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恋はエゴの塊
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私たちが怒鳴り合って刀と弓をぶつけ合っている中、必死に風花ちゃんが要石に触れてくれていた。
彼女は指を切って血を流し、それに自身の霊力を流し込んでいく。
「……お願い。あとひとつなの。結界を全部修復させられないと……うらら先生が……うらら先生が」
そうぱたぱたと要石に人魚の涙が染み込んでいく。
私たちは、保健室にしか居場所がなかった。学校の外全てが怖くて、ここでしか穏やかな生活が送れなかった。
親には泣かれた。先生には叱られた。それでも、保健室以外では人と目を合わせることすらできなかった。
……私は、桜子さんについていって衣更市を出て行くことを決めたけれど、風花ちゃんはそうじゃない。彼女は怖がりながらも、必死に日常にしがみつこうとする強い子だ。その日常の象徴が、保健室の主のうらら先生だったんだから、彼女からしてみれば、彼女が元に戻れないことには、日常が戻ってこないのだ。
私は彼女の泣き声を聞きながら、歯を食いしばって神通刀に力を込めた。仲春くんもまた、ちっとも諦めてくれる気配がない。
「あなたにとっては……照日さん以外はどうでもいいのかもしれない! でも! 私もあなたもここを出て行くけど、残る人はどうなるの!? 風花ちゃんはどうするの! うらら先生だって、結界を元に戻さないことには、元に戻れないのに……!」
「……じゃあ、どうしたらいいんだよ! 俺ばっか責めてさ! 楽なんだよ、糾弾するほうが。そのほうが気持ちいいからな!」
とうとう仲春くんは、ボタボタと涙を流しはじめた。
……彼だって本来は優しい人だ。保健委員として過ごした、私たちとの日常だって覚えているだろう。照日さんが彼の世界の中心になるまでの、穏やかな日々を忘れてはいないだろう。その穏やかな想い出に関わった人たちが、皆傷付いている……。
好きなひとの命が奪われたら、想い出も故郷も穢されない。でも、好きなひとには二度と会えない。
厳しい選択を迫っているのはわかっている。でも。他にどうすればいいの。
私もとうとう声を荒げながら、鼻水を流しながら泣き叫んだ。
「わからないわよ! どうしたらいいのか! 私だって本当は仲春くんにも照日さんにも傷付いて欲しくない! でも明日までに全部終わらせなかったら、この町は木っ端微塵になるの! 殲滅されるの! そんなの、認められる訳ないでしょう!?」
私たちは、大事な物を守りたいだけなのに。皆で穏やかな日々を一緒に過ごした仲なのに、どうして傷付け合うしかできないんだろう。
もうそれぞれ大切なものができて、それ以外の全てを諦めなきゃいけないのかもしれないのに。
……本当に、他に方法がないの?
「……しっかりしなさい! あなたは私の使い魔でしょう!?」
急に私にピタン、と式神が貼り付いた。そこで私は、何度も何度も泣き叫んで支離滅裂な言葉以外が言えなくなっていたのは、本能に飲まれかけていたからだと思い至る。
こちらに走ってきたのは、式神を大量に携えた桜子さんだった。
「麦秋さん……」
「桜子さん!? どうしたんですか!? あの、操られた人は全員……」
「……全員、小草生先生の魅了の神通力により、逆に正気に戻りました」
よかった……んだろうか。私は聞き及んでいる中、要石に結界をコーティングしている風花ちゃんが声を上げた。
「うらら先生は!? うらら先生はどうなったんですか!?」
その声は悲鳴に近い。それに桜子さんは、淡々と答える。
「……麦秋先生は、彼女からの提案により、私が封印しました。封印は、結界が全て張り終えたら解除できるはずです」
それに風花ちゃんは、更に濁流の涙を流しはじめた。これは……うらら先生があまりにもどこまでいっても私たちを守ろうとする大人で、私たちに足止めをかけたくない一心で、自分から言い出したのだろう。
それがあまりにも普通に想像できるから……余計に悲しい。
「……ふうぬ。まさか主様の体液を断った上で、自身の神通力を極限まで追い込み、わらわを出し抜くとは。うらら、敵に回ったとはいえど腕を上げたのう」
そうのんびりとした声を上げてきたのは、昨日と同じく巫女装束に身を包んだ照日さんだった。相変わらず豊満が過ぎる体型で、ただペタンペタンと歩いているだけで自然と視線が向いてしまう。
