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聖女、吟遊詩人と共に結界のほころびを探す
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アンテナート王国は、代々王都フォッラによる王政と、聖都ルーチェによる祈りにより守られた国である。
政治系統は全て王都により回っているが、この国の守りはフォッラの騎士団とルーチェに住まう聖女によるものが大きかった。
国内でも何度も何度も王都と聖都はひとつになるべきだ、国の守りがふたつもあるのは無駄だと騒ぎ立てられていたが、聖都ルーチェは聖地巡礼地として観光で栄え、神殿による信者への施しやお布施が、全て王都に集まるのは具合が悪い。
なによりも代々聖女の人気はすさまじく、彼女たちを政治の象徴に使うというのは、信者たちの反発を招き、国家分裂の危機に瀕する可能性もあった。
そのために聖都と王都の合併はまた今度と、いつもなあなあで終わっていた。
しかしルーチェで唐突なリビングデッドの騒動が起こったことにより、これはチャンスかもしれないと舌なめずりする人々が表れつつあった。
「光あれ、守りあれ、壁は大地に築かれる……」
宮廷魔術師たちが呪文を唱えると、結界が展開される。
魔物はおろか、人が出ることのできない結界は、魔術師ひとりで張ることはできない。宮廷魔術師たちが十人以上、束になってようやく展開できるものだ。
聖都ルーチェ一帯の結界は、彼らにより任されていた。
彼らの魔力は潤沢だ。王都から重宝を借りて、それらで延々と魔力が賄われるのだから。
数人ごとに交代で行われているのだから、体力が完全に削れてしまうこともない。
「第三班交代、これより第四班により結界の補強を」
「はい」
数時間ほど結界を展開していた第三班に、ちょこちょこと真新しいローブの少女がついていく。ついこの間宮廷魔術師として働きはじめたシェンツァだ。
「あのう……前から思っていたんですけど」
先輩におずおずと尋ねると、先輩はこの好奇心旺盛な少女を半眼で見た。
シェンツァは賢くて好奇心が旺盛な分、よく触れてはいけない部分にまで踏み込んでしまうところがある。
「なにかしら?」
「どうして聖都の皆さんに、重宝をお貸ししないんでしょうか? ほら、そうすれば聖女様がリビングデッドを皆浄化してしまえるのでは……?」
「あなた、それ絶対にフォッラに帰ってからも口にしちゃ駄目よ? 首が飛ぶから」
「く、首が飛ぶほどひどいことを考えているんですか?」
そばかすの浮いた頬を紅潮させている彼女は、魔術に対しては知恵が回るが、政治についてはからっきしであった。
先輩は溜息をつく。
「……王都と聖都にはデリケートな問題があるの。それだけ。わかった? 絶対にこれ以上詮索もしちゃ駄目だし、まがり間違ってもルーチェを助けたいと思っては駄目よ?」
その言葉に、シェンツァはなにも答えなかった。
せっかく宮廷魔術師になったというのに、やっていることが
国民を助けることではなく、国民を閉じ込めることなのだから、これをおかしいと思ってなにがおかしくないのだろうか。
シェンツァはリビングデッドはおろか魔物と対峙したことはないし、それは全て聖女の結界によるものだと知ってはいるが。
そこまで考えて、ふと気が付いた。
「……聖女様の結界が張られているのに、どうしてリビングデッドが発生したんですか?」
「知らないわよっ、さすがにそんなこと! ほら口を閉じる!」
先輩にせかされながらも、シェンツァは結界の向こうを見た。
彼女は未だに、白亜の都に足を踏み入れたことはないし、聖都がどんな場所なのかも知らない。結界の向こうにはどんな人々がいるのかも知らない。
国はなにを隠しているのだろうと、ぽつんと疑問に思いながら、今度こそフォッラへと帰ることにした。
