学園アルカナディストピア

石田空

文字の大きさ
上 下
61 / 112
世界革命編

星の瞬きに抗い 月の溜息に耳を塞ぐ・3

しおりを挟む
 スピカの過去なのか夢なのかわからない光景は、延々と続いた。
 透明人間のスピカと違い、過去なのか夢なのかわからないスピカはどんどんと成長していく。
 生え揃っていなかった髪もストロベリーブロンドに伸び、ハーフツインに髪を結えるようになった。
 初等学校に入学の直前、シュルマに初めてアルカナの使い方を教わった。

「いいかい、スピカ。お前は【運命の輪】なのだから、絶対に隠さないといけないよ。見つかったら……」
「しょけい……されるんでしょ?」
「そう、だから私たちは隠すんだ」

 そう言って、アルカナカードに触れる。
【運命の輪】の絵柄は、聖杯の絵柄に切り替えられた。
 彼女はその力を、シュルマに教えられて、一生懸命それの練習をした。
 小アルカナは魔法が使えないため、叔父から教わらなかったら魔力の使い方も、アルカナカードに魔力を込める方法も、アルカナカードの力の行使もわからなかったが、何度も何度も練習して、ようやく使えるようになる。

「あっ……!」
「よし、スピカ。頑張っておいで」

 こうして、彼女はカードフォルダーに偽装したアルカナカードを入れ、初等学校で元気に学園生活を謳歌するようになったが。
 その日、友達と広場に出かけることになった。友達も変な顔をしている。

「今日、広場でなにがあるの?」
「うん……なんでもさ、【運命の輪】が見つかったんだって」
「え……」

 スピカは立ち止まる。友達は不思議そうな顔をする。

「スピカ?」
「ううん、なんでもない。でも、どうして?」
「さあ? それで、うちの町で処刑するからって。人が死ぬところなんか見たくないけど、見に行って今日の感想を書いて提出したら、次のテストで点数まけてもらえるんだってさ」
「うん……」

 その光景に、透明人間のスピカは混乱していた。

(ちょっと待って……こんな光景見たことなかったはず……よね? でも……)

 スピカはそこで、処刑台に吊るされている人を見た。
 全く見知らぬ人が、シャツとスラックスの上からでもわかるほどに、青痣だらけになって、麻縄で乱暴に吊るされているのが見えた。
 その姿に、叔父ではないことにほっとする自分に、嫌悪感が募る。
 一部では無責任に、屋台でビールが配られ、子供にはバームクーヘンを配られるという、一種の祭りの様相を醸し出していたのが余計に不気味だった。
 皆がビールの注がれたコップを片手にわいわいと処刑台の人を見上げている。
 だんだんバームクーヘンを持たされたスピカの喉を、苦酸っぱい胃液が逆流してくるのが伝わってきた。

(私たちは……私は……こんな見世物にされるために生まれたの? なんで? 私たち、なにもしてないじゃない……!)

「人間、生まれながらに生き方が決められているの」

 この混沌とした祭りと葬式が一緒くたになった不謹慎な場にそぐわないような、抑揚のない声が響き渡った。
 一瞬誰かがわからなかったが、この抑揚のない声に、整い過ぎて返って特徴がなさ過ぎて覚えられない顔は、ルーナだと気付く。
 透明人間で、この場にいる誰もが目に留めなかったスピカを、ルーナはバームクーヘンを持って、この場にそぐわぬドレス姿で処刑台を見上げていた。

「【運命の輪】は【世界】にとって邪魔だから殺される。【星】は【世界】にとって有益だから飼育される。生まれたときから、生き方は決められているの。あなたは【運命の輪】だから死ななければならないの」
「わ、たしは……!」
「違う? 違わない」

 やがて、処刑台に吊るされた人に、誰かが石を投げた。それを皮切りに、次から次へと人々が歓声を上げながら、手元にあるものを好き勝手に投げはじめた。
 あれだけ青痣だらけの人が、血を流し、ビールをかぶせられ、卵の黄身を垂れ流していても、誰も気にせずに、好き勝手に。
 その醜悪さに、スピカの吐き気はとうとう限界に来た。
 スピカは地面にとうとうバームクーヘンを落としてしまい、その場にしゃがみ込んでしまった。
 そのスピカが得ずく様を、ルーナは淡々と見下ろしている。

「自分じゃなくってよかったとそう思っているんでしょう? 見つからなくってよかった。誰にも気付かれなくってよかった……自分の与えられた生き方に、従いなさい」

 ルーナはそう言って、スピカをドシンと突き飛ばした。
 意味がわからず、スピカは嘔吐した口元を拭いながら転がると、今まで透明人間で彼女を見ていなかった人々が、一斉に転がる彼女に視線を移した。

「【運命の輪】だ……!」
「今までどこにいたんだ!?」
「殺せ!」
 「殺せ!」
  「殺せ!」
 「殺せ!」
    「殺せ!」

 辺りは既に、石を投げ続けられて腫れ上がった処刑台の人に向いてはいない。
 爆発した広場の凶器が、一斉にスピカに襲い掛かってきた。

(やだ……! やだ…………!)

