聖女オブザデッド

石田空

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聖女、軟禁される

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 宮廷魔術師たちは仕事が多い。一番幅を利かせている仕事は、膨大な国内書物の管理だ。
 何分古代書の中には現在魔術では解析不可能な神秘が詰まっているため、それらの解析と共に保管、管理には厳重に気を付けなくてはいけない。
 特に現在の国王はなんでもかんでも「効率」「非効率」とのたまって、隙あらば古代書の処分を決定しようとするので、そのたびに宮廷魔術師たちは、自分たちの記憶を総結集させて、舌戦で負かせて維持し続けていた。これらの中には現代魔術では解呪不可能な呪いが詰まっているため、今処分してなにもなくても、何世代か後の子孫に呪いが発動して国消滅なんてことになってしまっては一大事だ。
 宮廷魔術師のシェンツァも、解呪不可能な呪いのおそろしさを理解しているため、知的好奇心旺盛な性格ながらも、国内書物の管理で手を抜いたことはない。
 作業中は全て手袋で行い、封印の錠前が壊れているものには新しい錠前に付け替え、本が破れかかっているものは新しい皮の表紙で修復を施す。
 これらを何冊も何冊も終え、やっと任された区画の古代書の修復が終わった。

「先輩ー、終わりましたー」
「お疲れ様、うちの班の仕事もこれで終わりだから、片付けを済ませたら帰っていいよ」
「はあい、お疲れ様です」

 先輩たちに挨拶を済ませ、修復道具を全て道具箱にしまい込むと、書物庫を後にした。
 階段を昇り、ようやく地上に戻ると、既に日は暮れかけていた。王宮の中庭を通り、裏口から寄宿舎に帰ろうとしたところで、馬車が走っているのが目に入った。
 王国騎士団のものが、こんなところを走っているのは珍しい。そもそも王国騎士団の馬車に乗れるような資格があるのは、王族か神殿関係者くらいだが。
 窓から一瞬だけ中身が見えたとき、シェンツァは目を瞬かせた。

「え……ええ…………?」

 金髪碧眼の美女というものは、たしかに王都フォッラでも珍しいが。
 彼女が着ているのが神殿装束な上に、錫杖を椅子に立て掛けている。古代魔術の施された錫杖を持つ資格があるのは、聖女だけだ。
 現・聖女アンナリーザは、たしか聖都ルーチェの結界の内側にいたはずなのに。まさか王国騎士団が彼女を確保してきたということなんだろうか。

「なんだろう……まずくないのかな……これ」

 彼女は道具箱を抱き締めながら呟く。もうすぐしたら、夜が来る。
 またリビングデッドが闊歩する時間がやってくるというのに、今聖女が王都にいる。
 シェンツァは胸騒ぎを感じながらも、とにかく寄宿舎に帰ることにした。とりあえずリビングデッドのことについて、もう一度文献で漁ろうと、そう思いながら。

****

 馬車が止まったのを見て、カルミネは口を開ける。
 フォッラの城下町を転々としていても、王宮に着くのは当然ながら初めてである。
 騎士が馬車のドアを開け、アンナリーザは手を引かれて降りる。その気品漂う姿に、自分といたときに見せた母ちゃんのオーラはいったいなんだったのか……とカルミネは思わずにはいられなかった。
 カルミネも怖々と馬車を降りたとき、騎士たちは困惑した顔でカルミネを見た。

「大変申し訳ないのですが、アンナリーザ様。いくらなんでも宮廷に吟遊詩人を入れるのはちょっと……」
「あら、彼にはここを見てもらったほうがよくないかしら? 下手に隠そうとせずとも、ありのままを」

 いや、荷が重い。
 本当は緊張や弱腰で、ヘタレな気質のカルミネは王国騎士の言い分に便乗して、そのまま酒場にでも出向けばよかったのだが。
 いや、重宝もらってさっさとルーチェに帰らないと、まずくないのか、と自然に思っている自分も存在している。
 なによりも、国のお抱えでもない限りは、ただの城下の酒場でしか歌ったことのないような吟遊詩人が宮廷に入れる訳がない。