彼女が来たことで、仲春くんが「照日! 結界が!」と叫ぶと、照日さんは「ああー」と言いながら、要石に仕上げを施している風花ちゃんを見る。
……まずい、今の風花ちゃんには、身を守る術がない。
弓矢は未だに背負ったままでセットできない。どうしよう……どうしよう。
私は思わず仲春くんの脇腹を蹴り上げて、その隙に風花ちゃんの元に走ろうとしても、距離を置いたことで仲春くんは油断なく弓矢をこちらに打ち込みはじめた……移動が、できない。
「風花ちゃん…………!!」
私が悲鳴を上げる中、途端に呪文が響きはじめた。
これは……陰陽道の呪文。桜子さんが手に大量のお札を取り出し、呪文を唱えながら指を切って血で文字を書きはじめたのだ。そしてそれを五月雨式に照日さんに飛ばしてくる。
「くっ……! そち、腕は主様よりも下だったではないかっ!?」
「ええ。このまんまじゃ人間の私は、皆の足手まといになります。だから、鍛えたんですよ……!」
昨日の夜のことを思い出す。
……ただいちゃいちゃしてただけでなく、ふたりで霊力を練り合ったことで、たしかに桜子さんは強くなっていたんだ。その五月雨式の札は、先程式神を操られた人たちに飛ばしたスタンガンのようなもので、守護神である照日さんの動きすら止める……いったい一枚にどれだけの霊力が込められているのか、わかったもんじゃない。
それらを桜子さんが隙なく飛ばし続けて照日さんを牽制し、私と仲春くんが対峙している中……風花ちゃんのぐったりとした声が響いた。
「……終わり、ましたぁ」
彼女はぜいぜいとしながら、立ち上がった。
要石はたしかに修繕が施されていた。それに照日さんは「うう……っ」と呻き声を上げて、倒れる。
それを見て「照日……!!」と仲春くんは、こちらに見向きもせずに走り出した。
彼女を抱える。
「……主様。あとひとつ……あとひとつ失えば……全ては終わる……」
「おい、照日。寝るな!」
「……わかっておる。わらわは主様を置いて、いなくなったりはせぬ……ただ、少々眠いだけじゃ」
そう言って、照日さんはくったりと仲春くんにもたれかかって気絶してしまった。
これは……『破滅の恋獄』でも、結界のことを知った直後じゃないと起こりえない話だ。結界の守護神である照日さんは、眠るようにはできていない。
……彼女が眠いってことは、もうすぐ結界の修復が完了するからなんだ。
仲春くんは照日さんをかき抱くと、こちらを睨んできた。
「……絶対に、許さない」
そのひと言だけを残し、彼は彼女を抱えていなくなってしまった。
私は彼の背中が、初めて小さく見えた。
記憶の中の彼は、みもざの憧れと恋心が大きく見せていただけなのかもしれない。実際の彼は、年不相応に好きな人の生死を抱えて走り続けている、普通より強い力を持っている男の子なのに。
あと一日で結界を修復完了しなければ、衣更市は滅んでしまう。それでもなお、彼の小さな背中を見たら、揺らいでしまった。
****
私たちはタクシーを呼んで、どうにか四人で泊まれるホテルを探し出した。
結局空いていたのはスイートルームだけで、そんなの私たちは泊まれないとパニックを起こしていたら、「経費です」と桜子さんは冷静に対応してくれた。
本当だったら仲春邸に戻りたいところだけれど、本当の家の持ち主が戻ってきている以上、これ以上好き勝手には使えないという判断だった。あと、最後の要石のある衣更城からはどうしても距離があるために、観光名所の付近で一夜を明かす必要があった。
その中で、封印されているうらら先生をふかふかしたベッドに寝かせた。
「うらら先生は……今どうなってるんですか?」
ギリギリまで本性をさらけ出し、狐耳に九尾まで出していたものの、今はすっかりとなりを潜めてしまっている。
酔っ払って寝ているときも、普通に寝ているときも、普通に息をしているはずなのに、今の彼女は息をしていない。封印されているという状態がどういうものなのか、いまいちわからなかった。
風花ちゃんはポロポロ泣いている中、私は必死に彼女を抱き締めて桜子さんに尋ねると、桜子さんは重い口を開いた。
「本性をさらけ出し過ぎた結果、理性が蒸発しかかったので、神通力の洗脳を魅了で無理矢理解いたのを確認したあと、私が彼女の魂を札に閉じ込めました。現状、小草生先生の体内には、魂は入っていません」
