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第弐章 戦国乱世、お金の章
第十一節 民衆こそが、6人目の戦いの黒幕
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凛は、わずか15歳で政略結婚の道具となった。
生涯を共にしたい相手がいるにも関わらず……
摂津国・有岡城[現在の兵庫県伊丹市]へ行き、荒木村重の長男に嫁ぐことが決まる。
「戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい」
すべては、凛の父・明智光秀が自らに課した『使命』を果たすためであった。
20年ほど前。
凛の母・熙子の美しさに一目惚れした光秀は、同時に熙子が並外れた『純粋』さを持つ女性であることも知った。
光秀が自らに課した使命は……
その時代の価値観を根底から覆そうとする『非常識』極まりない考え方でもある。
「『普通』の女子は付いて来てくれないだろう。
こんな使命を課している男よりは、銭[お金]を増やすこと、楽しむこと、有名になることを一緒に追求できる男の方がずっと楽なのだからな。
並外れた純粋さを持つ女子にしか無理だ」
こう確信していた光秀は、一か八かの賭けに出た。
「それがしには使命がある。
だから……
熙子殿。
頼む。
それがしの妻になって支えて欲しい」
こう乞い願ったのだ。
「十兵衛[光秀のこと]殿。
分かりました。
今ここで、わたくしに誓ってください。
その使命を最後まで全うすると」
熙子を妻とし、信長に最も重用される男となった光秀は、こう考えるようになった。
「あの誓いを守るためならば……
わしは手段を選ばない。
どれだけ汚い策略を用いてでもあの国を手に入れ、強大な武力を我が物としてみせよう」
ただし。
凛は強大な武力の『中身』をまだ知らない。
◇
さて。
国を一つ手に入れたい場合、どんな方法を使えば良いのだろうか?
「国中を全て占領すればいい」
シミュレーションゲームや大抵の歴史物ではこうなると思うが……
残念ながら戦争の『素人』が考える机上の空論に過ぎない。
兵法の観点から見れば、むしろ一番やってはいけない面倒な方法なのだから。
占領地を広げた分だけ駐屯する兵士が大勢必要となってしまう。
加えて大勢の兵士を維持し続ける食糧や武器弾薬の補給も必要となって莫大なお金が消し飛ぶ。
逆にお金を惜しんで補給を疎かにすれば、兵士たちは略奪すら始めるだろう。
一方。
占領されている現地の人々にとって……
占領されているという『事実』だけでも不愉快極まりない話だ。
現地の人々との揉め事を確実に回避することなどできない。
略奪するしないに関係なく、反抗的になり、暴動を起こし、ゲリラ戦を仕掛けてくる。
どう計算しても、占領という方法は割に合わないのである。
◇
もっと楽に国を手に入れる方法はないのだろうか?
答えから先に言うと、ある。
有力者の一人を『身内』にした上で、国の支配者に据えることだ。
光秀が荒木村重を摂津国の大名に据え、最愛の娘を差し出したのは全て……
もっと楽に国を手に入れるためである。
ただし!
この方法は、巧妙な『策略』を必要としていた。
なぜだろうか?
◇
凛の嫁ぎ先となった摂津国は、現在の大阪府大阪市、吹田市、摂津市、茨木市、高槻市、豊中市、池田市、兵庫県神戸市、尼崎市、西宮市、芦屋市、明石市、伊丹市、宝塚市などを含んでいる。
これらの都市に住む人々が……
昔は一つの国であったと聞くと驚きの声を上げるに違いない。
方言、習慣、考え方などの違いが多く、逆に共通点を見出す方が難しいからだ。
この事実を光秀は正確に捉えていた。
「大名である細川家が没落したことで国の秩序は完全に崩壊し、池田、伊丹、茨木、高山、中川、郡、有馬、塩川、能勢、松原、明石などの国衆[独立した領主のこと]と、石山[現在の大阪市中央区]に総本山を置く本願寺教団などが各地に割拠して好き勝手な行動を取っている」
と。
これだけバラバラな国を一つにするのは、誰が見ても非常に困難だろう。
特に厄介極まりないのが本願寺教団であった。
教団は国中の人々から絶大な人気を得ており、荒木村重を除く有力者たちはすべて教団と密接な関係を持っているほどだ。
こう結論付けた。
「わしは、教団が政に深く関わることなど絶対に認めんぞ!
