上 下
55 / 69
第三章 皿科転覆編

西の封印・一

しおりを挟む
 東は草木に覆われ、北は雪が降っていた。
 それで西はどうなっているんだろうと思ったら、大江山を越え、祠へと近付くたびに潮の匂いが纏わり付くようになった。

「巫女、そんなに珍しいものではないよ……海は逃げやしない」
「うん……そうなんだけれど……すごいね」

 鬼無里にずっと引きこもっていた鈴鹿は、当然ながら海なんて知る訳がない。
 いや、本来の紅葉だって知らないはずだし、都の貴族として各地を動き回っていた頼光や日がな旅暮らしの利仁はともかく、他の皆も知らないはずだ。
 前世振りに見た海は、水鳥がついーっと優雅に飛んでいて、これだけ見るとこの世界が危機に瀕しているなんて嘘なんじゃないかと思えるほどに、牧歌的な光景だった。
 波間をときどき魚が跳ね、魚の鱗のきらきらとした背を、鈴鹿は飽きもせずに眺めている。田村丸も「ほう……」と感心したように海を見ていた。

「でかい水溜まりでかい水溜まりとは聞いていたが、まさかあそこまで果てない水溜まりとは思わなんだ」
「そりゃそうだよ。皿科の半分以上は海でできているんだからね。海の上にたゆたう皿が、皿科なのだから」
「そりゃそうなんだが」

 一応この辺りは、私の知っている前世でさんざん習った地理とは違うらしい。
 この世界が皿科と呼ばれているのは、大陸は土でできた皿と見立てられているかららしい。だからこの世界は真っ平らだし、頑張って目を凝らせば世界各地が眺められるんだと。まあスケールが大き過ぎて、いくら目がいいとされている紅葉をもってしても、世界の全てを眺められたことなんてないんだけれど。
 そのせいか、この辺りにいる魑魅魍魎も、海洋生物に取り憑いているから厄介極まりない。魚だったらさっさと鈴鹿が青龍の力を借りて電光石火のスピードと雷で焼いてしまえばおしまいだけれど、亀や蟹など、甲羅が邪魔して刃が通らない敵が増えてきたのだ。
 間接部や甲羅の隙間を縫って攻撃しなければならず、力だけでなく、精密的な動きまで求められるようになり、苦戦ばかりしている。

「これで終わりだ……!!」

 今も甲羅の隙間に大剣を滑り込ませて、田村丸が亀の魑魅魍魎を倒した。
 最後に辺りにお清めの塩を私と保昌が撒いていくけれど、この辺りが海なせいで、潮臭い上に乾けば勝手に塩になる。お清めの意味とは……? と考え込んでしまうけれど、星詠みはお清めできてると言っているのでできていると信じるしかない。できてるよね? ねえ?
 黒虎は試練は手伝ってくれないらしい。
 思えば、四神は知り合い同士だろうし、キャラ被りを避けるためにも出ないって方針なのかもな。酒呑童子も茨木童子も戦闘には参加してくれないし、追加攻略対象はメイン攻略対象たちと攻略手順が違うのかもなと、勝手に納得する。
 砂の上を歩くと足がもたつくし、どうしてもスピードは遅くなってしまうけれど、それでもさくさくと歩いて行くと、だんだんと目的地が見えてくる。

「西の祠ですね……一応作戦を確認しますがよろしいですか?」
「私が黒虎の力を借りて、足元を凍らせている間に皆で一斉攻撃、だね?」
「はい」

 鈴鹿と保昌で作戦の打ち合わせを済ませる。
 白虎の眷属ってなにが出てくるのかがいまいちわからないけれど、これだけ海が続いている場所に存在しているんだから、まさか蛇ではないだろうということで、皆で亀だと思いながら作戦を立てたのだ。
 私と保昌は基本的に皆の補助に回るけれど……これで大丈夫かな。
 ふいに私のほうに「紅葉様」と声をかけられた。維茂、私になんの用だろう。

