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第二章 四神契約の旅編

北の封印・三

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 一応前世の記憶を取り戻す前の記憶も、私の中には存在している。
 小さい頃、幼馴染たちと一緒に猪狩りをしていたのだ。
 当時は利仁も頼光もいないから、弓矢は使えない……一応田村丸も維茂も弓矢を使おうと思えば使えるらしいけれど、周りの人間を巻き込むような力で射るから、人間の近くで弓矢を使うなと言われていた。ふたりともなにかと規格外らしい。
 仕方ないから、皆でひとり囮を決め込み、それで追い込んでいた。
 ……まあ、ぶっちゃけるとチュートリアル戦。きちんと囮を決めた上で戦っていたら大したことなかったのに、私がリアルチュートリアル戦だとテンパり過ぎたから、あのグダグダだった訳だけれど。
 閑話休題。そんな訳で私は、保昌に結界を自分の周りに張り巡らせてから、全速力で走ることとなった。手には塩。こんなもの、魑魅魍魎だったらいざ知らず、四神にぶん投げても目潰し以外の効果はない。
 私がそれをぶん投げると、黒虎はすぐに目をつぶって私の腕を掴もうとしてきた。ひいっ。私は彼が目をつぶった瞬間に全速力で逃げるけれど、一瞬でも判断が遅れたら、腕をへし折られていた。紅葉は他の皆ほどにも体力も筋力もない。

「ほう……てっきり君は守護者の中でもっとも非力なのだと思っていたけれど、その君が囮か……」
「た、たしかに私は、皆の中で一番力がありません」

 そりゃそうだ。
 紅葉は元々守護者ですらないけれど、私が無理矢理星詠みの修行を付けた結果、及第点で守護者の座を獲得したんだ。
 田村丸や維茂のように大きな剣も刀も振るえない。
 利仁や頼光のように弓矢を正確に番うこともできない。
 星詠みとしても最弱で、保昌のように結界詠唱も回復詠唱すらも使えない。完全にお荷物だ。でもね。
 私は『黄昏の刻』を愛している。そりゃリメイク版のシナリオ展開にも追加要素にもシステム周りにも思うところがない訳じゃなく、むしろ思うところしかないから毎度毎度「クソプロデューサー!!」とキレている。
 ……全員のことを、私は誰よりも理解している。
 巫女を、守護者を。誰ひとりとして、侮ってはいけないということを、わかっている。

「……私は鈴鹿を、皆を、信じていますから」

 そう言った瞬間、黒虎の金色の目が開いた。私を捕らえようと腕を伸ばしてきた。そのとき。

「天の海に浮かぶ白露、乙女の甘露……真珠星《しんじゅぼし》……!!」

 保昌の詠唱が完成して、こちらに投げてきた。
 真珠星はただ暗い場所に明かりを点すだけの単純な詠唱で、私ですら使えるけれど。でもさっきまで目潰し対策で目をつぶっていた人にとっての目くらましにはなる。
 黒虎は笑う。

「はははっ、また目くらましか! 星詠みは目くらましが好きだな!」
「たしかに星詠みとしてはどうかとは思いますが、僕たち全員で勝てればそれでいいので」

 保昌が微笑むと、一瞬目くらましで足場が悪くなった黒虎の胸に、田村丸の大剣が、維茂の太刀が入る。どちらも鞘は抜いておらず、あくまで鈍器だ。
 幼馴染で決めていた取り組み。
 ひとり、囮。
 ひとり、目くらましや音で対象の意識を混乱させる。
 残り全員で襲いかかれ。
 はっきり言って、全員で殴ればいつかは終わると、猪狩りのセンスは悪いし、力任せにも程があるけれど。これでいける。
 ふたりの怪力を鳩尾に思いっきり受けて、さすがに黒虎も一瞬息を詰める。そしてその息を詰めたところで、間髪入れずに鈴鹿が躍りかかってきた。
 田村丸の折り曲げた膝を台に跳躍し、黒虎に斬りかかったのだ。
 彼女は未だに青龍の加護を受けたまま、彼女の勢いは加速する──……。

「これで、最後だ……!!」

 彼女のきらめかせる太刀を見て、黒虎は獰猛な笑みを浮かべた……って、なに?

「その粋や、よし……!!」

 途端に、彼は気迫を炸裂させた。
 吹雪が一気に拡散したような勢いで、私たちは全員腕を盾にするものの、その気迫で吹き飛ばされた。私も転がっていたところで、維茂に腕を掴まれて壁に激突の難を逃れる。跳躍している鈴鹿は、逃げられない。
 彼女はもろに気迫を受けて一瞬凍り付いたからぎょっとしたものの、青龍の加護が全身を通ったせいか、雷の力があっという間に氷を溶かしてくれた。
 ……あんなもの青龍の加護もなしに受けていたら、死んでいたじゃないと、自然と冷や汗を流す。
 熱血師匠枠にバトルジャンキー枠に追加攻略対象と、いったいどれだけ属性がもりもりしていくんだと思いながら黒虎を睨んでいたら、黒虎は金色の瞳を爛々と輝かせているのがわかる。
 本当に、どれだけ属性過多なんだ、この人は。

