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ご乗車の際にはお忘れ物がないようお願いします─失った夢をもう一度─
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マンガを読むのが好きだった。
テレビでやっていたアニメを見るのは面白かったし、皆でテレビにゲーム機を繋いでゲームをするのももちろん面白かった。でも一番面白かったのは、散髪屋や歯医者に置いてある週刊誌に描かれているマンガだった。
格好いいヒーローが格好いいことを言いながら、格好よく事件を解決していく。
夢中になった俺は、自分でもそんなヒーローの活躍が描きたくなって、休み時間になると夢中で鉛筆を走らせていた。
「ああ、すげえ、ヒーロー! でもこれって雑誌に載ってたっけ?」
そう言ってくれたのがあいつだった。
俺が自由帳を広げていると、大概は「格好いい!」や「絵が上手い!」で終わってしまうのに、その疑問を投げつけてくれたのはあいつだった。
俺はその疑問に胸を張って答える。
「これは俺が考えたヒーローなんだ! 腕が飛んでロケットパンチ! 腕が上下に分裂して、たくさん敵にダメージが入る!」
「おお! ここが割れるんだ!」
俺のオリジナルヒーローに感心して、いつしかふたりでマンガを描くようになった。
最初は俺たちが自由帳を広げていたら「絵が上手い!」「すっげえ、俺も!」と、次から次へとクラスメイトたちがやってきて一緒に絵を描くけれど、世の中面白いものっていっぱいある。
中学を上がる頃には、皆スマホを持つのが当たり前になり、スマホでソシャゲをするのに夢中になって、絵を描くのをさっさと止めてしまった。中には部活で汗を掻いたり、女子を好きになって女子好みの人間になる努力をはじめている。皆、追いかける青春が違うんだ。
そんな中、あいつだけは相変わらず一緒にマンガを描いていた。
マンガを描くのに耐えうるスペックのパソコンにソフトとペンタブを繋いでマンガを描く。それをするには中学生だと高過ぎてできず、画材屋で共同で画材を買って、コンビニでデータをつくってパソコンに持ち込んだほうが、まだマンガが描けた。
でも。俺はちっとも絵が上手くならなかった。
どれだけ格好いいシーンを思い描いて描いても、ギャグマンガのように勢いだけあってちぐはぐだ。ギャグマンガが描けたらよかったのに、俺の話は格好いいアクションマンガばっかりで、面白いギャグもシュールギャグも思いつかなかった。
一方、あいつは絵がものすごく上手かった。格好いいヒーローはもちろんのこと、可愛い女の子、面白いマスコット、ちょっと色っぽいお姉さん、ムキムキな愛嬌のあるおやっさん。本当になんでも描けた。
でも、びっくりするくらいに、話が面白くなかった。
「どうかな?」
コンビニでデータを取り込みに行く前に、描き終えたばかりのマンガを見せてもらった。
絵は格好いいけれど、話が全体的に面白くなかった。なんでそんなに面白くないんだろう。俺は眉間を揉みながら「ええっと……」と言葉を詰まらせる。
「……ごめん、お前いっつも絵は格好いいのに、話がなんで面白くないんだろう」
「ええ?」
あいつが心底悲しそうな顔をするのに、胸がズキズキした。わかるよ。俺だってマンガずっと描いてるんだから、そんなこと言われたら傷付かない訳ないってわかるよ。でもこのマンガを世に問いたいってネットに上げたら、絵は上手くてもスルーされると思う。
「全体的に、とってつけたような感じがする」
「絵は上手くていきいきしているのに、画力に説得力が追いついてない」
「とってつけたようなシーンが続いている。そのシーンが描きたいってのはわかるんだけれど、そのシーンのための前提がないから、とってつけたようなシーンになってる」
「キャラは格好いいし可愛いのに、キャラをシャッフルしたらもうわからないようなセリフ回しばかりしている」
もうちょっとソフトに言えないだろうか。せめていいところを上げないと。
そう思っても、出てくる言葉出てくる言葉が、悪口だと言われてもしょうがないようなものばかりが漏れてくる。
あいつはだんだん表情が曇ってきた。あ、まずい。俺は必死に訴えた。
「た、ただ! 画力があるからこそ、描きたいことはわかるんだ! だから、マンガだけでなくって、映画とかドラマとかもっと見て、構成力? そういうのを身につけたほうがいいと思う! アクションファンタジーって、画力がないと本当になにがなんだかだから!」
「……映画やドラマかあ……どんなの見ればいいだろう?」
