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第一章 鬼無里編

出番を前後させたら人気が上がるとか、そういうことは全然ないですから本当にいい加減にしてください

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 私は星見台に出かけ、しばらくの間星詠みの修行を中断させて欲しいと、保昌に頼みに出かけた。保昌は心底驚いた顔で目を見開いた。

「紅葉さん、ようやく四神契約の旅に耐え切れそうなほどに、詠唱の力が増しましたのに……」
「……父様に言われたんです。都の貴族と見合いをしろと。それが、四神契約の旅を早める条件らしいので。田村丸のことが気になりますし、鈴鹿の落ち込みようも放ってはおけませんから」

 本当なら。自己犠牲なんてよくないし、もし鈴鹿がするって言うんだったら、そのお見合いをぶち壊していたとは思う。でも。
 頭領の娘なんだよね、紅葉は。それに鈴鹿の落ち込みようを見ていたら、お見合いさえしてなんとかなるんだったら、それで構わないと思えてしまうから。
 保昌は考え込むように床を見たあと、おずおずと尋ねてきた。

「それは、維茂さんにはおっしゃったんですか?」
「維茂は私が誰とお見合いしても、結婚しても、なにもおっしゃりませんよ」
「そんなことは、全然ないと思うんですけど……それに、鈴鹿様も絶対に納得しないと思いますよ?」

 そりゃさあ。元々前世の記憶を思い出したときだって、維茂と紅葉の婚約者設定を消された挙げ句に主従関係を強調されて、本当に嫌だったし、だからこそ旅に着いていきたいって思ったけどさ。でもさ。
 だとしたら田村丸の呪いはどうするの。これ以上進行させては絶対にまずいのに。
 私はできる限り顔に力を込めて、笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます、保昌。お見合いが成功するよう、祈っていてくださいね」
「……頭領の命でしたら、星詠みではなにもできないかもしれませんが。ですけど、僕個人としては、納得できません」

 そうきっぱりと言ってくれる保昌に、少なからず胸がジーンと熱くなる。本当に優しい子だな、この子は。
 ……残念だけれど、維茂が動いてくれるかどうかなんて、私には全然わからないもの。

「ありがとうございます、その言葉だけで、私は報われたような気がします」

 都からお見合い相手が来るのは、今から三日後か。さすがに乙女ゲームなんだから、サブキャラの見合い相手もそこまで悪い人ではないだろうけれど、あのクソプロデューサー、鈴鹿以外はアウトオブ眼中だからな、どんな人か全然想像が付かない。
 まだ本編が開始してもいないのに、なんでこうも横槍入れられまくって疲れなきゃいけないんだろう。いい加減怒ってもいいような気がする。
 私は保昌に挨拶してから、帰っていった。

****

 普段はもっと普通の袿だというのに、都の貴族とお見合いだからと、今までになく派手な服を用意された。樺桜《かばざくら》のかさね色は華やかで、背筋もぴんと伸びる。おまけに普段は焚き込めることのない薫物まで焚いているのだから、このお見合いの気合いの入りようはすごい。
 私はこの日まで、まともに維茂と話をすることができなかった。彼は私の護衛だから、多分あちこちにいるとは思うんだけれど。
 彼は私がお見合いしても、やっぱりいいのかな……。
 リメイク版でメスの入れられた関係がやっぱり悔しい。こんなに近くにいるはずなのに、ゲームで見たときよりもよっぽど遠く感じる。切ない。つらい。悲しい。
 私がしょんぼりとしている中、馬の足音が響いてきた。
 よくよく考えれば、こんな山と森を拓いた里に、都の貴族といえども雅に牛車でなんか来る訳がない。馬だろ。私は簾越しに窓の外を見て「……え?」と目を瞬かせた。
 貴族らしく束帯を着て、背中に矢筒に弓矢を背負った人。やや栗色に見える薄い色の髪に甘い端正な顔立ちは、今まで見たどの攻略対象よりもなよやかに見えるけれど、この人が都では相当強い武士《もののふ》として知られていることを私は知っている。
 頼光《よりみつ》。最後の攻略対象の彼が、何故か馬から降りてきているのだ。
 いやいやいやいや……おかしいだろ、クソプロデューサー!?
 維茂をフリーにするために、紅葉との婚約関係は外した癖に、フリーになった紅葉と頼光がお見合いするのはいいのか!?
 それともあれか!? 正規攻略対象の中で、彼だけは都の住民だから、どうしてもシナリオの参加するまでに時間がかかる。見合いという名の都と鬼無里の取引の最中で、鈴鹿に惚れて紅葉と婚約破棄するとか、そういう展開をお望みか!?
 これどっちにしても紅葉は体のいい当て馬か舞台装置だし、現在進行形で弱っている鈴鹿が落ちる奴じゃん! ばっかじゃないの!? ねえ、ばっかじゃないの!?
 私は頭を抱える……落ち着け、本当に落ち着け。
 お見合いをして、四神契約の旅は、その一週間前後と仮定する。
 紅葉と頼光が婚約破棄しても、私としてはOKだしむしろ助かるところだけれど、ここで弱っている鈴鹿が落ちるというのはなしだ。
 だとしたら、形だけの婚約者というほうが都合がいいのか? とそこまで考えて胸がズキンと痛む。
 ……維茂に誤解されたくない。維茂が私のことどうとも思っていなくっても、維茂に勘違いされて、身分差を意識されるのは本当に嫌だよ。
 でも、なんでもかんでも嫌いや嫌いや言っていてもしょうがない。どうにか考えないと。どうにか、どうにか……。
 私が考え込んでいる間に、父様が「紅葉、ほらこちらに」と簾の前に出される。
 ……とりあえず、一対一でお話ししてから考えよう。私は腹を決めて、頼光が来るのを待った。
 頼光はたおやかな顔で父様に挨拶する。

