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第三章 皿科転覆編

西の封印・二

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 老虎精は人型は取っていても、前に戦った黒虎のほうが人の動きをしていたんじゃないかというくらいに、人の動きとは外れていた。
 たとえるなら二足歩行のもぐら。白虎の眷属と言うだけあり、足は速い上に……こちらが攻撃を当てようとした瞬間、砂の中や土の中に入ってしまう。まさかこれだけ攻撃特化に見せかけておいての、防御特化で、こちらは砂の上でもぐら叩きを強制させられてしまっている。
 おまけにこちらが結界を張ろうとしたり、索敵をしようとした瞬間に飛び出してきて、「グルゥゥゥゥゥ!!」と嘶いて蹴り飛ばされてしまう。砂の上でなかったら、蹴り飛ばされた瞬間に骨の一本や二本折れている。よくも悪くも蹴りの力自体はそこまで強くないのが幸いだ。
 この状態に苛立っているのは、すっかりと手持ち無沙汰になってしまっている田村丸だ。砂の中じゃ、折角の腕力も披露できない。

「鈴鹿どうする? これじゃ星詠みたちを集中狙いされるが、俺たちが動いた途端に砂の中に入られる」
「……砂に入れなくすればいいんだよね? 鈴鹿、保昌。悪いけど、少しの間だけ、囮になってくれないかな?」

 ……それって、四神の力を使うってことか。
 私も保昌も顔を見合わせる。正直、四神の力は強力だけれど、長時間使わせたら鈴鹿のほうの体力も大きく削ってしまうとは、大江山で学んだことだ。彼女に負担をかけないようにしよう。
 私たちは大きく頷いてから、保昌が口を開く。

「わかりました……鈴鹿様、くれぐれもお気を付けて」
「うん、わかった。ありがとう」

 私は一応なにもない空を見上げる。本当にわずかにだけれど、真昼の星を探し、それをなぞりながら索敵詠唱をはじめる。

「犬の尾の……」

 詠唱をはじめた途端に、砂がぼこっと出る。老虎精だ。

「グルゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「きゃっ……!」

 私の詠唱は当然終わる前に蹴り飛ばされるけれど、私が吹き飛んだ先に維茂が出てきて、私を受け止めてくれた。私を気遣って見てくる。

「紅葉様、何度も何度も蹴られて……ご無事ですか?」
「ありがとうございます……私は大丈夫ですから……それに、ようやく引きずり出せました」

 私を蹴り飛ばしたあと、すぐにでも砂の中に戻ろうとするけれど、それを鈴鹿は許さなかった。

「我が契約せし黒虎よ、その御身の力、我に貸したまえ……!」
「御意」

 今回は見学だった黒虎も、力を貸すことだけはできるらしく、そのまんま姿を融解させたかと思うと、融解したまま鈴鹿に取り憑く。
 鈴鹿からはすさまじい冷気が出て、砂原の広がった一帯の気温が一気に下がる。
 彼女は砂原全体に、冷気を流し込んだのだ。砂は途端にかちこちに凍り付き、老虎精は逃げ場を失う。

「グルルルルゥゥゥゥッゥゥ……」

 仕方なく、私たちを手当たり次第襲おうとやってきたけれど、地面を凍らせた鈴鹿は、剣を引き抜いた途端に、次の宣言を始める。

「我が契約せし青龍よ、その御身の力、我に貸したまえ……!」
『御意』

 今度は青龍の力を身に宿し、体中に稲妻の力を纏わせる。
 これ……二柱の力を連続で行使って、そんなことしたら体力がどれだけあっても……!?
 そう思ったけれど、既に心得ていた保昌が、老虎精が逃げ切れなくなったと見計らってさっさと詠唱を完成させていた。

「杓に手をかけ、光の恵み。汝安らぎを得よ……小杓の小星!」

 回復詠唱を鈴鹿にかけると、二柱の力を連続行使した鈴鹿の体力も緩やかに回復していく。彼女は稲妻の速さで凍った砂原を蹴り出して、逃げ場を失った老虎精を一気に刃を煌めかせる。

