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聖女、はじまりの日を回想する
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聖都ルーチェは、信者たちの聖地として、また観光地として栄えた都である。
そして神殿は日々神に祈りを捧げるのと同時に、重要な仕事が存在した。
カタコンベに埋葬する遺体を清めることである。
基本的にこの国全土は、聖女アンナリーザの魔物避けの結界により、遺体を放置していてもアンデッドになることはないが、遺体は神殿に持ち込まれて、きちんと清められた上で埋葬される。
神殿は生まれてから死ぬまでを見届ける重要な仕事を担っていたのだ。
本来だったら、アンナリーザがするべき仕事ではなかったのだが、今回持ち込まれた遺体は、彼女が出てくる他なかったのである。
「死霊使いの遺体……?」
「はい、ぜひとも聖女様に清めていただきたいと」
「よりによって、この手の術者がまだこの国にいたとはねえ……」
死霊使いはアンデッドを使役する術者であり、本来アンテナート王国には存在できるはずがない存在である。
なんといっても、結界の関係でアンデッドが発生できないのだから、当然使役もできるはずがない。ほとんどの死霊使いは、結界をどうにか突破してアンデッドを使役できないかと実験したらしいが、諦めて他国へと渡っていったが、まだ残っていたらしい。
それが、彼女の任された遺体である。
アンナリーザは首を傾げながらも、その遺体に聖水をかけながら錫杖で触れた。
何故か呪いの術式が、三つほど施されている。
「……この遺体、いったいどうしたの?」
「なんでも、王都から持ち込まれたようで……フォッラの神殿も困り果てて、ルーチェの聖女様に遺体の処理をしてほしいとのことでした」
「王宮のお膝元でアンデッドの研究って、よくできたものねえ……」
そこまで研究熱心なら、王宮魔術師にでもなればよかったのに。この国だと芽の出ない死霊使いに見切りを付けるか、他国に渡ればよかったのに。
アンナリーザは錫杖で呪いを少しだけ吸い取ると、呪いの内容を読み解いていく。
死んで一定時間経ったら自分自身を起き上がらせる……リビングデッドにする呪い。
死んで一定時間経ったら自分自身の呪いをばら撒く……拡散の呪い。
あとひとつは、起き上がる呪いなのだが、死んでいるのに起き上がるというのはリビングデッドにする呪いとなにが違うのだろうか。
迷惑極まりないと判断したアンナリーザは、その遺体をカタコンベにまで運ぶよう命令して、急いで解呪をはじめることとした。
聖水を撒き、錫杖で読み取った呪いの術式を紐解いていく。
呪文を唱えれば簡単に解呪できると思われるだろうが、拡散する呪いの場合、術式のひとつでも無理に崩したら、その時点で拡散してしまうものが多く、解呪の術式で術式のひとつひとつを剥がすという、ややこしい手法を使わなければならなかった。
「ひとつ、種は埋められた。ひとつ、種は芽吹いた。ひとつ、芽吹いた種は割れ、崩れた……」
少しでも集中が途切れたら、術式が乱れ、呪いが拡散してしまう。アンナリーザは騎士たちに頼んで人除けをした上での解呪だったが、なにかがおかしいと、呪いをひとつ、またひとつと解いていくごとに疑惑が募っていく。
なにがおかしいのか、アンナリーザもわからなかった。
呪い自体は、きちんと術式を引き剥がしたので解けたはずなのだ。だが、なにかがおかしい。
「……さ、すが……聖女様。これくらいの呪いはちゃんと解けるんだなあ」
「……! あなた……」
カタコンベに入り込んでいた死霊使いが、突然しゃべり出した。
アンデッド……一瞬はそう思ったが、違う。
アンナリーザは顔を真っ青にする。
この死霊使いは、最初から死んではいなかったのだ。
先程の呪いも、よくよく考えればおかしかったのだ。全て死んで一定時間経ったら発動するものだったはずだが、この遺体がフォッラからルーチェにまで移送されてからも、発動しなかった。
仮死薬。ときどき死霊使いの中には、自分をアンデッドに見立てて実験を施す存在がいると言う。その際に呪いの術式を埋め込み、自分自身を仮死状態にして発動させるという。
本来ならば、この国はアンデッドが発生しないのだが……例外は存在する。
カタコンベに持ち込まれた遺体の内、清めた上で埋葬が終わっていない遺体が存在している。
