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第一章 鬼無里編
消去されたはずの設定を拾ってきて辻褄合わせしようとするのは、大変に悪い文明だと思います
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残り数ヶ月で、四神契約の旅へと向かう。
頭領の父様のところに、都から手紙が届いたから、間違いないんだろう。
相変わらず田村丸は鈴鹿に関する記憶を取り戻せないでいるけれど、今のところは保昌が呪いをこれ以上進行させない札をつくって貼っているから、進行は抑えられているし、宮司さんや私たちが忘れられることはない。
……いよいよだ。正直、リメイク版の本編が開始するまでに、クソプロデューサーにどれだけツッコミを入れたかわからない。
そもそも正規攻略対象の設定を大幅改変なんてあくどいことするのは、これが本当に乙女ゲームのプロデューサーのすることなのかよって思ったし、時間進行もグダグダ、追加要素も無茶苦茶、おまけに戦闘レベルも無茶苦茶って、このリメイク版、本当に売れたのかどうか怪しい……というより、これだけクソゲー要素が盛られたのに、発売されたんだよねとすら思う。
……まあ、私の愚痴はさておいて、ここから先は私のプレイ記録すら当てにならない展開がはじまるんだから、気合いを入れないと。
そこで私は、日頃の星詠みとしての鍛錬や、神社に鈴鹿と田村丸のお見舞いに行っていて、すっかりと忘れていた。
……私がリメイク版の設定で一番キレている部分が、現在進行形で効いてきているということを。
****
気付けば春だし、少々肌寒いけれど、山桜は思っているよりも綺麗で、庭から惚れ惚れと眺めていた。
今日も保昌に星詠みの鍛錬に付き合ってもらおうとしていたところで。
「紅葉、部屋にいるか?」
「父様? はい、いますけれど」
鬼無里の里の頭領は、ずいぶんと忙しいらしく、紅葉すらなかなか面と向かって会うことはできない。
一応鬼無里の里は、巫女を有している訳だから、都や各方面と手紙でやり取りをして調整をしなきゃいけないらしい。まあ、巫女と守護者が魑魅魍魎討伐しながら四神と契約をしないといけないのだから、それ以外のストレスを全部フリーにするためには、裏方がものすごく頑張らないと駄目なんだろう。
それはさておいて、父様がわざわざ私の部屋に来るのは珍しい。なんか用事なんてあったかな。考えてみたけれど、春になってから魑魅魍魎の数が少し減って、これなら鈴鹿たちが旅立っても、里に残っている星詠みたちで始末できるくらいにまで落ち着いている。旅に出ても問題ないと思うんだけれど。
父様は「失礼する」と言いながら帳をどけて入ってきた。
精悍な顔つきは、この辺り一帯を治めるために培った厳格な性格から来るものだろう。
「それで父様。いったいなんの用でしょうか?」
「うむ。巫女たちがもうすぐ四神契約の旅に出るから、それまでに間に合わせなければならないと思ってな」
「鈴鹿たちが……なんでしょうか?」
「お前の見合いの話だ」
…………。
はあ…………!?
ちょっと待て。たしか紅葉は本家本元では普通に維茂と婚約関係にあったけれど……少なくとも、私が知っている限りリメイク版のここでは紅葉に浮いた話なんてなにひとつなかったし、それをいきなり? なんで?
クソプロデューサー……まさかと思うが「維茂と紅葉は婚約してないけれど、ファンの皆様に朗報。既に紅葉は婚約者がいるので、どうあっても維茂と結ばれるルートは存在しません」とかいう理由で紅葉に新しい婚約者を宛がったんじゃなかろうな!?
鈴鹿だけでなくって紅葉まで苦しめたいのかクソプロデューサー! それなら「昨今は恋愛ネタだけが全てではありませんので、紅葉からは浮いた話は一切除外しました」のほうがまだ話がわかるわ。なんでわざわざしたし? したし? しかも本編はじまってもいないところで、知らない間に話を進めて終わらせるんじゃない!
