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果たし状はラブレターではない。

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 翌日、聖は再び小宅と遭遇した。次の授業の為に美術室へ向かう途中だったので冬治はおらず、あちらも一人だった。目が合うと、せかせかと足早に近づいてくる。やはりでかい。猫背でも目の前に立たれると見上げなくてはならない。
 昨日と同じく勢いがすごくて、聖は一瞬怯んでしまう。

「あ、あの、昨日は失礼なことしてすみませんでした」

 余裕のない迫力に呑まれそうになりながらも、昨日の非礼を詫びる。小宅は何のことだという風に首を傾げたが、直後思い直したようにポケットに手を突っ込み、よれよれの封筒を突き出してきた。

「これを、橋詰 愛に渡してほしい」

「え……?」

 瞬間、聖の中に珠樹の懸念が蘇り、受け取るのを躊躇してしまう。
 珠樹は彼をストーカーではないかと不安がっていた。聖としても、彼の愛に対する並々ならぬ執心には怖いものを感じている。
 それに聖が受け取ってしまったばかりに、巡り巡って愛に危険が及んだらどうしようかとも思う。かといって断ったら断ったで、愛が逆恨みされるような展開になってしまったら困る。非常に判断に困る状況だ。
 どうしてよいか分からずに立ち尽くしていると、ふいに肩に手が置かれた。

「きみが小宅先輩くんですかあ?」

 耳に馴染む声にぎょっとする。聖の肩に手を置いたのは、愛張本人だったのだ。これには聖も驚いたが、誰より驚愕したのは小宅だったのだろう。聖に押し付けようとしていた手紙を持つ手を大慌てで引っ込めている。
 愛は聖よりも背が低いから、高身長の小宅とはおおよそ三十センチ越えの身長差があった。にもかかわらず愛は無謀にも小宅に近づいていき、じろじろと観察しはじめる。

「うーん。やっぱ覚えてないなあ」

 そんな場面ではないと分かっているが、愛がズボンのあたりを注視していないことにほっとしてしまった。昨日の愛の見分け方は嘘だったのだ。

「メグ、遊んでそーな人ばっか選ぶから、きみみたいな地味な子なアウトオブ眼中のはずなんだけど」

 面と向かってきっぱりと言っている。このくらいはっきりした態度でいなければ期間限定と割り切った交際は出来ないのだろう。愛の強みだとは思うのだが、そばで見守る聖はどうしてもハラハラしてしまう。小宅が逆上しなければよいが。

「い、いや……その」

 小宅は聖の想像とは全く違う反応を示していた。ズレてもいない眼鏡を押し上げたり、たいして気にしているようでもない前髪を突然弄り出したりと、落ち着きがないのは同じでも、種類が違うような気がした。

「で? 今ひーくんに渡すつもりだったもの何? ちょうだいよ。メグ宛てなんでしょ? ほら早く」

 押しの強い愛にぐいぐい迫られ、小宅はへどもどしながらも封筒を差し出した。聖に渡すときとはずいぶん違う。恐々と、まるで愛に極力触れないようにしているかのようだ。今この瞬間だけ切り取ると、愛の方がカツアゲしているように見えるから不思議だ。
 愛がひったくるように封筒を受け取ると、小宅は脱兎の勢いで去っていった。せっかくの愛と話せるチャンスを棒に振ってまで逃げ出す小宅の意図が分からない。
 聖が呆然とする隣では、愛が堂々と封筒を破いて手紙を取り出している。

「えー、なになに……」

「お、おい! ここで読むのかよ!」
 
 そのまま音読まで始めるので、聖はとっさに愛を止めた。

「だって、タマちゃんの言う通り恨みつらみが書かれてたら怖いじゃん」

「あ、こ、怖かったんだ?」

 とてもそんな風には見えなかった。ならば今しがた小宅に強気な態度をとっていたのも、侮られないよう虚勢を張っていたのだろうか。

「そりゃ、メグだって人間だもの。……うーんと、本日の放課後、校舎裏に来られたし」

 聖は固唾を飲んで呑んで続きを待ったが、愛は便箋を元通り折りたたんでしまった。

「……終わりか?」

「うん。終わり。てか、今時来られたしって何? 果たし状かな?」

 確かにずいぶん古風な書き方だ。しかも真っ白な無地の封筒、手紙に一言だけ。時代が時代なら矢に結び付けて飛んできそうな内容だ。果たし状という愛の推理はあながち外れていないような気がする。

「お前、やっぱあの人にものすごい怒りかってんじゃねえのか?」

「だから、会ったことないって。ろくに話したこともないのに恨み買うとか無理だよ」

「じゃあやっぱストーカー?」

 考えてみれば愛が来てからの小宅は赤面していたような。何しろ前髪が長い上にうつむき気味だったので表情がはっきりと見えたわけではないが。

「ま。放課後行ってみればわかるっしょ」

「行くのか!」

 聖は驚愕して聞いてしまう。

「さすがに待ちぼうけさせたら可哀想じゃん。メグはアルファくんに恥かかせない、いいオメガなんです」

 その割にはもらった手紙は聖の前で堂々と音読する。基準があいまいなポリシーだ。

「じゃ、じゃあ、一応俺も行く」

 事情を知ってしまった以上、一人で行かせるわけにはいかない。聖は意気込んだ。愛はまつ毛がくるんとカールするドングリ眼を瞬かせる。

「え、ひーくん、いいの?」

「もし万が一なんかあったら困るだろ」

 これでも少し前まで格闘技を習っていた身だ。いざとなれば愛一人を守ることくらいは出来るはず。

「うーん。まあ、ひーくんが来てくれるならもれなくとーじ君もついて来るか。じゃ、物陰で見守ってて」

「お、おう」

 さらりと戦力外通告されてしまった上に、必然的に冬治も巻き込むことになってしまった。後に冬治に連絡を入れたら二つ返事で了承してくれたので一安心する。ありがとう、と返信し、そして来る放課後に向けて、じわじわと緊張感を高めていった。
 一番の当事者はといえば、机に突っ伏して呑気に惰眠を貪っているのだが。愛のそういう精神的な強さを、聖も見習わなくてはならないと前向きにとらえることにした。
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