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店主からの手紙
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しかも部外者に軽々しく諜報員だと明かして平然としているということは、他にも何か秘密があるのだろう。さすがにそこまで踏み込む理由も利点もないので、アブニールは意識を自分宛ての手紙へと転じた。長机の上に置かれたそれを拾い上げ、差出人を確認する。
「もしかして、恋人からか?」
目敏く気付いて茶化してくるフラムを、アブニールは鼻で笑った。
「そうかもな」
説明が面倒なので適当に誤魔化したが、実際には城下にある大衆酒場の店主からの手紙だ。快活で面倒見が良い性格で、料理もアブニール好みの味付けなので、王都に立ち寄ったときには度々利用している。
王暗殺の依頼を持ち掛けられた店でもあるから、心配してくれたのかもしれない。
彼とはじめて出会ったのは五年前。お互い天涯孤独という境遇からか、店主は何かとアブニールに対し親身になってくれている。
彼の手紙をレーツェルが持っていたということは、アブニールに関する情報を流したのは店主とみて間違いない。
目端の利く人だから、素性を明かす方がアブニールの立場が良くなると考えてくれたのだろう。だとするとこの手紙の内容もなんとなく察しがつく。
レーツェルにアブニールの情報を渡した件と、それに対する謝罪といったところだろう。
「返信が必要でしたら、後程団長に渡してください。僕は寮舎を離れる機会も多いですから、ついでに届けてきます」
「団長とやらはどこにいるんだ?」
アブニールが問うと、レーツェルは瞠目してアブニールを見上げ、続いてその隣に目をやった。
「まだ、御自分に関することは伝えていないのですか?」
「一応名前と騎士って身分は明かしたけどね。そういやまだだったな」
このやりとりを耳にすれば、改めて聞き出さずともフラムが団長なのだと分かる。
「ずいぶん若いな。あんた、見た感じ俺とそう変わらない年頃だろ?」
フラムは背丈と大人びた顔立ちのせいかアブニールよりは年上に見えるが、おそらく同年代だろうと思われる。偏った観念かもしれないが、隊員を統率する立場の人間ともなれば、十分経験を積んで熟達した壮年の騎士をイメージしてしまうのだ。
「まあな。それぞれの部隊長が集まる会議なんかじゃ俺が一番の若造だよ。だがそもそも守護獣騎士団自体が若い組織なんでね」
「そういえばそうか」
入団した者たちも若年層が多いなら、年嵩の老兵が指揮するよりも、同じ世代の者が導いたほうがむしろ統率がとれるのかもしれない。それに、この男の飄然としているようで隙の無い気配は、尻に殻のついた新兵たちに程よい緊張感を与えることだろう。
「けど、それなら俺に付きっきりでいいのか? 詳しくは知らねえが、団長ってのは忙しい身分なんじゃねえの?」
「ところが部下たちが優秀で、かつ世の中が平和だと定例会議以外はほとんど缶詰で書類仕事なんだよ。騎士団が捜査権を握るような事件が起こっても、俺はほぼ指示。実際に動くのはほとんど隊員たちでさあ」
心なしか、後半にいくにつれ愚痴になっている気がする。
「当たり前です。どの勝負もキングを取られたら負けなんですから。国全体で見ればあなたはナイトでしょうが、この騎士団の中に限定すれば、あなたこそがキングなのです。諦めて大人しくしていてください」
ぐうの音も出ない正論で論破されていて、さすがにフラムを気の毒に思うアブニールだった。
アブニールは基本的に単独行動なので、団体での役割分担にはなじみがない。ただ漠然と上に行くほど自由が利くのかと思っていた。現実はむしろ逆らしい。
(傭兵団じゃ上下関係なんてないようなもんだったからな)