そのためならば民を騙し、欺いたって一向に構わない。
ありったけの銭[お金]に物を言わせて教団と関係のある有力者どもを尽く『抹殺』してやろう」
池田勝正、伊丹親興、茨木重朝など教団と関係のある有力者の偽りの噂[デマ]が国中に広まり始めた。
噂を信じた人々からの支持を失った彼らは、最終的に白井河原の戦いで歴史の表舞台から尽く消え去ったのである。
◇
光秀の策略は順調に進んだものの、強烈な『副作用』を伴っていた。
前の章で阿国が指摘した通り……
荒木村重に摂津国を一つにする実力など全くない。
国を一つにするどころか、足元を治めることすら難渋していたのだ!
己の使命を全うするために、わずか15歳の娘が危険な場所へと飛び込むことになる。
厄介な争い事に巻き込まれるのも時間の問題だろう。
「『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』
この言葉の通りに、わたくしは……
真の敵が誰なのかを正確に見分ける能力を身に着ける必要があるのですね」
凛自身が言っていた通りなのだ。
彼女は優れた『闘士』へと成長しなければならないのだから。
◇
「まず1つ目は……
『戦いの黒幕』という敵のこと」
「戦いの黒幕?
初めて聞きましたが。
一体、誰なのです?」
凛は驚いていた。
裏で戦を操っている人々がいるとでも?
どの書物にも書いていなかったが……
「6人いる。
1人目は、室町幕府。
これは既に信長様が滅ぼした。
2人目は、大名。
3人目は、国衆[独立した領主のこと]。
4人目は、武器商人。
5人目は、南蛮人。
最後の6人目は、『民』そのものだ」
あまりの多さに驚いた。
幕府に大名や国衆を加えると、武士のほとんどでは?
それに武器商人や南蛮人、民も?
南蛮人とは、スペイン人とポルトガル人を指す。
南から来た野蛮人という意味で南蛮人と呼ばれた。
その中でも特に、強力な艦隊を持つスペインは名実ともに世界最強であった。
数十年後にエリザベス女王との決戦で歴史的大敗を喫するまでは……
◇
「父上。
戦いの黒幕に武器商人と南蛮人を含むのは、戦に必要なモノで銭[お金]を稼いでいるからですか?」
「うむ」
「では、民は?」
「そなたは既にそれを知っているはずだ」
「知っている?」
しばらく考えた凛は……
徐々に、その意味を悟り始める。
まだ幼い頃から彼女は人々がどんな仕事をし、その仕事にどんな目的があるかを知りたがっていた。
そして、それを知れば知るほど気付いたこともあった。
ほとんどの仕事が、直接的にも間接的にも戦争と関係していることに。
大勢の『民』が槍や刀などの武器、身を守る盾、弓矢や弾丸などの消耗品、甲冑や衣服などを作る仕事をしていた。
加えて。
武器の原料となる鉄、盾の原料となる木材や竹、衣服の原料となる木綿などを作る仕事もあった。
さらに旗、幕、兵が寝る道具、兵糧を入れる箱や紙、水筒作りまであった。
戦は、ありとあらゆる民の『生活』を支えていた。
戦がなくなってしまうと……
大勢の民が仕事を失い、収入を失い、路頭に迷うことになってしまうのだ!
凛は、ある大胆な仮説へと辿り着く。
「父上。
戦で生活が成り立つ大勢の『民こそが、6人目の戦いの黒幕』であると仰りたいのですか?」
「そうだ。
凛よ」
同時に凛は……
この仮説が重大な問題を抱えていることにも気付いていた。
「お待ちください。
戦いの黒幕が『多すぎて』、戦が終わらないではありませんか」
と。
◇
肯定も否定もせず、父はさらに話を続けていく。
「それだけではない。
銭[お金]そのものを欲する『民』もいる」
「え!?
銭[お金]そのもの?」
「うむ」
「銭は、モノと交換するために『存在』しているのでは?」
そして凛は……
現代の人々の多くが忘れてしまった、ごく当たり前の真理を口に出す。
「銭そのものには何の価値もないではありませんか」
と。
娘が口に出した言葉は、父を十分に満足させるものであったらしい。
「その通りだ!