「…………っ!?」
風花ちゃんはまたしてもポロポロと泣き出すものの、私は風花ちゃんを抱き締めながら質問を重ねた。
「それって、結界を完全に修復完了できれば、札に閉じ込めたうらら先生の魂は、返してもらえるんですよね?」
「そのつもりですが……おそらくは、最後の戦いでは、仲春さんと照日さんも容赦はしてくれないかと思います」
「……美術館の客を全員操ってこちらを拘束してこようとしたのに、まだなにかするんですか?」
「……私たちは、頭脳労働担当であり、神通力の遣い手を失いました。おそらくは照日さんもここの要石は捨てて、最初から衣更城の要石のために、私たちの戦力を削りたかったのでしょう……長いこと一緒にいましたから、小草生先生だったら、絶対に自分より年下の子たちを庇うと見越して」
「ひどい……」
「……好きは、暴力ですから」
それを言われると、なんにも言えなかった。
……みもざが好きだったはずの人を、私は平気で罵倒していた。好きは、自分の形を変えてしまうものなのかもしれない。
「ですが……」と桜子さんは続けた。
「今日戦ってわかりました。私たちは、本当に上手く立ち回れば、仲春さんと照日さんの猛攻を突破できるかもしれません」
「え……?」
「ふたりが納得してくれれば、引いてくれるでしょうから、実は勝利条件は要石争奪戦にはないんですよ」
え……?
桜子さんの言葉の意味がわからなかった。
退場していたふたりが突如戻ってきたのは、結界の修復が完了してしまったら、照日さんがいなくなってしまうから。
それをよしとしてしまったら、結界が破れたまま放置されている衣更市を危険と認定して、陰陽寮は衣更市を殲滅する。
こちらを立てればあちらが立てずの現状を、どうにかする方法があるというの?
風花ちゃんは目を擦って桜子さんを見た。
桜子さんは、確信を持った顔をしていた。
彼女は指を切って血を流し、それに自身の霊力を流し込んでいく。
「……お願い。あとひとつなの。結界を全部修復させられないと……うらら先生が……うらら先生が」
そうぱたぱたと要石に人魚の涙が染み込んでいく。
私たちは、保健室にしか居場所がなかった。学校の外全てが怖くて、ここでしか穏やかな生活が送れなかった。
親には泣かれた。先生には叱られた。それでも、保健室以外では人と目を合わせることすらできなかった。
……私は、桜子さんについていって衣更市を出て行くことを決めたけれど、風花ちゃんはそうじゃない。彼女は怖がりながらも、必死に日常にしがみつこうとする強い子だ。その日常の象徴が、保健室の主のうらら先生だったんだから、彼女からしてみれば、彼女が元に戻れないことには、日常が戻ってこないのだ。
私は彼女の泣き声を聞きながら、歯を食いしばって神通刀に力を込めた。仲春くんもまた、ちっとも諦めてくれる気配がない。
「あなたにとっては……照日さん以外はどうでもいいのかもしれない! でも! 私もあなたもここを出て行くけど、残る人はどうなるの!? 風花ちゃんはどうするの! うらら先生だって、結界を元に戻さないことには、元に戻れないのに……!」
「……じゃあ、どうしたらいいんだよ! 俺ばっか責めてさ! 楽なんだよ、糾弾するほうが。そのほうが気持ちいいからな!」
とうとう仲春くんは、ボタボタと涙を流しはじめた。
……彼だって本来は優しい人だ。保健委員として過ごした、私たちとの日常だって覚えているだろう。照日さんが彼の世界の中心になるまでの、穏やかな日々を忘れてはいないだろう。その穏やかな想い出に関わった人たちが、皆傷付いている……。
好きなひとの命が奪われたら、想い出も故郷も穢されない。でも、好きなひとには二度と会えない。
厳しい選択を迫っているのはわかっている。でも。他にどうすればいいの。
私もとうとう声を荒げながら、鼻水を流しながら泣き叫んだ。
「わからないわよ! どうしたらいいのか! 私だって本当は仲春くんにも照日さんにも傷付いて欲しくない! でも明日までに全部終わらせなかったら、この町は木っ端微塵になるの! 殲滅されるの! そんなの、認められる訳ないでしょう!?」
私たちは、大事な物を守りたいだけなのに。皆で穏やかな日々を一緒に過ごした仲なのに、どうして傷付け合うしかできないんだろう。
もうそれぞれ大切なものができて、それ以外の全てを諦めなきゃいけないのかもしれないのに。
……本当に、他に方法がないの?