交渉事は主に父が行っていたが、いざ仕事に取り掛かると性別も年齢も関係なく団員一丸となって動いた。その先頭にはいつも父がいたように記憶している。アブニールは救護班のそばで待機しながら、父や仲間の勇士を瞬きも惜しんで見つめていた。
同じ戦士の集まりでも、傭兵と騎士ではその在り方にずいぶん差があるらしい。
「食事中に邪魔して悪かったな。また後で」
「はい。後程執務室に伺います」
座ったまま頭を下げるレーツェルと別れ、食堂を辞す。少しばかり話し込んでしまったから、せっかくの料理が冷めてしまったのではないかとアブニールは気遣った。
「いえ。問題ありません。僕は猫舌なので」
レーツェルは、僕は、の部分をずいぶん強調して答えると、「お気遣いどうも」ともう一度会釈した。
あえて違和感には気付かないふりをして、アブニールも廊下に出る。
再びフラムの案内で突き当り近くまで進むと、ずっとナチュラルテイストだった廊下に突如異質なドアが現れた。両開きの、掃き出し窓のように一面ガラス張りの扉だ。さらにその向こうから突然床材がリノリウムに変わっている。
「あっちは研究棟へつながってる。研究員以外には健康診断や怪我をしたときくらいしか縁のない場所だな。行くか?」
わざわざアブニールの意見を聞いてくれるが、フラムの表情には迷いの色がある。迷いというか、躊躇だろうか。率直に言うなら「出来るだけ近寄りたくない」と顔に書いてあるのだ。
「見られたくないもんがあるなら別にいい」
獣使いに関する研究が行われている場所ならば、十年前の謎を解くヒントが眠っているかもしれない。欲を言えば入ってみたいが、無理を通す気はなかった。
「そういうわけじゃねえんだよなあ。ただ……」
「おやっ、そこに居るのはフラムくんではありませんか?」
その時、突然背後からフラムの声を遮るほどの大声が聞こえた。ただでさえ聴覚が発達しているアブニールにはけたたましい程の声量で、振り向くより早く距離を取ってしまう。フラムの後ろまで逃げた後で、ようやく背後を確かめた。未だ耳はキーンと高音を奏でている。
「驚きました? 大成功ですね」
振り返った先に見えた、やけに楽しそうな美男の手には、ラッパのような機械が握られていた。
「もしかして、恋人からか?」
目敏く気付いて茶化してくるフラムを、アブニールは鼻で笑った。
「そうかもな」
説明が面倒なので適当に誤魔化したが、実際には城下にある大衆酒場の店主からの手紙だ。快活で面倒見が良い性格で、料理もアブニール好みの味付けなので、王都に立ち寄ったときには度々利用している。
王暗殺の依頼を持ち掛けられた店でもあるから、心配してくれたのかもしれない。
彼とはじめて出会ったのは五年前。お互い天涯孤独という境遇からか、店主は何かとアブニールに対し親身になってくれている。
彼の手紙をレーツェルが持っていたということは、アブニールに関する情報を流したのは店主とみて間違いない。
目端の利く人だから、素性を明かす方がアブニールの立場が良くなると考えてくれたのだろう。だとするとこの手紙の内容もなんとなく察しがつく。
レーツェルにアブニールの情報を渡した件と、それに対する謝罪といったところだろう。
「返信が必要でしたら、後程団長に渡してください。僕は寮舎を離れる機会も多いですから、ついでに届けてきます」
「団長とやらはどこにいるんだ?」
アブニールが問うと、レーツェルは瞠目してアブニールを見上げ、続いてその隣に目をやった。
「まだ、御自分に関することは伝えていないのですか?」
「一応名前と騎士って身分は明かしたけどね。そういやまだだったな」
このやりとりを耳にすれば、改めて聞き出さずともフラムが団長なのだと分かる。
「ずいぶん若いな。あんた、見た感じ俺とそう変わらない年頃だろ?」
フラムは背丈と大人びた顔立ちのせいかアブニールよりは年上に見えるが、おそらく同年代だろうと思われる。偏った観念かもしれないが、隊員を統率する立場の人間ともなれば、十分経験を積んで熟達した壮年の騎士をイメージしてしまうのだ。