「青龍一閃!!」
「グルァァァァァァァァァァァ……!!」

 元々老虎精は力自体はそこまで強くないから、そのまんま彼女の一閃で血を噴き出した
 今まで、あれだけ苦戦を強いられていたのが嘘のようだ……いや、そうか。本来だったらしなくてもよかったサブシナリオでちまちま戦闘をしていたせいで、その分こちらの練度も上がってしまったんだ。
 そのまま崩れていく老虎精を見てから、鈴鹿は「う……」と膝を突いた。
 そりゃそうだ。こちらはずっともぐら叩きをしていただけだし、なにもやっていない。彼女ひとりで二柱の力を使って戦ったんだから、負荷は全部彼女が請け負う。そんな彼女を「おっと」と抱えて立たせたのは、田村丸だった。

「大丈夫かい? ……一応力を示せたんだ。契約は……」
「……うん。ありがとう……白虎! 試練はこれで突破でいいだろうか!?」
「そうだねえ……なあんか二柱の力を使いこなしたようだしぃ、まあいっか」

 だからなんでこの四神、こんなにマイペースなんだ。
 本家本元ではこんなマイペースなキャラじゃなかったと思うんだけど、リメイク版『黄昏の刻』はこれに合わせて四神の追加攻略対象をネット配信で増やすとか、そんなふざけたこと考えてるんじゃないだろうなあと、うろんげな顔になってしまう。
 マイペースな声のあと、光が集まってきた。
 出てきたのは白い豊かな髪に、法師のように袈裟を着た男性であった。

「うん、巫女。遠路はるばるご苦労様。それにしても……ずいぶんと厄介な者に好かれてしまったようだねえ。こんなに丹念に呪いをかけられているとは、我が巫女もずいぶんと苦労をして」

 ……前にもそんなこと言ってたな。たしか黒虎だったか。
 白虎が視線を向けた先には、いつの間にやら実体を取り戻した黒虎がいた。黒虎は首を振る。

「今、あれを刺激したら巫女が危ない。四神全てと契約した暁でなければ、あれと相対することもままならないだろうさ」
「だろうねえ……あれには、我らの大事な巫女もずいぶんと困らされたから。教えてあげたいけど、それは今じゃないね。はい、この話は終わり。それじゃ、契約しようか」
「……大変申し訳ございません。酒呑童子さんからお伺いしましたが、既に巫女が悪路王なる鬼に命を狙われていることは、我ら守護者も知っております」

 たまりかねて、とうとう頼光がツッコミを入れた。
 そうだそうだ。ここで謎を小出しにするんじゃなくて、いい加減ちゃんと教えてほしい。そもそも鈴鹿は四神と契約が完了した途端に悪路王にさらわれるんだから、そのときに教えてもらっても、肝心の鈴鹿が聞けるかどうかわからないじゃないか。
 白虎は「んー……」と小首を傾げて袈裟を揺らした。

「それもそうだね。じゃあ先に契約をしようか」

 だから、ほんっとうにマイペースだな。
 鈴鹿はかなり毒気が抜かれた様子で鬼ごろしの剣を鞘に納めて差し出すと、白虎はそれを他の四神がしていたのと同じく、額に当てて掲げた。剣の鞘に黒虎と同じく金色の虎が写り込んだ。
 これで、あと残すは南の朱雀のみ、か。
 白虎は黒虎を手招きすると「それじゃ、ちょっと結界を張ろうか」と言い出した。
 そんな、今日はビーフシチューにしよう、みたいなノリで結界を張るのか。そう言いたいところだけれど、黒虎も納得したように手を広げはじめたから、本当にそんなもんらしい。なんだかなあ……。
 星詠みは星を詠んだ上でなぞるように詠唱をしなければいけないけれど、四神にはそんな制約はないみたい。さっさと詠唱も抜きになにかを張ったかと思ったら、さっきまで鼻にしていた潮の香りが、唐突に途絶えてしまった。

「ちょっと鬼に立ち聞きされると思ったらから、一旦この辺り一帯の空間を切り離したよ。それじゃ、話をしようか。まあ聞きたいことがあったら言ってよ」

 白虎にのんびりと言われ、鈴鹿は皆を見回す。
 マイペースが過ぎるこの神に、なにを聞けばいいのか。私たちは一旦、質問をまとめることからはじめないといけなくなった。こんな機会、もう二度とないだろうからと。
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