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残り二軒
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菖蒲様の書いてくれた紹介状。
大見世の荒木屋と六道屋だ。
そこに行って姐さんの手がかりがなかったら、もうここには姐さんはいないって確証が持てるのだけれど。
問題は姐さんがどちらかにいた場合だ。
大見世の遊女も上から下まではずいぶんと差がある。もし部屋持ち以上に登りつめていたら、そこまで悪い生活は送ってないはずだけれど、下働きと変わらない生活を送っていた場合。悲惨なのは他の見世とも変わらない。
「……はあ」
私は溜息をついていると、先生が煙管を噴かせながらこちらを見た。
「なんだい、お前さんの捜し人の手がかりを得たってぇのに浮かない顔だね?」
「はい……紹介状はいただきましたけど、どちらも大見世なため、どう切り出して出かければいいのかわからなくって。それにどちらの話も私はちっとも知りませんし」
「そうだねえ……荒木屋は大見世の中でも一番華やかな見世だねだね。一番芸を見せるってぇのを誇りにしている。あそこにいる遊女たちも、全員が芸達者で、裏吉原の花見会でも一番芸を披露しているところだよ」
「それは……すごいですね?」
遊女は色さえ売ればいいのかと言われるけれど、もちろん違う。楽器、舞、書道。時には算学まで嗜んで、やってくるお客様を楽しませないといけない。
たびたび豪商が遊女を愛人として身請けすることがあるのだって、彼女の才覚を買って、店を盛り立てるためだ。色だけではそんな扱いはまず受けない。
でも色がなくても芸だけで身を立てるというのは普通に凄まじいんだ。楽器は華やかでも、弦を触り続けたら手が擦り切れる。踊り続けたら足も腕も疲れる。
そんな大見世があるなんて。私は素直に感激したものの「でも……」と考えてしまう。
私の知っている限り、姐さんはそんな芸達者な人ではない。もしそんなところに送られてしまったら、間違いなく下働きから抜け出せないだろう。
私が思わず黙り込んでいる中、「そして六道屋だけれど」と先生は続ける。
「あそこはそれこそ表に流れる裏吉原そのものさ。極楽浄土だって言われてるよ。六道なんて呼ばれているのにね」
そう先生は皮肉っぽく言う。
六道は仏教における地獄の呼び名なのだから、極楽浄土にはほど遠いだろう。
でもその見世は先生に皮肉を言わせるなにかがある。
「そこはいったいどんな……?」
「まあ、大見世で一番色を売るのに特化している見世だからね。そのせいか、あそこは一番死神が出向くことが多い」
「……っ」
思わず言葉を失った。
帷子さんたちが出向くってことは……一定期間に徳を規定量積むことができなかったってことだ。
先生は「まあ……」と煙管をカツカツ火鉢の縁で叩いて灰を落とす。
「あの辺りの見世は神にもっとも愛された場所だからね。なにかと事件は起こっても、よっぽどのことがない限りは万屋に依頼なんて入らない……つまりは、お前さんが書いてもらった紹介状を持って直接その目でたしかめなかったらどうにもならないって話さね」
「……そうですか」
「まあ、どうしてもひとりだと無理だって言うんだったら、不明門を連れてお行き。本人はものすごく嫌がるだろうがね。頼み続けたら断らないはずだから」
「……でも、遊郭に女以外が入るのは難しいんじゃ……」
「大見世ではあの子のあれは知られてないだろうからねえ」
先生はそうのんびりと言った。
私は首を傾げながらも「わかりました……?」とだけ答えた。
****
お使い帰りの不明門くんに手を合わせて頼むと、先生の指摘通り、最初はものすごく顔をひん曲げて断られた。
「嫌だよっ、大見世なんて面倒なことしか起こらないじゃねえか。そりゃ、オマエの姐さんは可哀想だし、もう残り二軒の大見世にしか確認取れないんだろうけどさあっ!」