機嫌が直ってくれたのに、俺は心底ほっとした。
こうしてふたりでレンタルショップ巡りをして、あれこれ漁るようになった。
海外ドラマは人気が出ないと打ち切りになってしまうから、しのぎを削って面白いものをつくっているし、打ち切り作品の中には日本だとそんな発想出てこないというものまである。なによりも日本よりもファンタジーものやSFものもたくさんあるから、それらを借りてきて、ふたりでメモを取りながら見はじめた。
邦画も洋画もたくさん見る。中にはどうしてこんな映画を撮ったんだろうというくらいにがっかりした出来のものもあり、それをぼろくそに言い合うこともあったけれど、面白いものは、ふたりで語彙の限りを尽くして褒めちぎっていた。
マンガの勉強のために見はじめたのに、いつしかふたりで週末になったらレンタルショップの映画を見ようという習慣が身についていた。
それだけたくさん見たせいだろうか。俺自身もだんだんと、描きたいものがぽつんぽつんと出てきて、見たドラマや映画の感想やメモと一緒に、描きたいネタのメモまで増えていった。
頭に引っかかっているアクション映画や、ファンタジー映画。それらから面白そうな部分を引っこ抜いていって、日本風にアレンジしていく。一緒に読んでいたマンガや邦画の内容や登場人物、世界観。それらをひとつひとつ引っこ抜いて混ぜて分解して、捏ねくり回していく。
だんだん、頭の中に世界が拓けていくような気がした。
「……あ」
気付いた俺は、大学ノートを広げて、夢中で企画書を書き、ネームを殴り書きしていた。丁寧に書いていたら、頭のイメージが抜け落ちてしまう。書かないと。書かないと。筆圧に耐えきれないで、鉛筆が何本も何本もボキボキと折れた。その中で、だんだんと話がまとまっていく。
「できたぁぁぁぁぁ…………!!」
俺の叫び声で、おかんが部屋のドアを叩いた。
「うるさい!」
「ごめん! ちょっと行ってくる!」
スマホで連絡した。
【すげえ話ができた。見てくれ】
****
コンビニのフードコート。そこで俺の殴り書きした大学ノートをあいつが捲っていた。
筆圧ででこぼこになってしまったノート。下敷きがなかったんだ。それを黙って読むあいつは、だんだん鼻息が荒くなっていた。
「なんだこれ、むっちゃ面白い……!」
「やったぁぁぁぁぁぁ! だよな!? 面白いよな!?」
「でもキャラデザが全体的に合ってなくないか?」
「うーん……だよなあ……」
俺はお世辞にも絵が上手くない。書いた話はダーティーアクションものなのに、キャラデザで添えられた絵は、ギャグマンガに登場人物と言われたら信じてしまいそうなキャラばかりだからだ。
「今からでも、絵の練習をしたら書けるんじゃないか? 頑張って描けよ」
「……うん、そうだな」
帰りに本屋の隅っこに追いやられているデッサンの本を数冊買った。中学生には高過ぎる出費だったけれど、背に腹は替えられなかった。ノートに一生懸命デッサンの絵を描き、その傍らでペンの使い方の練習をする。
マンガを描くのは、肩の力が物を言う。一生懸命線を引く練習をする一方、どうにか絵の練習をしようと、好きなマンガの模写をしたり、自分で書きたいキャラの絵を何度も何度も書いた。
だんだん手が痛くなってくるし、腕も痛くなってくる。おまけに爪の間にまでインクが入って汚らしい。でも。
マンガを諦めたくなかった。
俺が一生懸命マンガを描く練習をしている中、あいつは一生懸命なにかを描いていたけれど、それを俺は知らなかった。
今思っても「なに描いてるの?」「どんな話を描いてるの?」と聞けばよかったんだ。
その日、俺はコンビニで週刊誌を買ったとき、つい最近開催された賞の結果が載っていた。
「……え?」
見覚えのある絵で、見覚えのあるタイトルを付けられたマンガが、そのときの一番上の賞を獲得していたのだ。
【新人とは思えないほどの高レベルな絵と話で、次回作が早くも待ち遠しいです!】
【この巧みなストーリーラインを圧倒的な画力でねじ伏せるのが中学生っていうのは末恐ろしいですね。ぜひともこの作品を連載してほしいです】
週刊誌で連載張っているマンガ家さんたちから、あり得ないほどに褒めちぎられているのは、どう見てもあいつだった。
俺はスマホで電話した。
『現在、電話に出ることはできません──』
電子音で、思わずスマホを投げ捨てそうになるのを堪えた。
なんでだよ。お前は才能あるんだから、自分で頑張って話を考えたら、絶対にデビューできたよ。俺の話を盗らなくっても絶対にデビューできていたのに、どうして俺の話を盗るんだよ、返せよ。なんでそんな馬鹿みたいなことをするんだよ……!!