そしてカタコンベは地下。地上に張り巡らされた聖女の魔物避けの結界が発動しないのだ。
……誰も、死霊使いが自身を仮死状態にした上で、埋葬するためにカタコンベに運ばれて侵入するなんてこと、罰当たりが過ぎて誰も想像すらしていなかったのだ。
死霊使いは神殿の教義を信仰してはおらず、それらを無視するという発想すら、出てこなかったのだから。
死霊使いはゆらりと動く。
アンナリーザが術式を解呪することこそが、この死霊使いの仮死状態を解く方法だったようだ。
そしてまだ、清められていない布を被せられた遺体を見て、死霊使いは顔を紅潮させる。
「素晴らしい、新鮮な清め終わっていない遺体が……! ああ、ああ、ああ! ここは楽園か!」
「なにをふざけたことを……!」
アンナリーザは錫杖を振りかぶる。
今この死霊使いを止めなかったら、ここで眠りを待つ遺体が弄ばれる。そのまま殴って止めようとするが、それより先に、死霊使いは白衣を捲り上げる。
皮膚に刻まれているのは、先程アンナリーザが仮死状態の死霊使いから剥ぎ取った術式が、直接刻み込まれている。
「あなた、なんてことを……!!」
「さあ、さあさあ、共に増えて栄えよう! ここを不死者の王国としよう!」
「なにを勝手なことを……!」
アンナリーザが殴るより早く、死霊使いは自身の服に隠し持っていたナイフを自分の首に突き立てる。
そしてその血を撒き散らしたのだ。アンナリーザは顔を青褪めさせる。
その死霊使いの呪いが、発動したのだ。
****
もしもあのとき、他の神官が傍にいたらよかったのか。
もしもあのとき、護衛の騎士が傍にいたらよかったのか。
慢心していたのか。それとも考えが及ばなかったのが悪かったのか。
死霊使いの呪いが拡散し、カタコンベがリビングデッドまみれになったのは時間の問題であった。
アンナリーザは必死で走り、神官長に助けを求めた。
そのままカタコンベを閉鎖し、時間を稼ごうということになったが、そこでも不幸は続いた。
まだその話が降りてきていない巫女見習いたちが、まだ埋葬が終わっていない遺体にかけた布の交換に、アンナリーザたちが完全閉鎖を指揮する直前に、別の階段から降りてしまったのである。
「い、や……いたいいたいいたいいたい! やめてやめてヤメテヤメゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ」
人の声が、どんどん不可解な音に変わっていくのを、耳にした。
カタコンベから湧き出たリビングデッドが、次から次へと人を噛み、仲間を増やしていく。
本来、リビングデッドは日の光が苦手なはずなのに、それすらも無視して、人だったとは思えない動きで走り、人に噛みつき、増やしていく。
白亜の都は、あっという間に惨劇の舞台へと変わってしまったし、誰もかれもがパニックを起こして逃げ惑う。
神官長も救援を要請するために、王都フォッラに助けを求めたが。
それは国王の鶴のひと声でばっさりと、救いの糸は断ち切られた。
「偉大な聖女様がおられるだろう。聖女様を配する聖都ルーチェならば、なんとかリビングデッドに拮抗できるであろう。しかしそのような恐ろしいリビングデッドが現れたら難儀だな。一般人はリビングデッドに対抗できないのだから」
そう言って、宮廷魔術師たちで救援するどころから、都ひとつを包む結界を張られ、ルーチェにいる人々は全員閉じ込められてしまったのである。
いったい、どれだけ死んだのか。どれだけリビングデッドに替えられたのか。
最初はもうどこもかしこもパニックを起こしてしまい、いち早くルーチェから脱出しようとしたが、閉じ込められてしまうと知ったときは、今度はどこに逃げるかで右往左往する。
本来なら神殿を放棄し、そこを閉じ込めてしまえばよかったのだが。
神殿には信者たちから寄付された食料も聖水もあり、なによりも魔物避けの結界の祭壇が存在している。
ただでさえ最初の時点で大量に人が死んでいるのだから、噛まれて呪いが回ったせいでリビングデッドになるという事象以外は、防がなければいけなかった。
神殿を奪還するのに一週間、更に聖都中にばらばらに散らばってしまった人々を救出避難するまでに、ひと月。途中で聖水が切れたことによるパニックで神殿から脱走する人々を連れ戻すのに時間を有し、つい最近になりようやく犠牲者ゼロの戦術を会得したのであった。
しかし。
平和になったとは程遠い。
リビングデッドを追い出さない限り、魔力は延々と削れる。魔力がなくなったら命を削るしかない。