私がまたもキレそうになりながらも、必死で堪えて、私は頬をピクピク引きつらせながら言った。
「父様……そもそも鈴鹿たちが出発する前に、私が婚約するとか、それは意味がよくわからないのですが……」
「いや、お前は巫女とは懇意だからな。その巫女がお前の結婚式に出られないのはお前も寂しいだろう」
「結婚!? 見合いが終わってもいませんのに結婚ってなにを考えてるんですか!?」
そもそも乙女ゲームで、開幕結婚の話なんかねえよ。なんのフラグもなく、なんの伏線もなく開示された話に、どうやって盛り上がればいいんだよ。普通に拒否するでしょ。
そして父様も、そもそもどうしてこんなことを言い出したのか。
父様はこちらの悲鳴にも動じることなく、話を淡々と続けた。
「いや、鈴鹿の守護者に不備が生じたのだろう? しかも不備が生じた分、早めに旅立たないとまずいと、何度も星見台から嘆願が届いてな」
多分これは保昌だけでなく、他の星詠み一同全員の見解だろうなあ。しかも田村丸は四神契約の旅に同行しなかったら呪いは解けないけれど、守護対象のことを一切覚えていないって不具合が付きまとっているんだから、四神契約がこの国の命運を左右するんだから困るんだろうなあ。
「それは私も田村丸のお見舞いに通っていますから重々承知ですけれど。それと私の結婚は……」
「まさか守護者が記憶を失って巫女を守り切れるかなんてわからないが、星見台からの嘆願も捨て置けないから、都のほうにも旅を早められないかと問い合わせたら、条件が紅葉とのお見合いとなった訳だ」
「それですか……」
なんだこれ。田村丸の呪いのことを考えたら、旅の開始を早めるのはわかるけれど、なんで都の人とお見合いすることになってしまったんだ。
「あちらも巫女を有する土地との関係を強固にしたいが、貴族はほとんどの場合は身分のある者との婚姻を結びたがるから、滅多に起こらない世界の危機のために婚姻をひとつ消すことはできないらしい。そんな中、たまたま空いている独身がいたから、なら都に紅葉を連れ帰ろうということになったんだと」
「ま、待ってください。理屈や理論はわかるんですが、それは……」
「……私も本当なら、紅葉はこの地で平和に暮らしたほうがいいし、都のような血生臭い場所に送りたくはない。だが。我々は都の支援なしで、巫女を四神契約の旅の支援を続けられない」
なんでぇぇぇぇぇぇぇ……と、もし記憶を取り戻したばかりの私だったら叫んで、神社に逃げ出して籠城を決め込んでもおかしくなかったけれど。
私はまだ、ここで紅葉として生活して、一年も経っていないけれど、ここでの生活に慣れてしまい、ここでの人間関係を知ってしまった。
田村丸に知らない人扱いされて、寂しそうにしている鈴鹿を知っている。維茂は紅葉にあくまで主従関係であり、なんの気もないことを思い知っている。だからこそ、一緒に旅に出て、振り向いてほしかった。時間が欲しかったけれど。
時間がないのは田村丸のほうだって同じだ。
『黄昏の刻』をいったい何回プレイしたと思っているの。メディアミックスにどれだけ浸ったと思っているの。
今の私は恋愛的には田村丸を好きじゃないけど、幼馴染として、友達として、心配じゃない訳ないじゃない。
そして、大事な友達が悲しんでいるのを、ずっと見てきたじゃない。
助けられるかもしれない友達と、叶うかどうかわからない恋と天秤にかけたら、どちらに傾くのかなんてわかりきっている。
「……お見合いはいつですか?」
「紅葉。本当にいいのか?」
「そもそも父様でしょう? 私にお見合いを勧めたのは。私はこれ以上、鈴鹿が悲しむところを見たくはありません」
維茂……。彼に祝福されたら、私は折角の紅葉の素材を、一番不細工にしてしまう自信がある。
頭領の父様のところに、都から手紙が届いたから、間違いないんだろう。
相変わらず田村丸は鈴鹿に関する記憶を取り戻せないでいるけれど、今のところは保昌が呪いをこれ以上進行させない札をつくって貼っているから、進行は抑えられているし、宮司さんや私たちが忘れられることはない。
……いよいよだ。正直、リメイク版の本編が開始するまでに、クソプロデューサーにどれだけツッコミを入れたかわからない。
そもそも正規攻略対象の設定を大幅改変なんてあくどいことするのは、これが本当に乙女ゲームのプロデューサーのすることなのかよって思ったし、時間進行もグダグダ、追加要素も無茶苦茶、おまけに戦闘レベルも無茶苦茶って、このリメイク版、本当に売れたのかどうか怪しい……というより、これだけクソゲー要素が盛られたのに、発売されたんだよねとすら思う。
……まあ、私の愚痴はさておいて、ここから先は私のプレイ記録すら当てにならない展開がはじまるんだから、気合いを入れないと。
そこで私は、日頃の星詠みとしての鍛錬や、神社に鈴鹿と田村丸のお見舞いに行っていて、すっかりと忘れていた。
……私がリメイク版の設定で一番キレている部分が、現在進行形で効いてきているということを。
****
気付けば春だし、少々肌寒いけれど、山桜は思っているよりも綺麗で、庭から惚れ惚れと眺めていた。
今日も保昌に星詠みの鍛錬に付き合ってもらおうとしていたところで。
「紅葉、部屋にいるか?」
「父様? はい、いますけれど」
鬼無里の里の頭領は、ずいぶんと忙しいらしく、紅葉すらなかなか面と向かって会うことはできない。
一応鬼無里の里は、巫女を有している訳だから、都や各方面と手紙でやり取りをして調整をしなきゃいけないらしい。まあ、巫女と守護者が魑魅魍魎討伐しながら四神と契約をしないといけないのだから、それ以外のストレスを全部フリーにするためには、裏方がものすごく頑張らないと駄目なんだろう。
それはさておいて、父様がわざわざ私の部屋に来るのは珍しい。なんか用事なんてあったかな。考えてみたけれど、春になってから魑魅魍魎の数が少し減って、これなら鈴鹿たちが旅立っても、里に残っている星詠みたちで始末できるくらいにまで落ち着いている。旅に出ても問題ないと思うんだけれど。
父様は「失礼する」と言いながら帳をどけて入ってきた。
精悍な顔つきは、この辺り一帯を治めるために培った厳格な性格から来るものだろう。
「それで父様。いったいなんの用でしょうか?」
「うむ。巫女たちがもうすぐ四神契約の旅に出るから、それまでに間に合わせなければならないと思ってな」
「鈴鹿たちが……なんでしょうか?」
「お前の見合いの話だ」
…………。
はあ…………!?