頭がぐしゃんぐしゃんになって、その日はどうやって帰ったのか、全く思い出せなかった。
「すごい! デビューおめでとう!」
「賞金もう振り込まれた? 振り込まれた?」
「あのマンガ家さんにべた褒めだったんでしょう? あのマンガ家さんに会ってどうだった?」
「東京のご飯ってどうなの? おいしいの?」
あいつとどうして連絡が取れなかったのかというと、授賞式に行っていたからだった。
なんでだよ。どうしてだよ。俺はなんと声をかけたらいいのかわからなかった。
周りはそんな俺を腫れ物に触るように扱っていた。
「一緒にマンガ描いてた子が先にデビューしちゃったしね……」
「絵のできは全然違ったから、ね……」
「それ言ってやるなよ……ギャグマンガだったら絶対一発でデビューできたって」
うるさい。
うるさいうるさいうるさい。うるさい。
俺たちのことなんにも知らねえ癖して、好き勝手言うなよ。
なにも言えずに唇を噛んでいたら、あいつが来た。
「あのさ、俺。デビューできたよ? お前の話、面白かったって。絵よりも、話のほうばっかり振られた」
あいつは複雑そうな顔をして、そう言っていた。
……盗った癖に、そんな顔してんじゃねえよ。もっと胸張れよ。自分が描いたって言えばいいじゃねえか。
高校に入ってから、俺はばったりとマンガを描けなくなってしまった。あいつは高校は通信制の学校にして、東京に行って連載を持ちはじめた。
俺がやさぐれてバイクの免許を取って走り回っている間も、あいつはマンガを描き続けていた。
……どうしてこうなったんだろう。もっと暴れたり怒ったりすればよかったのかよ。
ふたりでドラマや映画を見て、その感想を言い合った。
買ってきた炭酸やウーロン茶、ポテトチップスを食べながら、それらの感想を言い合う。
あの日をなかったことにされるのだけはごめんだった。
テレビでやっていたアニメを見るのは面白かったし、皆でテレビにゲーム機を繋いでゲームをするのももちろん面白かった。でも一番面白かったのは、散髪屋や歯医者に置いてある週刊誌に描かれているマンガだった。
格好いいヒーローが格好いいことを言いながら、格好よく事件を解決していく。
夢中になった俺は、自分でもそんなヒーローの活躍が描きたくなって、休み時間になると夢中で鉛筆を走らせていた。
「ああ、すげえ、ヒーロー! でもこれって雑誌に載ってたっけ?」
そう言ってくれたのがあいつだった。
俺が自由帳を広げていると、大概は「格好いい!」や「絵が上手い!」で終わってしまうのに、その疑問を投げつけてくれたのはあいつだった。
俺はその疑問に胸を張って答える。
「これは俺が考えたヒーローなんだ! 腕が飛んでロケットパンチ! 腕が上下に分裂して、たくさん敵にダメージが入る!」
「おお! ここが割れるんだ!」
俺のオリジナルヒーローに感心して、いつしかふたりでマンガを描くようになった。
最初は俺たちが自由帳を広げていたら「絵が上手い!」「すっげえ、俺も!」と、次から次へとクラスメイトたちがやってきて一緒に絵を描くけれど、世の中面白いものっていっぱいある。
中学を上がる頃には、皆スマホを持つのが当たり前になり、スマホでソシャゲをするのに夢中になって、絵を描くのをさっさと止めてしまった。中には部活で汗を掻いたり、女子を好きになって女子好みの人間になる努力をはじめている。皆、追いかける青春が違うんだ。
そんな中、あいつだけは相変わらず一緒にマンガを描いていた。
マンガを描くのに耐えうるスペックのパソコンにソフトとペンタブを繋いでマンガを描く。それをするには中学生だと高過ぎてできず、画材屋で共同で画材を買って、コンビニでデータをつくってパソコンに持ち込んだほうが、まだマンガが描けた。
でも。俺はちっとも絵が上手くならなかった。
どれだけ格好いいシーンを思い描いて描いても、ギャグマンガのように勢いだけあってちぐはぐだ。ギャグマンガが描けたらよかったのに、俺の話は格好いいアクションマンガばっかりで、面白いギャグもシュールギャグも思いつかなかった。
一方、あいつは絵がものすごく上手かった。格好いいヒーローはもちろんのこと、可愛い女の子、面白いマスコット、ちょっと色っぽいお姉さん、ムキムキな愛嬌のあるおやっさん。本当になんでも描けた。