「これはこれは。鬼無里の頭領。お初にお目にかかります。私が都より派遣されました、武家の頼光と申します」
「お初にお目にかかります。今回は我が娘との見合い、誠にありがとうございます」
「四神契約のために、巫女を皿科各地に連れて旅立つには、なにかと心労がありますからなあ。頭領も大変だったでしょうに」
「お心遣いありがとうございます。さあ、紅葉。挨拶を」

 簾越しで見る頼光は、気のせいかすっと落ち着くウッド系の匂いがし、こちらの目が潰れそうなほどに麗しくって戸惑う。
 ……この人とお見合いって。無理無理無理無理。そしてこの人と偽装婚約も無理。だってなんか、こう……。
 今まで乙女ゲームの顔面偏差値高い人に囲まれていても平気だったし、好きな人の維茂の横にいても、全然平気だったのに。なんでこうも頼光といると落ち着かなくなるんだろう。これは……貴族のきらびやかなオーラに、頭領の娘のオーラが押し負けているからとしか思えない。紅葉だって元々顔面偏差値高くっても、中身は私だもの。鬼無里の偉い人って後ろ盾がなかったら普通に押し負けているわ。
 私はしゃべることもできず、ただ口をパクパクさせていた。
 どうしよう、これだとただ、照れて話ができないって美談にまとめられてしまうのに。そんなのずるずると見合い成功からの婚約破棄が待っているじゃない-、それは嫌ー、それは嫌ー。
 私がぐるぐるとうな垂れている中。

「頭領」

 聞き慣れた、妙に懐かしい声が廊下から響いた。
 傅いているのは、維茂だった。維茂は膝をついたまま、顔を伏せて言う。父様は彼に振り返った。

「こら維茂。今は紅葉の見合いの場で……」
「紅葉様が脅えてらっしゃいます。本来、今回の見合いは失敗でも、都からの使者を召喚できればそれでよかった話では? これで、四神契約の旅を開始できますので」

 維茂は淡々とした口調で言う。
 私は、目を瞬かせて、維茂を見た。相変わらず彼の表情はどうなっているのかわからない
。父様は「だが……」と言う。

「……娘を四神契約の旅に出せというのか?」
「俺は何度も言いましたでしょう? 紅葉様は充分に星詠みとしての修行が身に付いております。これくらいならば、俺も彼女を守り通せるでしょう」
「おやおや、君は頭領の姫君と私の見合いを反対かな?」

 今まで政治的な話しかしていなかった頼光は、にこやかな顔で口を挟んできた。
 維茂は押し黙る。下を向いているから、彼がどんな顔をしているのかわからない。私はおろおろして周りを見回してから、おずおずと維茂に尋ねた。

「私、お見合いをしなくってもよろしいってことでしょうか?」
「そうだね。そういう形でなかったら、私も都を説得できなかったところだから。初めまして、君も守護者に選ばれた星詠みさんだったかな?」

 相変わらずの歯の浮くような口調に目を回しそうになりながらも、ひとまずは助かったらしいことに安堵した。
 ……これは、維茂が助けてくれたんだよね? そうだよね? 彼の顔は相変わらず読めないままだったけれど。
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