「どうかなさいましたか、維茂?」
「……一応、まだあと一柱を残していますが、それと契約を済ませれば、旅も終盤です。この戦いが終わったら、一度俺に時間をいただけないでしょうか?」
「え……?」

 私は考え込んだ。
 ……そりゃそうだ。これはどう考えても真相ルートで、真相ルートは戦闘が二連続。朱雀との契約が終わった途端に……悪路王が襲撃してくる。
 そのときは悠長に惚れた腫れたしている暇がないんだから、南の祠に辿り着く前に、恋愛面は決着をつけないと駄目なんだ。
 ……私、本当に守護者として旅に同行するのに精一杯で、維茂とこれといってフラグ立ててないじゃん!! どうすんだ、これどうすんだ。
 私は、紅葉と維茂がくっつくのが見たかったのであって、私が維茂と恋愛するとは思ってなかったから、どうするのが一番正しいのかさっぱりわからない! 鈴鹿のほうも田村丸の呪いの進捗がどうなっているのか不明だから、なんの手も付けてないし!
 私はダラダラと冷や汗を掻いてから、なんとかひと言絞り出した。

「……私でよろしかったら、どうぞ」
「ありがとうございます……鈴鹿が四神の力を使う際、危ないですからどうか俺たちの背後から出ないでください」
「大丈夫ですよ。鈴鹿は四神に愛されていますし、力の制御はできているでしょうから」
「……わかっておりますよ」

 よくわからないけど、とりあえず維茂が満足してくれたみたいでよかった。
 さて、いよいよ西の祠に足を踏み入れる。
 鈴鹿は鬼ごろしの剣を引き抜いて、声高らかに宣言した。

「私は四神の巫女、鈴鹿。西の白虎に契約を申し込みに来た──……!!」

 でも。返事がない。
 あれ、今まで青龍も白虎も返事をくれたよね。どういうことと、見物する気満々の白虎のほうに皆で視線を送ると、「ふむ」と黒虎は腕を組んだ。

「あれは我らの中で最も速度の遅い四神だからな、おそらく聞こえているだろうが、眷属の呼び出しに手間取っていると見受ける」
「……なんて身勝手な」
「なに、一番自由気ままな奴がいるから、白虎はまだ可愛いほうだ」

 黒虎が地味に仲間をdisってる。
 思わず拍子抜けしていたところで、白虎の声がスローモーションとはいえどようやく返ってきた。

「あいわかった。我が巫女……さすがに四神とは手合わせせぬよ? まあ、ゆるりと見物でもしているといい。その力、たしかめようぞ」

 ほんっとうにマイペースだなあ!?
 こんな緩い宣誓の言葉初めて聞いたわ!!
 私の脳内のツッコミはさておいて、砂がもこもこと蠢いた。
 白虎は土の四神。ねえ虎だよね? 本当に虎だよね? そう思っていたところで。ボコッとなにかが出てきた。

「グルルルルルルルル…………」

 一見すると、老人にも見えるけれど、その目つきも喉の鳴らし方も、獰猛な獣そのものだ。たしかに虎の皮をかぶっているけれど、このあたりのどこが白虎の眷属なんだ。
 それを見て、保昌が「ああ……」と顔をしかめた。

「老虎精です。人のように二足歩行していますが、あれは中身は完全に虎ですから気を付けてください」

 うん。どうやって気を付ければいいのか、さっぱりわからない。なによりも年寄りの姿を取っているから本当にやりにくい。
 思わず頭を抱えそうになっている中、田村丸はちらりと鈴鹿を見た。鈴鹿はぎゅっと鬼ごろしの剣を構えている。

「作戦、ちっとも役に立たなかったが、今にはじまったことじゃないか。鈴鹿、行くぞ」
「わかっているよ。でも、玄武とやり合うよりはいいかな!」

 ふたりが一斉に地面を蹴った。
 私はどうしようと考えた末、サポートに回ろうと空を見上げた。
 今は快晴。昼の星すら見えないほどに。ただ、悪いものも見えないから、どうにか白虎との試練もこなせそうだとほっとした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

処理中です...