でも、びっくりするくらいに、話が面白くなかった。
「どうかな?」
コンビニでデータを取り込みに行く前に、描き終えたばかりのマンガを見せてもらった。
絵は格好いいけれど、話が全体的に面白くなかった。なんでそんなに面白くないんだろう。俺は眉間を揉みながら「ええっと……」と言葉を詰まらせる。
「……ごめん、お前いっつも絵は格好いいのに、話がなんで面白くないんだろう」
「ええ?」
あいつが心底悲しそうな顔をするのに、胸がズキズキした。わかるよ。俺だってマンガずっと描いてるんだから、そんなこと言われたら傷付かない訳ないってわかるよ。でもこのマンガを世に問いたいってネットに上げたら、絵は上手くてもスルーされると思う。
「全体的に、とってつけたような感じがする」
「絵は上手くていきいきしているのに、画力に説得力が追いついてない」
「とってつけたようなシーンが続いている。そのシーンが描きたいってのはわかるんだけれど、そのシーンのための前提がないから、とってつけたようなシーンになってる」
「キャラは格好いいし可愛いのに、キャラをシャッフルしたらもうわからないようなセリフ回しばかりしている」
もうちょっとソフトに言えないだろうか。せめていいところを上げないと。
そう思っても、出てくる言葉出てくる言葉が、悪口だと言われてもしょうがないようなものばかりが漏れてくる。
あいつはだんだん表情が曇ってきた。あ、まずい。俺は必死に訴えた。
「た、ただ! 画力があるからこそ、描きたいことはわかるんだ! だから、マンガだけでなくって、映画とかドラマとかもっと見て、構成力? そういうのを身につけたほうがいいと思う! アクションファンタジーって、画力がないと本当になにがなんだかだから!」
「……映画やドラマかあ……どんなの見ればいいだろう?」
機嫌が直ってくれたのに、俺は心底ほっとした。
こうしてふたりでレンタルショップ巡りをして、あれこれ漁るようになった。
海外ドラマは人気が出ないと打ち切りになってしまうから、しのぎを削って面白いものをつくっているし、打ち切り作品の中には日本だとそんな発想出てこないというものまである。なによりも日本よりもファンタジーものやSFものもたくさんあるから、それらを借りてきて、ふたりでメモを取りながら見はじめた。
邦画も洋画もたくさん見る。中にはどうしてこんな映画を撮ったんだろうというくらいにがっかりした出来のものもあり、それをぼろくそに言い合うこともあったけれど、面白いものは、ふたりで語彙の限りを尽くして褒めちぎっていた。
マンガの勉強のために見はじめたのに、いつしかふたりで週末になったらレンタルショップの映画を見ようという習慣が身についていた。
それだけたくさん見たせいだろうか。俺自身もだんだんと、描きたいものがぽつんぽつんと出てきて、見たドラマや映画の感想やメモと一緒に、描きたいネタのメモまで増えていった。
頭に引っかかっているアクション映画や、ファンタジー映画。それらから面白そうな部分を引っこ抜いていって、日本風にアレンジしていく。一緒に読んでいたマンガや邦画の内容や登場人物、世界観。それらをひとつひとつ引っこ抜いて混ぜて分解して、捏ねくり回していく。
だんだん、頭の中に世界が拓けていくような気がした。
「……あ」
気付いた俺は、大学ノートを広げて、夢中で企画書を書き、ネームを殴り書きしていた。丁寧に書いていたら、頭のイメージが抜け落ちてしまう。書かないと。書かないと。筆圧に耐えきれないで、鉛筆が何本も何本もボキボキと折れた。その中で、だんだんと話がまとまっていく。
「できたぁぁぁぁぁ…………!!」
俺の叫び声で、おかんが部屋のドアを叩いた。
「うるさい!」
「ごめん! ちょっと行ってくる!」
スマホで連絡した。
【すげえ話ができた。見てくれ】
****
コンビニのフードコート。そこで俺の殴り書きした大学ノートをあいつが捲っていた。
筆圧ででこぼこになってしまったノート。下敷きがなかったんだ。それを黙って読むあいつは、だんだん鼻息が荒くなっていた。
「なんだこれ、むっちゃ面白い……!」
「やったぁぁぁぁぁぁ! だよな!? 面白いよな!?」