ちょっと待て。たしか紅葉は本家本元では普通に維茂と婚約関係にあったけれど……少なくとも、私が知っている限りリメイク版のここでは紅葉に浮いた話なんてなにひとつなかったし、それをいきなり? なんで?
クソプロデューサー……まさかと思うが「維茂と紅葉は婚約してないけれど、ファンの皆様に朗報。既に紅葉は婚約者がいるので、どうあっても維茂と結ばれるルートは存在しません」とかいう理由で紅葉に新しい婚約者を宛がったんじゃなかろうな!?
鈴鹿だけでなくって紅葉まで苦しめたいのかクソプロデューサー! それなら「昨今は恋愛ネタだけが全てではありませんので、紅葉からは浮いた話は一切除外しました」のほうがまだ話がわかるわ。なんでわざわざしたし? したし? しかも本編はじまってもいないところで、知らない間に話を進めて終わらせるんじゃない!
私がまたもキレそうになりながらも、必死で堪えて、私は頬をピクピク引きつらせながら言った。
「父様……そもそも鈴鹿たちが出発する前に、私が婚約するとか、それは意味がよくわからないのですが……」
「いや、お前は巫女とは懇意だからな。その巫女がお前の結婚式に出られないのはお前も寂しいだろう」
「結婚!? 見合いが終わってもいませんのに結婚ってなにを考えてるんですか!?」
そもそも乙女ゲームで、開幕結婚の話なんかねえよ。なんのフラグもなく、なんの伏線もなく開示された話に、どうやって盛り上がればいいんだよ。普通に拒否するでしょ。
そして父様も、そもそもどうしてこんなことを言い出したのか。
父様はこちらの悲鳴にも動じることなく、話を淡々と続けた。
「いや、鈴鹿の守護者に不備が生じたのだろう? しかも不備が生じた分、早めに旅立たないとまずいと、何度も星見台から嘆願が届いてな」
多分これは保昌だけでなく、他の星詠み一同全員の見解だろうなあ。しかも田村丸は四神契約の旅に同行しなかったら呪いは解けないけれど、守護対象のことを一切覚えていないって不具合が付きまとっているんだから、四神契約がこの国の命運を左右するんだから困るんだろうなあ。
「それは私も田村丸のお見舞いに通っていますから重々承知ですけれど。それと私の結婚は……」
「まさか守護者が記憶を失って巫女を守り切れるかなんてわからないが、星見台からの嘆願も捨て置けないから、都のほうにも旅を早められないかと問い合わせたら、条件が紅葉とのお見合いとなった訳だ」
「それですか……」
なんだこれ。田村丸の呪いのことを考えたら、旅の開始を早めるのはわかるけれど、なんで都の人とお見合いすることになってしまったんだ。
「あちらも巫女を有する土地との関係を強固にしたいが、貴族はほとんどの場合は身分のある者との婚姻を結びたがるから、滅多に起こらない世界の危機のために婚姻をひとつ消すことはできないらしい。そんな中、たまたま空いている独身がいたから、なら都に紅葉を連れ帰ろうということになったんだと」
「ま、待ってください。理屈や理論はわかるんですが、それは……」
「……私も本当なら、紅葉はこの地で平和に暮らしたほうがいいし、都のような血生臭い場所に送りたくはない。だが。我々は都の支援なしで、巫女を四神契約の旅の支援を続けられない」
なんでぇぇぇぇぇぇぇ……と、もし記憶を取り戻したばかりの私だったら叫んで、神社に逃げ出して籠城を決め込んでもおかしくなかったけれど。
私はまだ、ここで紅葉として生活して、一年も経っていないけれど、ここでの生活に慣れてしまい、ここでの人間関係を知ってしまった。
田村丸に知らない人扱いされて、寂しそうにしている鈴鹿を知っている。維茂は紅葉にあくまで主従関係であり、なんの気もないことを思い知っている。だからこそ、一緒に旅に出て、振り向いてほしかった。時間が欲しかったけれど。
時間がないのは田村丸のほうだって同じだ。
『黄昏の刻』をいったい何回プレイしたと思っているの。メディアミックスにどれだけ浸ったと思っているの。
今の私は恋愛的には田村丸を好きじゃないけど、幼馴染として、友達として、心配じゃない訳ないじゃない。
そして、大事な友達が悲しんでいるのを、ずっと見てきたじゃない。
助けられるかもしれない友達と、叶うかどうかわからない恋と天秤にかけたら、どちらに傾くのかなんてわかりきっている。
「……お見合いはいつですか?」
「紅葉。本当にいいのか?」
「そもそも父様でしょう? 私にお見合いを勧めたのは。私はこれ以上、鈴鹿が悲しむところを見たくはありません」
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