****
夜ほど俊敏ではないが、それでも物陰から現れるリビングデッドが襲い掛かってくる。
「お願いだから、そこを、通しなさいっ……!!」
アンナリーザは錫杖を握り込むと、大きく振りかぶってリビングデッドを殴りつける。
光の加護もない、浄化の呪文詠唱もない、殴打して体勢が整っていない内に逃げるしかない。
こうやってアンナリーザとカルミネは、遅々としながらも結界へと向かっていった。
「はあ……はあ……なんか結界に近付けば近付くほど……リビングデッド増えてませんか……?」
カルミネはぜえぜえと息を切らしながら尋ねる。
夜になったらリビングデッドは神殿の周りに出没するが、昼間は逆に神殿から離れているように思える。
アンナリーザは錫杖を構え、リビングデッドがいないことを確認しながら答える。
「おそらく……としか言いようがないけれど、夜に神殿に向かってくるのは、地下を目指しているからでしょうね。昼は働いているから聖都の各地に散らばって、夜は眠りたいから神殿に向かってくる」
「え……地下って……神殿の地下、ですか?」
自分たちが休んでいた場所を思い、カルミネはきょとんとする。
するとアンナリーザはあっさりと言ってのけた。
「あら、神殿の地下には本来、カタコンベがあるでしょうが」
「げっ……カタコンベですか!?」
そういえば、神殿の地下には地下墓地……カタコンベが存在していた。自分たちが眠っていたのは、そんな場所だったのか……でもそれでますます疑問が湧き出る。
「で、でも……俺たち地下で寝てましたけど……あそこ、遺体なんて……」
カルミネは心底聞くんじゃなかったと後悔しながらも言い募ると、アンナリーザはふっと悲し気に目を伏せた。
「……本来あそこで眠っていた人たちは、皆リビングデッドになってしまったんだから、仕方ないでしょう? スケルトンになった人たちは骨を砕いたら浄化できたけれど、リビングデッドはそうじゃないんだから」
その言葉に、ますますカルミネは「聞くんじゃなかった」と後悔したものの、おかしいと思う点がいくつも浮かび上がった。
神殿は国と生者のために祈りを捧げることだけではない、死者がアンデッドにならぬよう、清めてから悼むのも仕事の内だ。きちんと埋葬された死体は、本来ならばリビングデッドにだってスケルトンにだって……アンデッドにだって……ならないはずなのだ。
考えられることは。
死者の埋葬に失敗したか、死者の埋葬の際にトラブルが発生したか。
前者はまずありえない。巫女見習いや神官見習いだけに、失敗したらアンデッドになってしまうような死者の埋葬を行わせるとは考えにくいからだ。いくら神殿がいつも信者や観光客が多くて忙しいとはいえど、本業を疎かにするとは思えない。
だとしたら、問題は後者だが。
これこそが、神殿で働く者たち全員が口を閉ざすような出来事ではないだろうか。
カルミネはそこまで考えていると、アンナリーザが口を開く。
「まあ、いろいろ聞きたいことがあるんでしょうが。私もさすがに自分の一存じゃ話をできないのよね。神殿の皆も困ってしまうだろうし、神官長も取らなくていい責任を取らなきゃいけなくなるかもしれないし」
「え……?」
「せめて結界を突破してから教えてあげるから、今はその疑問は飲み込んでおいて。それにしても、あなたが出てきたところって、たしかこの辺よねえ?」
アンナリーザがきょろきょろと視線をさまよわせるので、カルミネはどうしたものか、と考え込んだ。
神殿の皆も、この目の前の聖女も。おそらくはいい人なんだろう。少なくとも、死者を冒涜するようなことをするとは思えない。
だとしたら、ここで起こったこと。それは王都が結界を張ったことと関係があるんだろうか。
「ええっと、もうちょっと南方だったはずです」
今はその言葉を飲み込んで、結界のほころびを探すことにした。