「……しっかりしなさい! あなたは私の使い魔でしょう!?」
急に私にピタン、と式神が貼り付いた。そこで私は、何度も何度も泣き叫んで支離滅裂な言葉以外が言えなくなっていたのは、本能に飲まれかけていたからだと思い至る。
こちらに走ってきたのは、式神を大量に携えた桜子さんだった。
「麦秋さん……」
「桜子さん!? どうしたんですか!? あの、操られた人は全員……」
「……全員、小草生先生の魅了の神通力により、逆に正気に戻りました」
よかった……んだろうか。私は聞き及んでいる中、要石に結界をコーティングしている風花ちゃんが声を上げた。
「うらら先生は!? うらら先生はどうなったんですか!?」
その声は悲鳴に近い。それに桜子さんは、淡々と答える。
「……麦秋先生は、彼女からの提案により、私が封印しました。封印は、結界が全て張り終えたら解除できるはずです」
それに風花ちゃんは、更に濁流の涙を流しはじめた。これは……うらら先生があまりにもどこまでいっても私たちを守ろうとする大人で、私たちに足止めをかけたくない一心で、自分から言い出したのだろう。
それがあまりにも普通に想像できるから……余計に悲しい。
「……ふうぬ。まさか主様の体液を断った上で、自身の神通力を極限まで追い込み、わらわを出し抜くとは。うらら、敵に回ったとはいえど腕を上げたのう」
そうのんびりとした声を上げてきたのは、昨日と同じく巫女装束に身を包んだ照日さんだった。相変わらず豊満が過ぎる体型で、ただペタンペタンと歩いているだけで自然と視線が向いてしまう。
彼女が来たことで、仲春くんが「照日! 結界が!」と叫ぶと、照日さんは「ああー」と言いながら、要石に仕上げを施している風花ちゃんを見る。
……まずい、今の風花ちゃんには、身を守る術がない。
弓矢は未だに背負ったままでセットできない。どうしよう……どうしよう。
私は思わず仲春くんの脇腹を蹴り上げて、その隙に風花ちゃんの元に走ろうとしても、距離を置いたことで仲春くんは油断なく弓矢をこちらに打ち込みはじめた……移動が、できない。
「風花ちゃん…………!!」
私が悲鳴を上げる中、途端に呪文が響きはじめた。
これは……陰陽道の呪文。桜子さんが手に大量のお札を取り出し、呪文を唱えながら指を切って血で文字を書きはじめたのだ。そしてそれを五月雨式に照日さんに飛ばしてくる。
「くっ……! そち、腕は主様よりも下だったではないかっ!?」
「ええ。このまんまじゃ人間の私は、皆の足手まといになります。だから、鍛えたんですよ……!」
昨日の夜のことを思い出す。
……ただいちゃいちゃしてただけでなく、ふたりで霊力を練り合ったことで、たしかに桜子さんは強くなっていたんだ。その五月雨式の札は、先程式神を操られた人たちに飛ばしたスタンガンのようなもので、守護神である照日さんの動きすら止める……いったい一枚にどれだけの霊力が込められているのか、わかったもんじゃない。
それらを桜子さんが隙なく飛ばし続けて照日さんを牽制し、私と仲春くんが対峙している中……風花ちゃんのぐったりとした声が響いた。
「……終わり、ましたぁ」
彼女はぜいぜいとしながら、立ち上がった。
要石はたしかに修繕が施されていた。それに照日さんは「うう……っ」と呻き声を上げて、倒れる。
それを見て「照日……!!」と仲春くんは、こちらに見向きもせずに走り出した。
彼女を抱える。
「……主様。あとひとつ……あとひとつ失えば……全ては終わる……」
「おい、照日。寝るな!」
「……わかっておる。わらわは主様を置いて、いなくなったりはせぬ……ただ、少々眠いだけじゃ」
そう言って、照日さんはくったりと仲春くんにもたれかかって気絶してしまった。
これは……『破滅の恋獄』でも、結界のことを知った直後じゃないと起こりえない話だ。結界の守護神である照日さんは、眠るようにはできていない。
……彼女が眠いってことは、もうすぐ結界の修復が完了するからなんだ。