……これ以上、リビングデッドを増やす訳にはいかないのだ。
そして神殿は日々神に祈りを捧げるのと同時に、重要な仕事が存在した。
カタコンベに埋葬する遺体を清めることである。
基本的にこの国全土は、聖女アンナリーザの魔物避けの結界により、遺体を放置していてもアンデッドになることはないが、遺体は神殿に持ち込まれて、きちんと清められた上で埋葬される。
神殿は生まれてから死ぬまでを見届ける重要な仕事を担っていたのだ。
本来だったら、アンナリーザがするべき仕事ではなかったのだが、今回持ち込まれた遺体は、彼女が出てくる他なかったのである。
「死霊使いの遺体……?」
「はい、ぜひとも聖女様に清めていただきたいと」
「よりによって、この手の術者がまだこの国にいたとはねえ……」
死霊使いはアンデッドを使役する術者であり、本来アンテナート王国には存在できるはずがない存在である。
なんといっても、結界の関係でアンデッドが発生できないのだから、当然使役もできるはずがない。ほとんどの死霊使いは、結界をどうにか突破してアンデッドを使役できないかと実験したらしいが、諦めて他国へと渡っていったが、まだ残っていたらしい。
それが、彼女の任された遺体である。
アンナリーザは首を傾げながらも、その遺体に聖水をかけながら錫杖で触れた。
何故か呪いの術式が、三つほど施されている。
「……この遺体、いったいどうしたの?」
「なんでも、王都から持ち込まれたようで……フォッラの神殿も困り果てて、ルーチェの聖女様に遺体の処理をしてほしいとのことでした」
「王宮のお膝元でアンデッドの研究って、よくできたものねえ……」
そこまで研究熱心なら、王宮魔術師にでもなればよかったのに。この国だと芽の出ない死霊使いに見切りを付けるか、他国に渡ればよかったのに。
アンナリーザは錫杖で呪いを少しだけ吸い取ると、呪いの内容を読み解いていく。
死んで一定時間経ったら自分自身を起き上がらせる……リビングデッドにする呪い。
死んで一定時間経ったら自分自身の呪いをばら撒く……拡散の呪い。
あとひとつは、起き上がる呪いなのだが、死んでいるのに起き上がるというのはリビングデッドにする呪いとなにが違うのだろうか。
迷惑極まりないと判断したアンナリーザは、その遺体をカタコンベにまで運ぶよう命令して、急いで解呪をはじめることとした。
聖水を撒き、錫杖で読み取った呪いの術式を紐解いていく。
呪文を唱えれば簡単に解呪できると思われるだろうが、拡散する呪いの場合、術式のひとつでも無理に崩したら、その時点で拡散してしまうものが多く、解呪の術式で術式のひとつひとつを剥がすという、ややこしい手法を使わなければならなかった。
「ひとつ、種は埋められた。ひとつ、種は芽吹いた。ひとつ、芽吹いた種は割れ、崩れた……」
少しでも集中が途切れたら、術式が乱れ、呪いが拡散してしまう。アンナリーザは騎士たちに頼んで人除けをした上での解呪だったが、なにかがおかしいと、呪いをひとつ、またひとつと解いていくごとに疑惑が募っていく。
なにがおかしいのか、アンナリーザもわからなかった。
呪い自体は、きちんと術式を引き剥がしたので解けたはずなのだ。だが、なにかがおかしい。
「……さ、すが……聖女様。これくらいの呪いはちゃんと解けるんだなあ」
「……! あなた……」
カタコンベに入り込んでいた死霊使いが、突然しゃべり出した。
アンデッド……一瞬はそう思ったが、違う。
アンナリーザは顔を真っ青にする。
この死霊使いは、最初から死んではいなかったのだ。
先程の呪いも、よくよく考えればおかしかったのだ。全て死んで一定時間経ったら発動するものだったはずだが、この遺体がフォッラからルーチェにまで移送されてからも、発動しなかった。
仮死薬。ときどき死霊使いの中には、自分をアンデッドに見立てて実験を施す存在がいると言う。その際に呪いの術式を埋め込み、自分自身を仮死状態にして発動させるという。
本来ならば、この国はアンデッドが発生しないのだが……例外は存在する。
カタコンベに持ち込まれた遺体の内、清めた上で埋葬が終わっていない遺体が存在している。
そしてカタコンベは地下。地上に張り巡らされた聖女の魔物避けの結界が発動しないのだ。
……誰も、死霊使いが自身を仮死状態にした上で、埋葬するためにカタコンベに運ばれて侵入するなんてこと、罰当たりが過ぎて誰も想像すらしていなかったのだ。
死霊使いは神殿の教義を信仰してはおらず、それらを無視するという発想すら、出てこなかったのだから。
