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そして一旦小休止

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 翌朝、ジル様は収穫祭でブタクサを燃やすべく、各農村に通達を送った。これで枯草熱の影響も減るといいのだけれど。
 私はジル様があちこちに手紙を送ったのを見届けてから、エリザさんからいただいたお茶を一緒に飲んだ。

「今日一日は、なんとかしのげましたが。収穫祭ですね」
「そうですねえ。王都のほうの流行でうちも被害を食らいましたから。なんとか風評被害を感謝の声や野菜おいしいの声で上書きできたらいいんですけど」
「近くの農村を見に行きますか? いつも行っているところですが」
「ああ……」

 思わず笑ってしまった。ジル様と初めて出会ったのも農村だったし、初めて会ったときはこの人が私の旦那様になるとは思ってもみなかった。
 私たちは近場の農村へとゆったりと歩いて行った。行く途中「シルヴィさんも」と手袋と布を渡された。

「シルヴィさんも枯草熱の気がありますし、どれが原因かかわかりませんから、念のために」
「すみません、わざわざ。前にいただいたプラムもおいしかったですし、プラム自体ではなさそうなんですよね」
「それはよかったです。バジルもひどく気にしてましたからね。シルヴィさんが呪いにかかったんじゃないかって」
「バジルさんの食事はおいしいですし、楽しみにしてますよ。ですから本当に気になさらないでくださいと、お伝えください。私も後で言っておきますから」

 ふたりでいつかのときのように、のんびりと歩く。
 本当に牧歌的な空気で、その横で枯草熱が流行っているとは嘘のような、平和な農村地帯だ。
 私たちがふたりで歩いていると。

「ああ、領主様ー、奥様ー!!」

 手を振ってくれたのは、いつかに歓迎してくれた農村で働いている人々だ。本当にクレージュ領の話が通じているらしく、皆手袋を嵌めて布を被って作業をしている。今日は日の光も穏やかだけれど、長時間作業だと大変だ。

「お疲れ様です。もうすぐ収穫祭ですね」
「ええ。今年はなんだか変わった行事もすることになってて、皆でどこで燃やすか言ってたところですよ」

 ここの人たちは、既に枯草熱のことを知っているせいか、呪いのことは怖がってもいない。
 畑ではイモやかぼちゃができている。最近設営された水車のカコカコという音の周りを、子供たちがキャッキャと走り回っていた。

「お祭り、楽しみにしていますね」
「はい!」

 皆が笑顔なのを見てから、私たちは再び歩き出した。

「皆さん元気そうでよかったです。やっぱり枯草熱の原因がわかったから、怖くなくなったんですかね?」
「そうかもしれませんね……呪いだって思われないよう、きちんと処分してしまわなければ。それで風評被害ともやっと戦えるようになりますし」
「ですよねえ。それが一番厳しいです。呪いよりも、多分そっちのほうがしんどいですし」
「でも自分はなんとかなると思っているんですよ。シルヴィさん」

 私の手を、ジル様は軽く握った。

「あなたがここに来てくれて、本当によかった」

 その言葉で、私の中がポカポカと温かくなる。

「私……言われるほどなんにもしてませんけど。ただ、神殿で教わったあれやこれやを皆に言っていただけで、解決のめどを立ててくださったのは学者さんたちですし、そもそもその下地をつくっていたのはジル様であって……」
「シルヴィさん。自分は、あなたが来てくれてよかった。誰かと話をして、それで解決することって、意外と多いですから」
「……ジル様」

 彼の言葉が、ひとつひとつ染み渡っていく。
 私にとって、化石病になってからもう神殿の外に出ることはないだろうと諦めていた。だからせめて、神殿内で楽しく暮らせる方法を探していただけなんだ。知識をたくさん蓄えたのは、あくまでその副産物だ。
 今、こうして還俗して、クレージュ領の夫人の座に治まっているけれど、それでなにかをしたかというと、まだなんにもしていない。
 でも。この人がいたから、私は自分もなにかやらなくちゃと探している。ジル様が頑張っているのを見ていたら、私もなにかしなくちゃと。

「私……誰かに大事にされたってこと、そんなにありません。当たり前だって思われてばっかりでしたから」
「感謝は伝えるべきでは?」
「そうなんですけどぉ……ジル様、好きです」

 そう声に出して伝えた途端、ジル様は顔をボッとさせて火照らせたまま、私を困った顔で見た。

「……勘弁してください。あなたのこと、自分はあなたが思っているよりずっと好きですから」
「へあ?」
「これ以上ここですることでもありませんし、ある程度見て回ってから、帰りましょう」

 そう言いながら、ジル様は私の腰に腕を回した。
 私たちはまだ、夫婦になったばかりで、なにも成していない。日々の生活にあたふたしてばかりで、目の前のことを必死にこなしているだけ。
 でもそのこなした数だけ大切な物が増えていく。
 その大切な物を抱えて、ふたりで笑い合える日々が続くことを願っている。

<了>
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