう。
 聖が自分には分不相応だと感じたように、冬治も素直に喜べはしなかったのではないだろうか。
 それでもずっと聖を婚約者として守ってくれていたのだ。聖はそんな冬治の我慢強さに甘え続けていた。
 いつか明け渡す椅子だからと、ふん反りかえっていた。

「うん。分かった」

 聖は覚悟を胸に冬治の頼みを聞き入れた。
 もしかするとこれは、転機なのかもしれない。
 これまで幼馴染という強固な絆に守られ、見て見ぬふりをしていた現実と向き合う機会がやってきたのだ。
 冬治は一足先に過去と決別した。ならば聖も、己を見つめなおすべきだ。冬治への気持ちの正体を明らかにすべきだ。
 それからはぽつりぽつりと世間話をして、通話を切った。
 まだこれまで通りとはいかないぎこちなさだったが、それくらいの緊張感があった方が、逃げ出さずに済む。

「……冬治が、俺を好き」

 聖は噛みしめるように呟いた。自分の声が鼓膜から脳まで伝わって、全身に染み渡る。すると得も言われぬ幸福感に包まれた。心臓が、とくりとくりと早鐘を打つ。今電話を切ったばかりなのに、たまらなく会いたくなった。
 きっと気まずい思いをするだけなのに、冬治が恋しくてたまらない。明日の朝、会えるのが待ち遠しいくらいだ。
 これを恋情と呼ばずして、なんと呼べばいいのか。おそらく聖は冬治が好きだ。恋している。
 だが、焦って軽々しい答えを出すべきではない。
 それにあくまでこれまでの冬治が好きだったというだけで、もしかすると明日から、冬治が素の自分を曝け出すようになった後は、恋愛感情が友情に変わる可能性だってある。
 ともかく今は、明日を待つほかないのだ。そうは言っても幾度となく冬治の声が蘇り、その日の晩はろくに眠れやしなかったのだが。
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