仲春くんは照日さんをかき抱くと、こちらを睨んできた。
「……絶対に、許さない」
そのひと言だけを残し、彼は彼女を抱えていなくなってしまった。
私は彼の背中が、初めて小さく見えた。
記憶の中の彼は、みもざの憧れと恋心が大きく見せていただけなのかもしれない。実際の彼は、年不相応に好きな人の生死を抱えて走り続けている、普通より強い力を持っている男の子なのに。
あと一日で結界を修復完了しなければ、衣更市は滅んでしまう。それでもなお、彼の小さな背中を見たら、揺らいでしまった。
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私たちはタクシーを呼んで、どうにか四人で泊まれるホテルを探し出した。
結局空いていたのはスイートルームだけで、そんなの私たちは泊まれないとパニックを起こしていたら、「経費です」と桜子さんは冷静に対応してくれた。
本当だったら仲春邸に戻りたいところだけれど、本当の家の持ち主が戻ってきている以上、これ以上好き勝手には使えないという判断だった。あと、最後の要石のある衣更城からはどうしても距離があるために、観光名所の付近で一夜を明かす必要があった。
その中で、封印されているうらら先生をふかふかしたベッドに寝かせた。
「うらら先生は……今どうなってるんですか?」
ギリギリまで本性をさらけ出し、狐耳に九尾まで出していたものの、今はすっかりとなりを潜めてしまっている。
酔っ払って寝ているときも、普通に寝ているときも、普通に息をしているはずなのに、今の彼女は息をしていない。封印されているという状態がどういうものなのか、いまいちわからなかった。
風花ちゃんはポロポロ泣いている中、私は必死に彼女を抱き締めて桜子さんに尋ねると、桜子さんは重い口を開いた。
「本性をさらけ出し過ぎた結果、理性が蒸発しかかったので、神通力の洗脳を魅了で無理矢理解いたのを確認したあと、私が彼女の魂を札に閉じ込めました。現状、小草生先生の体内には、魂は入っていません」
「…………っ!?」
風花ちゃんはまたしてもポロポロと泣き出すものの、私は風花ちゃんを抱き締めながら質問を重ねた。
「それって、結界を完全に修復完了できれば、札に閉じ込めたうらら先生の魂は、返してもらえるんですよね?」
「そのつもりですが……おそらくは、最後の戦いでは、仲春さんと照日さんも容赦はしてくれないかと思います」
「……美術館の客を全員操ってこちらを拘束してこようとしたのに、まだなにかするんですか?」
「……私たちは、頭脳労働担当であり、神通力の遣い手を失いました。おそらくは照日さんもここの要石は捨てて、最初から衣更城の要石のために、私たちの戦力を削りたかったのでしょう……長いこと一緒にいましたから、小草生先生だったら、絶対に自分より年下の子たちを庇うと見越して」
「ひどい……」
「……好きは、暴力ですから」
それを言われると、なんにも言えなかった。
……みもざが好きだったはずの人を、私は平気で罵倒していた。好きは、自分の形を変えてしまうものなのかもしれない。
「ですが……」と桜子さんは続けた。
「今日戦ってわかりました。私たちは、本当に上手く立ち回れば、仲春さんと照日さんの猛攻を突破できるかもしれません」
「え……?」
「ふたりが納得してくれれば、引いてくれるでしょうから、実は勝利条件は要石争奪戦にはないんですよ」
え……?
桜子さんの言葉の意味がわからなかった。
退場していたふたりが突如戻ってきたのは、結界の修復が完了してしまったら、照日さんがいなくなってしまうから。
それをよしとしてしまったら、結界が破れたまま放置されている衣更市を危険と認定して、陰陽寮は衣更市を殲滅する。
こちらを立てればあちらが立てずの現状を、どうにかする方法があるというの?
風花ちゃんは目を擦って桜子さんを見た。
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