「で、でも……私ひとりだと丸め込まれるかもしれないし、ちゃんと姐さん探したいって協力者見つかるかもわからなくって……」
「ん-……まあ、音羽はひとがいいというか、場の空気にすぐ飲まれるというかだけどさあ……ええ、俺が行けばいいの?」
「……行ってくれるの?」
不明門くんはものすっごく嫌そうな顔をしたあと、自分の徳の入った瓶を引っ張り出してきた。
「……笑うなよ」
そう口をひん曲げたあと、瓶の蓋を取って自分にかけてしまった。私はそれをポカンとして見つめていて、なんか視界がおかしいことに気付いた。
気のせいか、私より少しだけ高かったはずの不明門くんの身長が縮んでいる。それどころか。
細っこかったはずの体が丸みを帯び、作務衣から伸びる手足も気のせいか肉が付いている。どう見ても、女の子に見えるのだ。
「え……ええ……っ?」
「そりゃ俺、化け狐だし。姿くらい変えられるよ。知らない連中相手じゃなかったら、あんまり意味ないし。先生も変化の魔法は難しいからあんまりやらないって言うけど、俺は普通にできるし……って、なんだよ。それ」
「……私、前に遊郭のお手伝いしたっ!」
「ええっ?」
「不明門くんの馬鹿っ! 心細かったのになんでひとりで仕事させたの!? ひどいっ! ずるいっ!」
私は思わず私の同じ視界に入った不明門くんを睨むと、本人はぎょっとした顔をしていた。
声が甲高くっても、なんだか丸っこくなっても、彼は彼のままだった。
「……悪かったよ。それで、どっちの見世からにする?」
肩を竦められて尋ねられて、私も我に返って答える。そんなのもう決まっている。
「……六道屋からで」
「意外だな、音羽のことだから最後にすると思ったのに」
「どっちのほうがまずいかと思ったら、こっちのほうが姐さんがいたらまずいから」
「了解。それじゃあ、さっさと行きますか。日が落ちたら大見世なんて全然相手にしてくれねえし」
「うんっ」
こうして私たちは六道屋に向かうことになったのだ。
大見世の荒木屋と六道屋だ。
そこに行って姐さんの手がかりがなかったら、もうここには姐さんはいないって確証が持てるのだけれど。
問題は姐さんがどちらかにいた場合だ。
大見世の遊女も上から下まではずいぶんと差がある。もし部屋持ち以上に登りつめていたら、そこまで悪い生活は送ってないはずだけれど、下働きと変わらない生活を送っていた場合。悲惨なのは他の見世とも変わらない。
「……はあ」
私は溜息をついていると、先生が煙管を噴かせながらこちらを見た。
「なんだい、お前さんの捜し人の手がかりを得たってぇのに浮かない顔だね?」
「はい……紹介状はいただきましたけど、どちらも大見世なため、どう切り出して出かければいいのかわからなくって。それにどちらの話も私はちっとも知りませんし」
「そうだねえ……荒木屋は大見世の中でも一番華やかな見世だねだね。一番芸を見せるってぇのを誇りにしている。あそこにいる遊女たちも、全員が芸達者で、裏吉原の花見会でも一番芸を披露しているところだよ」
「それは……すごいですね?」
遊女は色さえ売ればいいのかと言われるけれど、もちろん違う。楽器、舞、書道。時には算学まで嗜んで、やってくるお客様を楽しませないといけない。
たびたび豪商が遊女を愛人として身請けすることがあるのだって、彼女の才覚を買って、店を盛り立てるためだ。色だけではそんな扱いはまず受けない。
でも色がなくても芸だけで身を立てるというのは普通に凄まじいんだ。楽器は華やかでも、弦を触り続けたら手が擦り切れる。踊り続けたら足も腕も疲れる。
そんな大見世があるなんて。私は素直に感激したものの「でも……」と考えてしまう。
私の知っている限り、姐さんはそんな芸達者な人ではない。もしそんなところに送られてしまったら、間違いなく下働きから抜け出せないだろう。