……国がなにかをなかったことにしようとしているのでは。その疑惑が出てきたが、恐ろし過ぎてアンナリーザの口から真相を聞くまでは考えたくはなかった。
政治系統は全て王都により回っているが、この国の守りはフォッラの騎士団とルーチェに住まう聖女によるものが大きかった。
国内でも何度も何度も王都と聖都はひとつになるべきだ、国の守りがふたつもあるのは無駄だと騒ぎ立てられていたが、聖都ルーチェは聖地巡礼地として観光で栄え、神殿による信者への施しやお布施が、全て王都に集まるのは具合が悪い。
なによりも代々聖女の人気はすさまじく、彼女たちを政治の象徴に使うというのは、信者たちの反発を招き、国家分裂の危機に瀕する可能性もあった。
そのために聖都と王都の合併はまた今度と、いつもなあなあで終わっていた。
しかしルーチェで唐突なリビングデッドの騒動が起こったことにより、これはチャンスかもしれないと舌なめずりする人々が表れつつあった。
「光あれ、守りあれ、壁は大地に築かれる……」
宮廷魔術師たちが呪文を唱えると、結界が展開される。
魔物はおろか、人が出ることのできない結界は、魔術師ひとりで張ることはできない。宮廷魔術師たちが十人以上、束になってようやく展開できるものだ。
聖都ルーチェ一帯の結界は、彼らにより任されていた。
彼らの魔力は潤沢だ。王都から重宝を借りて、それらで延々と魔力が賄われるのだから。
数人ごとに交代で行われているのだから、体力が完全に削れてしまうこともない。
「第三班交代、これより第四班により結界の補強を」
「はい」
数時間ほど結界を展開していた第三班に、ちょこちょこと真新しいローブの少女がついていく。ついこの間宮廷魔術師として働きはじめたシェンツァだ。
「あのう……前から思っていたんですけど」
先輩におずおずと尋ねると、先輩はこの好奇心旺盛な少女を半眼で見た。
シェンツァは賢くて好奇心が旺盛な分、よく触れてはいけない部分にまで踏み込んでしまうところがある。
「なにかしら?」
「どうして聖都の皆さんに、重宝をお貸ししないんでしょうか? ほら、そうすれば聖女様がリビングデッドを皆浄化してしまえるのでは……?」
「あなた、それ絶対にフォッラに帰ってからも口にしちゃ駄目よ? 首が飛ぶから」
「く、首が飛ぶほどひどいことを考えているんですか?」
そばかすの浮いた頬を紅潮させている彼女は、魔術に対しては知恵が回るが、政治についてはからっきしであった。
先輩は溜息をつく。
「……王都と聖都にはデリケートな問題があるの。それだけ。わかった? 絶対にこれ以上詮索もしちゃ駄目だし、まがり間違ってもルーチェを助けたいと思っては駄目よ?」
その言葉に、シェンツァはなにも答えなかった。
せっかく宮廷魔術師になったというのに、やっていることが
国民を助けることではなく、国民を閉じ込めることなのだから、これをおかしいと思ってなにがおかしくないのだろうか。
シェンツァはリビングデッドはおろか魔物と対峙したことはないし、それは全て聖女の結界によるものだと知ってはいるが。
そこまで考えて、ふと気が付いた。
「……聖女様の結界が張られているのに、どうしてリビングデッドが発生したんですか?」
「知らないわよっ、さすがにそんなこと! ほら口を閉じる!」
先輩にせかされながらも、シェンツァは結界の向こうを見た。
彼女は未だに、白亜の都に足を踏み入れたことはないし、聖都がどんな場所なのかも知らない。結界の向こうにはどんな人々がいるのかも知らない。
国はなにを隠しているのだろうと、ぽつんと疑問に思いながら、今度こそフォッラへと帰ることにした。
****
夜ほど俊敏ではないが、それでも物陰から現れるリビングデッドが襲い掛かってくる。
「お願いだから、そこを、通しなさいっ……!!」
アンナリーザは錫杖を握り込むと、大きく振りかぶってリビングデッドを殴りつける。