「まあな。それぞれの部隊長が集まる会議なんかじゃ俺が一番の若造だよ。だがそもそも守護獣騎士団自体が若い組織なんでね」
「そういえばそうか」
入団した者たちも若年層が多いなら、年嵩の老兵が指揮するよりも、同じ世代の者が導いたほうがむしろ統率がとれるのかもしれない。それに、この男の飄然としているようで隙の無い気配は、尻に殻のついた新兵たちに程よい緊張感を与えることだろう。
「けど、それなら俺に付きっきりでいいのか? 詳しくは知らねえが、団長ってのは忙しい身分なんじゃねえの?」
「ところが部下たちが優秀で、かつ世の中が平和だと定例会議以外はほとんど缶詰で書類仕事なんだよ。騎士団が捜査権を握るような事件が起こっても、俺はほぼ指示。実際に動くのはほとんど隊員たちでさあ」
心なしか、後半にいくにつれ愚痴になっている気がする。
「当たり前です。どの勝負もキングを取られたら負けなんですから。国全体で見ればあなたはナイトでしょうが、この騎士団の中に限定すれば、あなたこそがキングなのです。諦めて大人しくしていてください」
ぐうの音も出ない正論で論破されていて、さすがにフラムを気の毒に思うアブニールだった。
アブニールは基本的に単独行動なので、団体での役割分担にはなじみがない。ただ漠然と上に行くほど自由が利くのかと思っていた。現実はむしろ逆らしい。
(傭兵団じゃ上下関係なんてないようなもんだったからな)
交渉事は主に父が行っていたが、いざ仕事に取り掛かると性別も年齢も関係なく団員一丸となって動いた。その先頭にはいつも父がいたように記憶している。アブニールは救護班のそばで待機しながら、父や仲間の勇士を瞬きも惜しんで見つめていた。
同じ戦士の集まりでも、傭兵と騎士ではその在り方にずいぶん差があるらしい。
「食事中に邪魔して悪かったな。また後で」
「はい。後程執務室に伺います」
座ったまま頭を下げるレーツェルと別れ、食堂を辞す。少しばかり話し込んでしまったから、せっかくの料理が冷めてしまったのではないかとアブニールは気遣った。
「いえ。問題ありません。僕は猫舌なので」
レーツェルは、僕は、の部分をずいぶん強調して答えると、「お気遣いどうも」ともう一度会釈した。
あえて違和感には気付かないふりをして、アブニールも廊下に出る。
再びフラムの案内で突き当り近くまで進むと、ずっとナチュラルテイストだった廊下に突如異質なドアが現れた。両開きの、掃き出し窓のように一面ガラス張りの扉だ。さらにその向こうから突然床材がリノリウムに変わっている。
「あっちは研究棟へつながってる。研究員以外には健康診断や怪我をしたときくらいしか縁のない場所だな。行くか?」
わざわざアブニールの意見を聞いてくれるが、フラムの表情には迷いの色がある。迷いというか、躊躇だろうか。率直に言うなら「出来るだけ近寄りたくない」と顔に書いてあるのだ。
「見られたくないもんがあるなら別にいい」
獣使いに関する研究が行われている場所ならば、十年前の謎を解くヒントが眠っているかもしれない。欲を言えば入ってみたいが、無理を通す気はなかった。
「そういうわけじゃねえんだよなあ。ただ……」
「おやっ、そこに居るのはフラムくんではありませんか?」
その時、突然背後からフラムの声を遮るほどの大声が聞こえた。ただでさえ聴覚が発達しているアブニールにはけたたましい程の声量で、振り向くより早く距離を取ってしまう。フラムの後ろまで逃げた後で、ようやく背後を確かめた。未だ耳はキーンと高音を奏でている。
「驚きました? 大成功ですね」
振り返った先に見えた、やけに楽しそうな美男の手には、ラッパのような機械が握られていた。
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