「でもキャラデザが全体的に合ってなくないか?」
「うーん……だよなあ……」
俺はお世辞にも絵が上手くない。書いた話はダーティーアクションものなのに、キャラデザで添えられた絵は、ギャグマンガに登場人物と言われたら信じてしまいそうなキャラばかりだからだ。
「今からでも、絵の練習をしたら書けるんじゃないか? 頑張って描けよ」
「……うん、そうだな」
帰りに本屋の隅っこに追いやられているデッサンの本を数冊買った。中学生には高過ぎる出費だったけれど、背に腹は替えられなかった。ノートに一生懸命デッサンの絵を描き、その傍らでペンの使い方の練習をする。
マンガを描くのは、肩の力が物を言う。一生懸命線を引く練習をする一方、どうにか絵の練習をしようと、好きなマンガの模写をしたり、自分で書きたいキャラの絵を何度も何度も書いた。
だんだん手が痛くなってくるし、腕も痛くなってくる。おまけに爪の間にまでインクが入って汚らしい。でも。
マンガを諦めたくなかった。
俺が一生懸命マンガを描く練習をしている中、あいつは一生懸命なにかを描いていたけれど、それを俺は知らなかった。
今思っても「なに描いてるの?」「どんな話を描いてるの?」と聞けばよかったんだ。
その日、俺はコンビニで週刊誌を買ったとき、つい最近開催された賞の結果が載っていた。
「……え?」
見覚えのある絵で、見覚えのあるタイトルを付けられたマンガが、そのときの一番上の賞を獲得していたのだ。
【新人とは思えないほどの高レベルな絵と話で、次回作が早くも待ち遠しいです!】
【この巧みなストーリーラインを圧倒的な画力でねじ伏せるのが中学生っていうのは末恐ろしいですね。ぜひともこの作品を連載してほしいです】
週刊誌で連載張っているマンガ家さんたちから、あり得ないほどに褒めちぎられているのは、どう見てもあいつだった。
俺はスマホで電話した。
『現在、電話に出ることはできません──』
電子音で、思わずスマホを投げ捨てそうになるのを堪えた。
なんでだよ。お前は才能あるんだから、自分で頑張って話を考えたら、絶対にデビューできたよ。俺の話を盗らなくっても絶対にデビューできていたのに、どうして俺の話を盗るんだよ、返せよ。なんでそんな馬鹿みたいなことをするんだよ……!!
頭がぐしゃんぐしゃんになって、その日はどうやって帰ったのか、全く思い出せなかった。
「すごい! デビューおめでとう!」
「賞金もう振り込まれた? 振り込まれた?」
「あのマンガ家さんにべた褒めだったんでしょう? あのマンガ家さんに会ってどうだった?」
「東京のご飯ってどうなの? おいしいの?」
あいつとどうして連絡が取れなかったのかというと、授賞式に行っていたからだった。
なんでだよ。どうしてだよ。俺はなんと声をかけたらいいのかわからなかった。
周りはそんな俺を腫れ物に触るように扱っていた。
「一緒にマンガ描いてた子が先にデビューしちゃったしね……」
「絵のできは全然違ったから、ね……」
「それ言ってやるなよ……ギャグマンガだったら絶対一発でデビューできたって」
うるさい。
うるさいうるさいうるさい。うるさい。
俺たちのことなんにも知らねえ癖して、好き勝手言うなよ。
なにも言えずに唇を噛んでいたら、あいつが来た。
「あのさ、俺。デビューできたよ? お前の話、面白かったって。絵よりも、話のほうばっかり振られた」
あいつは複雑そうな顔をして、そう言っていた。
……盗った癖に、そんな顔してんじゃねえよ。もっと胸張れよ。自分が描いたって言えばいいじゃねえか。
高校に入ってから、俺はばったりとマンガを描けなくなってしまった。あいつは高校は通信制の学校にして、東京に行って連載を持ちはじめた。
俺がやさぐれてバイクの免許を取って走り回っている間も、あいつはマンガを描き続けていた。
……どうしてこうなったんだろう。もっと暴れたり怒ったりすればよかったのかよ。
ふたりでドラマや映画を見て、その感想を言い合った。
買ってきた炭酸やウーロン茶、ポテトチップスを食べながら、それらの感想を言い合う。
あの日をなかったことにされるのだけはごめんだった。
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