光の加護もない、浄化の呪文詠唱もない、殴打して体勢が整っていない内に逃げるしかない。
こうやってアンナリーザとカルミネは、遅々としながらも結界へと向かっていった。
「はあ……はあ……なんか結界に近付けば近付くほど……リビングデッド増えてませんか……?」
カルミネはぜえぜえと息を切らしながら尋ねる。
夜になったらリビングデッドは神殿の周りに出没するが、昼間は逆に神殿から離れているように思える。
アンナリーザは錫杖を構え、リビングデッドがいないことを確認しながら答える。
「おそらく……としか言いようがないけれど、夜に神殿に向かってくるのは、地下を目指しているからでしょうね。昼は働いているから聖都の各地に散らばって、夜は眠りたいから神殿に向かってくる」
「え……地下って……神殿の地下、ですか?」
自分たちが休んでいた場所を思い、カルミネはきょとんとする。
するとアンナリーザはあっさりと言ってのけた。
「あら、神殿の地下には本来、カタコンベがあるでしょうが」
「げっ……カタコンベですか!?」
そういえば、神殿の地下には地下墓地……カタコンベが存在していた。自分たちが眠っていたのは、そんな場所だったのか……でもそれでますます疑問が湧き出る。
「で、でも……俺たち地下で寝てましたけど……あそこ、遺体なんて……」
カルミネは心底聞くんじゃなかったと後悔しながらも言い募ると、アンナリーザはふっと悲し気に目を伏せた。
「……本来あそこで眠っていた人たちは、皆リビングデッドになってしまったんだから、仕方ないでしょう? スケルトンになった人たちは骨を砕いたら浄化できたけれど、リビングデッドはそうじゃないんだから」
その言葉に、ますますカルミネは「聞くんじゃなかった」と後悔したものの、おかしいと思う点がいくつも浮かび上がった。
神殿は国と生者のために祈りを捧げることだけではない、死者がアンデッドにならぬよう、清めてから悼むのも仕事の内だ。きちんと埋葬された死体は、本来ならばリビングデッドにだってスケルトンにだって……アンデッドにだって……ならないはずなのだ。
考えられることは。
死者の埋葬に失敗したか、死者の埋葬の際にトラブルが発生したか。
前者はまずありえない。巫女見習いや神官見習いだけに、失敗したらアンデッドになってしまうような死者の埋葬を行わせるとは考えにくいからだ。いくら神殿がいつも信者や観光客が多くて忙しいとはいえど、本業を疎かにするとは思えない。
だとしたら、問題は後者だが。
これこそが、神殿で働く者たち全員が口を閉ざすような出来事ではないだろうか。
カルミネはそこまで考えていると、アンナリーザが口を開く。
「まあ、いろいろ聞きたいことがあるんでしょうが。私もさすがに自分の一存じゃ話をできないのよね。神殿の皆も困ってしまうだろうし、神官長も取らなくていい責任を取らなきゃいけなくなるかもしれないし」
「え……?」
「せめて結界を突破してから教えてあげるから、今はその疑問は飲み込んでおいて。それにしても、あなたが出てきたところって、たしかこの辺よねえ?」
アンナリーザがきょろきょろと視線をさまよわせるので、カルミネはどうしたものか、と考え込んだ。
神殿の皆も、この目の前の聖女も。おそらくはいい人なんだろう。少なくとも、死者を冒涜するようなことをするとは思えない。
だとしたら、ここで起こったこと。それは王都が結界を張ったことと関係があるんだろうか。
「ええっと、もうちょっと南方だったはずです」
今はその言葉を飲み込んで、結界のほころびを探すことにした。
……国がなにかをなかったことにしようとしているのでは。その疑惑が出てきたが、恐ろし過ぎてアンナリーザの口から真相を聞くまでは考えたくはなかった。
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