「ええっと……よろしくお願いします?」
「はい、それでは。王の謁見をお願いします」

 騎士たちは一瞬顔を見合わせた。
 それにカルミネは「あー」と口の中だけでのたまう。彼ら、聖女を連れ帰ってきたのはいいものの、彼女の処遇を決める権限なんてなにも持ってないなと。
 アンナリーザはそのことをわかっているんだろうか。それとも本気でわかっていないのか。でも宮廷の中だったら、重宝のひとつやふたつくらい見つかるのかもしれない。
 それを見つけられることができたらいいなと思いながら、騎士たちの後をついていったのだった。

****

 王国騎士が、聖女アンナリーザを連れて帰還。それを聞いて、宮廷は騒然としていた。
 下働きという下働きが、彼女を通す部屋の準備をはじめ、お抱え楽士がなにかしたほうがいいのかと問い合わせてくる。
 何分、権力を持っている神殿の象徴が来たことで、混乱を招いていたのだ。
 しかし誰もかれもが、思考から無理矢理抜いていることがある。
 彼女がいなくなった聖都ルーチェはどうなるのか。
 誰かひとりでも「聖女様はルーチェにいなくていいのか」と問えばよかったものの、誰もかれもがその件について貝のように口を重く閉ざしたままだった。
 責任を取りたくない。聖都のことは諦めよう。宮廷魔術師が結界を張っているし、リビングデッドが襲撃してくることはないだろう。
 無理矢理他人事にしてしまわなかったら、作業は続けられなかった。
 それらの情報が下から順番に上げられた。現場から上がる情報は、それぞれを仕切る上司に上げられ、更にその上の権限を持つ者に上げられるのだから、なかなか王の耳に入らなかったのであった。

「そうか……聖女アンナリーザが、結界の綻びを突破したと……」
「どうなさいますか? 聖女様の保護ができた以上、ルーチェは……」
「ああ、夜にでもリビングデッドたちが暴れ回り、壊滅するだろう。結界はそのまま維持しておくように、宮廷魔術師の増援を指示するように」
「はっ……ん。なんだ。そんな話聞いてないぞ? 聞かれなかったから言わなかった? そんなの言い訳になるか!」

 魔術師長が部下を叱咤しているのを、国王は横目で眺める。

「どうかしたか?」
「それが……聖女様が男を連れてきたと……」
「あのおぼこが愛人なぞつくる訳ないだろ」
「それが……赤毛の端正な顔付きの男を伴ってやってきたと……下も、その男の対応に困惑したものの、聖女様が友人だから手を出すなの一点張りで」

 魔術師長の言葉に、国王は顔をしかめた。
 一般人を囲うのはどういうつもりなのか。ちっとも言うことを聞かず、綺麗事ばかり並べ立てる顔がいい小娘を思い、国王はイラリとしたものの。
 それを口に出すことはなく、国王は言い放つ。

「とりあえず下働きに聖女アンナリーザと、連れの接待をさせるように。それ以外はさせるな」
「その間に、ルーチェが滅ぶのを待つおつもりで?」
「それでよかろう」

 聖女はなかなか代替品が見つからないから、結界維持のためには生きていてもらわないと困るが、神殿は別だ。なにかと戦争の口実を潰すような偽善組織など、さっさとなくなったほうがいいとさえ思っているが、それを口には出さない。
 適当に「聖女は無事に保護できたものの、聖都は壊滅してしまった」という物語をでっち上げ、お抱え吟遊詩人に歌わせれば、そのまんま流れるだろう。
 人の不幸は蜜の味。平和な場所から見る不幸は、余計にそう見えるのだから、歌を聞いて涙を流したあと、三日後にはもう忘れているのだろうから。
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