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「お義母様、そういうのは辞めたほうがいいですよ」

 お通夜の前。
 遺族控室にそっと設置された棺桶には、清められた青年が眠っていた。母の手縫いの浴衣に足袋に下駄。旧家の息子としてどこに出しても恥ずかしくなく育てた次男は、まだ大学に入ったばかりであった。
 長男の嫁のたしなめる声に、息子を亡くしたばかりの姑は「だって」と嗚咽を漏らす。

「この子はまだ成人もしてないのよ? 結婚だってしたかったに決まっているわ。あの子シャイだったから、中学でも高校でも、気になる子を遠巻きに見ているだけだったけれど。だからいいじゃない。死ぬ間際くらい、いい思いをしたって」

 そう言って一枚の写真を添えた。
 溌剌とした笑顔が印象的な女性であり、写真からでも生命力に溢れているのがよくわかる。その写真は青年の知り合いでもなんでもない、たまたまネットを見て目に留まった女性の写真が気に入ったからと、勝手にプリントアウトした挙句に、棺桶に入れようとしている。
 嫁は困った顔で、助けを求めるように納棺師を見つめると、喪服姿の納棺師は息子の死に未だに混乱したままの姑にやんわりと伝える。

「奥様、大変お気の毒ですが、生きている方の写真を入れることはお勧めできません」
「どうして……!」
「冥婚というものをご存じですか?」

 めいこん。嫁にも姑にも馴染みのない言葉であった。

「それはなにかしら?」
「死者が生者と結婚するということです。古事記でしたら、神のイザナギは妻のイザナミに先立たれてしまい、黄泉の国から連れ帰ろうとしますけれど、あと一歩で連れ帰ることはできませんでした」
「……それのどこに問題があると?」
「死者が生者に執着してしまった場合、生者はあの世に行ってしまう可能性があるんです。イザナギはあと少しでイザナミに黄泉の国に閉じ込められるところでしたし、各国の神話でも死者に気に入られた生者があの世から帰れなくなってしまった話は多数存在します。ですから、息子さんのためにも写真を入れるというのは、辞めたほうがいいですよ」
「……おまじないじゃないですか。私が息子にお見合いをしてあげられたというおまじないです。大丈夫ですよ、彼女とは縁もゆかりもないんですから、迷惑はかけません」

 そう言って、姑は写真を息子の手に無理矢理握らせてしまった。それに嫁も納棺師も止め切ることができなかった。
 写真が見えなくなってしまったところで、この家の長男がやってきた。

「ああ、綺麗にしてもらったんだなあ」

 弟を感慨深く見ているのを見たら、もう余計な諍いをしている風情がなくなってしまった。
 それからぞろぞろと一族がやって来て、今時珍しいくらいに壮大がお通夜に、お葬式がはじまり、冥婚についてとやかく言える余裕はなくなってしまった。
 一番注意しなければいけない人たちが、なにも言えなくなってしまったのである。

<了>
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