死霊使いはゆらりと動く。
アンナリーザが術式を解呪することこそが、この死霊使いの仮死状態を解く方法だったようだ。
そしてまだ、清められていない布を被せられた遺体を見て、死霊使いは顔を紅潮させる。
「素晴らしい、新鮮な清め終わっていない遺体が……! ああ、ああ、ああ! ここは楽園か!」
「なにをふざけたことを……!」
アンナリーザは錫杖を振りかぶる。
今この死霊使いを止めなかったら、ここで眠りを待つ遺体が弄ばれる。そのまま殴って止めようとするが、それより先に、死霊使いは白衣を捲り上げる。
皮膚に刻まれているのは、先程アンナリーザが仮死状態の死霊使いから剥ぎ取った術式が、直接刻み込まれている。
「あなた、なんてことを……!!」
「さあ、さあさあ、共に増えて栄えよう! ここを不死者の王国としよう!」
「なにを勝手なことを……!」
アンナリーザが殴るより早く、死霊使いは自身の服に隠し持っていたナイフを自分の首に突き立てる。
そしてその血を撒き散らしたのだ。アンナリーザは顔を青褪めさせる。
その死霊使いの呪いが、発動したのだ。
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もしもあのとき、他の神官が傍にいたらよかったのか。
もしもあのとき、護衛の騎士が傍にいたらよかったのか。
慢心していたのか。それとも考えが及ばなかったのが悪かったのか。
死霊使いの呪いが拡散し、カタコンベがリビングデッドまみれになったのは時間の問題であった。
アンナリーザは必死で走り、神官長に助けを求めた。
そのままカタコンベを閉鎖し、時間を稼ごうということになったが、そこでも不幸は続いた。
まだその話が降りてきていない巫女見習いたちが、まだ埋葬が終わっていない遺体にかけた布の交換に、アンナリーザたちが完全閉鎖を指揮する直前に、別の階段から降りてしまったのである。
「い、や……いたいいたいいたいいたい! やめてやめてヤメテヤメゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ」
人の声が、どんどん不可解な音に変わっていくのを、耳にした。
カタコンベから湧き出たリビングデッドが、次から次へと人を噛み、仲間を増やしていく。
本来、リビングデッドは日の光が苦手なはずなのに、それすらも無視して、人だったとは思えない動きで走り、人に噛みつき、増やしていく。
白亜の都は、あっという間に惨劇の舞台へと変わってしまったし、誰もかれもがパニックを起こして逃げ惑う。
神官長も救援を要請するために、王都フォッラに助けを求めたが。
それは国王の鶴のひと声でばっさりと、救いの糸は断ち切られた。
「偉大な聖女様がおられるだろう。聖女様を配する聖都ルーチェならば、なんとかリビングデッドに拮抗できるであろう。しかしそのような恐ろしいリビングデッドが現れたら難儀だな。一般人はリビングデッドに対抗できないのだから」
そう言って、宮廷魔術師たちで救援するどころから、都ひとつを包む結界を張られ、ルーチェにいる人々は全員閉じ込められてしまったのである。
いったい、どれだけ死んだのか。どれだけリビングデッドに替えられたのか。
最初はもうどこもかしこもパニックを起こしてしまい、いち早くルーチェから脱出しようとしたが、閉じ込められてしまうと知ったときは、今度はどこに逃げるかで右往左往する。
本来なら神殿を放棄し、そこを閉じ込めてしまえばよかったのだが。
神殿には信者たちから寄付された食料も聖水もあり、なによりも魔物避けの結界の祭壇が存在している。
ただでさえ最初の時点で大量に人が死んでいるのだから、噛まれて呪いが回ったせいでリビングデッドになるという事象以外は、防がなければいけなかった。
神殿を奪還するのに一週間、更に聖都中にばらばらに散らばってしまった人々を救出避難するまでに、ひと月。途中で聖水が切れたことによるパニックで神殿から脱走する人々を連れ戻すのに時間を有し、つい最近になりようやく犠牲者ゼロの戦術を会得したのであった。
しかし。
平和になったとは程遠い。
リビングデッドを追い出さない限り、魔力は延々と削れる。魔力がなくなったら命を削るしかない。
……これ以上、リビングデッドを増やす訳にはいかないのだ。
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