 スピカは頭を押さえて、とうとう涙腺を決壊させた中。

「人の妄想に飲まれてんじゃねえよ、ばっかじゃねえの!?」

 スピカは驚いて顔を上げた先には、いつの間にか行方不明になっていたはずのアレスが立っていた。
 それにはスピカだけでなく、ルーナまでもぎょっとして彼を見る。

「アレス? あれ? ルーナ先輩のゾーンに皆、個別で囚われて……」
「とりあえず、逃げるぞ!」
「わっ!」

 スピカをひょいと手首を引っ張り上げて立たせると、狂乱状態の広場から逃げはじめた。
 後ろからおそろしい足音が響いてくるが、振り返ることがスピカには怖くてできなかった。
 アレスは気にする素振りもなく、走り出す。

「アレス、いったいどうやってルーナ先輩のゾーンを抜けたの!? 怖いものをたくさん見せられて……私ももうちょっとで飲まれるところだったのに……!」
「ばぁーっか! 既に飲まれてたじゃねえか! あれ、相当こけおどしだろうが」
「怖かったんだからしょうがないでしょ!?」
「へいへい……まあ、無事でよかった。さすがにルヴィリエだけでなく、お前まで人形になったらどうしようって思ってた」
「……うん」

 アレスの手首の温度は、たしかに何度も逃げ出したときに捕まれたものと同じだった。
 思えば、あれだけリアリティー溢れるものだったはずなのに、あの場には温度が存在しなかった。だからこそ、ルーナとアレスだけは本物だと認識できた。
 でもシュルマの行いや家族のこと、先程の【運命の輪】は、果たしてただのルーナのつくった幻覚だったんだろうか。
 スピカは不安げにアレスの手に指を絡めながら尋ねる。

「でも……アレスはどうして無事だったの?」
「俺? というより、あの人俺のこと嫌いみたいでなあ……無茶苦茶ひどい幻覚に叩き込まれた」
「なんで無事だったの!?」
「だって俺、ルーナ先輩のこと大大大大大嫌いだし」

 アレスはむっとしたように、唇を尖らせながらきっぱりとそう言い切る。それに先程まで吐いたり泣いたりしていたスピカは、とうとう噴き出した。

「プッ……! それで……論破したっていうの?」
「笑うなよー! だってムカつくじゃん! ひとりだけ自分不幸なんです、ものすっごく不幸なんですって、それ、人を何人も壊す免罪符になんのかって話だよ! あの人の人形遊びに、なんでこっちが付き合わねえといけねえんだよ!」
「アハハハハハハ……! そうだね!」

 ルーナがなにをそこまで人生について打ちひしがれているのかは、スピカにもアレスにもわからない。
 スピカは生まれのせいで、常に命の危機にさらされてきたし、アレスは貴族から差別をもろに食らって育ってきたから擦れている。そもそも不幸のない人生のほうが稀だというのに八つ当たりされても、そんなのお門違いだとしか言いようがない。
 スピカは少しだけ胸がすっとした。

「ありがとう、アレス」
「おう……多分ここにルヴィリエがいるんだろ? 探しに行こう」
「うん……でも、私でルヴィリエを助けられるのかな……」

 スピカはルーナに食らったゾーンの力に、あいにく飲まれて動けなくなるところだった。寸でのところでアレスに助けられたとはいえど、誰も助けてくれないまま、ルヴィリエは三日間も閉じ込められ、責め苦に遭ったのだ。
 タニアやルーナの言っていたとおり、ルヴィリエを助けられたとしても、既に元のルヴィリエでも、スピカたちの知っているルヴィリエでもない可能性だってある。

(私、ルヴィリエに助けてもらってばっかりで……こんなに苦しい思いを抱えてたなんて、知らなかった……)

 スピカが自然と唇を噛む中、アレスは平然と言ってのけた。

「大丈夫だろ、どっちみちここのゾーンは時期に壊れるし。そのときには、ルヴィリエだって解放されるだろ」
「え……?」
「どんだけ怖いゾーンだってさ、外からの攻撃には弱いって、もうカウス先輩も言ってんじゃん」
「あ……!!」

 途端に足が軽くなった。気持ちも軽くなった。
 そして、スピカを捉えていた空間が途切れた。
 それでもなお、ルーナのゾーンの中なのだろうと思うのは、ここ一体があやふやな靄の中で、とてもじゃないが五貴人の居住区画とは思えないせいだった。

「……ズベン先輩やシェラタン先輩は大丈夫かな……」
「ズベン先輩は大丈夫だろ。あの人ありえねえくらいに【世界】贔屓の神経太過ぎる人だし。シェラタン先輩はどうなんだろうなあ……あの人のことは本当によくわかんね」
「うん……どっちみち、革命組織もそろそろこっちに到着するだろうし、それまでにルヴィリエと合流しよう」
「了解」

 こうしてふたりで、ルーナのゾーンをさまようこととなった。
 外の革命組織と生徒会執行部のやり合いがどうなったのかはわからない。
 ズベンとシェラタンは現状どうしているかもわからない。
 いきなり自身のゾーンを上書きされたタニアだっているし、現在このゾーンを支配しているのはルーナだ。
 現状不安しかないが、今はふたりでいる。ならば、なにもないよりはずっといい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...