「くぅ……!」
「さあ巫女! 我に一撃でも入れてみよ! 守護者の覚悟は見せてもらったが、まだ巫女の覚悟は見せてもらってはおらぬ!」

 そう言ってかまえている白虎。
 多分黒虎は一閃浴びたとしても四神の一柱なんだからピンピンしているだろうけど。鈴鹿はどうするんだろう。そう思ってハラハラと見つめていたら、彼女はぎゅっと鬼ごろしの剣を握りしめた。
 ……覚悟を定めたらしい。
 私の近くで、既に利仁と頼光は観戦モードだ。

「うん、巫女もなかなかいい動きをしているね」
「さっさととどめを刺すがいい。あれは鬱陶しい」

 だから利仁は自分の正体を隠す努力をしてくれ。いや、私は完全攻略しているから知っているけど、皆はよくも悪くもラストまで知らないはずだけれど。
 観戦モードの周りはさておいて、鈴鹿は床を蹴った。

「青龍剣舞!! これが、私の、皆から借りた力だぁぁぁぁぁぁ──……!!」

 鈴鹿の一閃が、見事に黒虎を袈裟切りにした。
 それを見て、黒虎はにやりと笑う。

「見事、なり──……!!」

 ……だから、いくらなんでも攻略対象にしてはキャラが濃過ぎるだろ。
 そう思いながらも、どうにか北の封印の試練は突破できたようだ。
 袈裟切りにされたのだから、いったいどうなるのかとハラハラと眺めていた黒虎だけれど、自身の指で傷口をなぞったら、簡単に塞がってしまった。先程の怪我は試練用ってことでいいのかな。知らんけど。

「それでは巫女よ、我と契約を果たそうぞ」
「うん……」

 鈴鹿は息を切らしながらも、剣を鞘に収めて黒虎に差し出す。黒虎も青龍のときと同じく額に鞘を当てる。鞘には金の龍に続いて、金の虎の紋様が刻まれる。これで二柱と契約が完了したという訳だけれど。

「さて、巫女よ。少しだけ相談をいいだろうか」
「なにかな。私でよければ、だけれど」
「いや、次は西の白虎の元に行くだろうが、いささか困ったことが起こっていてな。都からもなにかと星詠みが押しかけてきて鬱陶しいことになっている」

 これって……。
 私たちは全員顔を見合わせた。
 どう考えても西の白虎の管轄のほうで起こっている問題って、大江山に住まう酒呑童子一味のことだ。
 鈴鹿は凜とした佇まいで、黒虎に尋ねる。

「それは……鬼の動向かな?」
「ああ。なにやら鬼が活発に動いていてな。奴らの眷属やら魑魅魍魎やらに荒らされて困って折る。このままでは地脈を鬼どもに奪われて、皿科にてますます魑魅魍魎が栄えるからなあ。よって、我と共に西の管轄にある鬼の根城を鎮めてはくれぬだろうか?」

 おい。おい。
 追加攻略対象だろうとは思っていたけれど。酒呑童子や茨木童子みたいに、フラグ管理型の攻略対象でありついてこないだろうと踏んでいたけれど。
 まさかの同行型攻略対象かよ!?
 クソプロデューサー、まじで頭出せよ、殴ってやるから。
 いくらなんでも攻略対象のバランスが悪くなりすぎでしょうが!? 神様の一柱で、師匠で、バトルジャンキーで、素手戦闘タイプで誰とも戦闘属性被ってないとかって。
 戦闘バランスでもパーティーに組みやすいし、他のキャラと属性が絶妙に被ってないから新鮮だし、でもあまりにもプレイヤーの声聞き過ぎて気持ち悪いバランスって、どうなってるのか!? こんな盛り過ぎ攻略対象なんかいてたまるかよ!?
 私がひとりで頭を抱えている中、鈴鹿はしばらく考えたように、大事に紋章の刻まれた鬼ごろしの剣を鞘ごと抱き締める。

「……そうだね、和泉のこともあるし、他の誘拐された人たちも心配だ。これ以上疑心暗鬼で人間同士でやり合うのは、終わらせないと。いいよ黒虎。共に戦おう」
「御意」

 黒虎が獰猛に笑うと、私の隣で田村丸が「うう……」と呻き声を出して、そのまま倒れてしまった。
 ああ、あまりにも盛りだくさん過ぎて頭から飛んでた。
 黒虎と契約したんだもの、田村丸にかけられた呪いも緩んだんだ。
 それに気付いた鈴鹿と保昌がすっ飛んできた。黒虎は必死で看病される田村丸をまじまじと眺めて、金色の瞳を細めた。

「なんだ、ずいぶんな呪いがかけられてるじゃないか」

 ……ん? この追加要素、なにか意味があるの?
 私は黒虎に「どういう意味ですか?」と尋ねると、彼は肩を竦めた。

「巫女も不幸よの、えらいもんに好かれておる」

 ん……? 田村丸は、たしか魑魅魍魎の襲撃が原因で、呪いを受けたんだよな。その魑魅魍魎の襲撃は……まさか意図的だったとでも?
 私はそのとき、ようやく最後の攻略対象の可能性に気が付いた。
 ……おい、クソプロデューサー。いくらなんでも性悪にも程があるし、黒虎みたいに属性もりもりもキツ過ぎるが、もうちょっとバランス考えろよ……!?
 あまりにも過ぎる展開に気付いて、私はまたも頭を抱えてしまった。
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