私が思わず黙り込んでいる中、「そして六道屋だけれど」と先生は続ける。
「あそこはそれこそ表に流れる裏吉原そのものさ。極楽浄土だって言われてるよ。六道なんて呼ばれているのにね」
そう先生は皮肉っぽく言う。
六道は仏教における地獄の呼び名なのだから、極楽浄土にはほど遠いだろう。
でもその見世は先生に皮肉を言わせるなにかがある。
「そこはいったいどんな……?」
「まあ、大見世で一番色を売るのに特化している見世だからね。そのせいか、あそこは一番死神が出向くことが多い」
「……っ」
思わず言葉を失った。
帷子さんたちが出向くってことは……一定期間に徳を規定量積むことができなかったってことだ。
先生は「まあ……」と煙管をカツカツ火鉢の縁で叩いて灰を落とす。
「あの辺りの見世は神にもっとも愛された場所だからね。なにかと事件は起こっても、よっぽどのことがない限りは万屋に依頼なんて入らない……つまりは、お前さんが書いてもらった紹介状を持って直接その目でたしかめなかったらどうにもならないって話さね」
「……そうですか」
「まあ、どうしてもひとりだと無理だって言うんだったら、不明門を連れてお行き。本人はものすごく嫌がるだろうがね。頼み続けたら断らないはずだから」
「……でも、遊郭に女以外が入るのは難しいんじゃ……」
「大見世ではあの子のあれは知られてないだろうからねえ」
先生はそうのんびりと言った。
私は首を傾げながらも「わかりました……?」とだけ答えた。
****
お使い帰りの不明門くんに手を合わせて頼むと、先生の指摘通り、最初はものすごく顔をひん曲げて断られた。
「嫌だよっ、大見世なんて面倒なことしか起こらないじゃねえか。そりゃ、オマエの姐さんは可哀想だし、もう残り二軒の大見世にしか確認取れないんだろうけどさあっ!」
「で、でも……私ひとりだと丸め込まれるかもしれないし、ちゃんと姐さん探したいって協力者見つかるかもわからなくって……」
「ん-……まあ、音羽はひとがいいというか、場の空気にすぐ飲まれるというかだけどさあ……ええ、俺が行けばいいの?」
「……行ってくれるの?」
不明門くんはものすっごく嫌そうな顔をしたあと、自分の徳の入った瓶を引っ張り出してきた。
「……笑うなよ」
そう口をひん曲げたあと、瓶の蓋を取って自分にかけてしまった。私はそれをポカンとして見つめていて、なんか視界がおかしいことに気付いた。
気のせいか、私より少しだけ高かったはずの不明門くんの身長が縮んでいる。それどころか。
細っこかったはずの体が丸みを帯び、作務衣から伸びる手足も気のせいか肉が付いている。どう見ても、女の子に見えるのだ。
「え……ええ……っ?」
「そりゃ俺、化け狐だし。姿くらい変えられるよ。知らない連中相手じゃなかったら、あんまり意味ないし。先生も変化の魔法は難しいからあんまりやらないって言うけど、俺は普通にできるし……って、なんだよ。それ」
「……私、前に遊郭のお手伝いしたっ!」
「ええっ?」
「不明門くんの馬鹿っ! 心細かったのになんでひとりで仕事させたの!? ひどいっ! ずるいっ!」
私は思わず私の同じ視界に入った不明門くんを睨むと、本人はぎょっとした顔をしていた。
声が甲高くっても、なんだか丸っこくなっても、彼は彼のままだった。
「……悪かったよ。それで、どっちの見世からにする?」
肩を竦められて尋ねられて、私も我に返って答える。そんなのもう決まっている。
「……六道屋からで」
「意外だな、音羽のことだから最後にすると思ったのに」
「どっちのほうがまずいかと思ったら、こっちのほうが姐さんがいたらまずいから」
「了解。それじゃあ、さっさと行きますか。日が落ちたら大見世なんて全然相手にしてくれねえし」
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