それでも銭[お金]に魅了され、銭の奴隷へと成り下がった民がいる。
目先の銭を得ること、銭がもたらす楽しみばかりを追求して生きている」
「そんな生き方を……
どれだけの人がしているのです?」
「とにかく、数え切れないほど『大勢』だ」
「そんなにも?」
◇
光秀は……
戦争で生活が成り立つ民衆と、お金そのものを欲する民衆こそが、6人目の戦いの黒幕であると言っていた。
果たして、それだけなのだろうか?
【次節予告 第十二節 無知な人間が引き起こす災い】
父は、戦争の素人たちが戦場に出ることが問題だと言います。
それを凛に理解させるため……
応仁の乱と、一向一揆の例を挙げるのです。
生涯を共にしたい相手がいるにも関わらず……
摂津国・有岡城[現在の兵庫県伊丹市]へ行き、荒木村重の長男に嫁ぐことが決まる。
「戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい」
すべては、凛の父・明智光秀が自らに課した『使命』を果たすためであった。
20年ほど前。
凛の母・熙子の美しさに一目惚れした光秀は、同時に熙子が並外れた『純粋』さを持つ女性であることも知った。
光秀が自らに課した使命は……
その時代の価値観を根底から覆そうとする『非常識』極まりない考え方でもある。
「『普通』の女子は付いて来てくれないだろう。
こんな使命を課している男よりは、銭[お金]を増やすこと、楽しむこと、有名になることを一緒に追求できる男の方がずっと楽なのだからな。
並外れた純粋さを持つ女子にしか無理だ」
こう確信していた光秀は、一か八かの賭けに出た。
「それがしには使命がある。
だから……
熙子殿。
頼む。
それがしの妻になって支えて欲しい」
こう乞い願ったのだ。
「十兵衛[光秀のこと]殿。
分かりました。
今ここで、わたくしに誓ってください。
その使命を最後まで全うすると」
熙子を妻とし、信長に最も重用される男となった光秀は、こう考えるようになった。
「あの誓いを守るためならば……
わしは手段を選ばない。
どれだけ汚い策略を用いてでもあの国を手に入れ、強大な武力を我が物としてみせよう」
ただし。
凛は強大な武力の『中身』をまだ知らない。
◇
さて。
国を一つ手に入れたい場合、どんな方法を使えば良いのだろうか?
「国中を全て占領すればいい」
シミュレーションゲームや大抵の歴史物ではこうなると思うが……
残念ながら戦争の『素人』が考える机上の空論に過ぎない。
兵法の観点から見れば、むしろ一番やってはいけない面倒な方法なのだから。
占領地を広げた分だけ駐屯する兵士が大勢必要となってしまう。
加えて大勢の兵士を維持し続ける食糧や武器弾薬の補給も必要となって莫大なお金が消し飛ぶ。
逆にお金を惜しんで補給を疎かにすれば、兵士たちは略奪すら始めるだろう。
一方。
占領されている現地の人々にとって……
占領されているという『事実』だけでも不愉快極まりない話だ。
現地の人々との揉め事を確実に回避することなどできない。
略奪するしないに関係なく、反抗的になり、暴動を起こし、ゲリラ戦を仕掛けてくる。
どう計算しても、占領という方法は割に合わないのである。
◇
もっと楽に国を手に入れる方法はないのだろうか?
答えから先に言うと、ある。
有力者の一人を『身内』にした上で、国の支配者に据えることだ。
光秀が荒木村重を摂津国の大名に据え、最愛の娘を差し出したのは全て……
もっと楽に国を手に入れるためである。
ただし!
この方法は、巧妙な『策略』を必要としていた。
なぜだろうか?
◇
凛の嫁ぎ先となった摂津国は、現在の大阪府大阪市、吹田市、摂津市、茨木市、高槻市、豊中市、池田市、兵庫県神戸市、尼崎市、西宮市、芦屋市、明石市、伊丹市、宝塚市などを含んでいる。
これらの都市に住む人々が……
昔は一つの国であったと聞くと驚きの声を上げるに違いない。
方言、習慣、考え方などの違いが多く、逆に共通点を見出す方が難しいからだ。
この事実を光秀は正確に捉えていた。
「大名である細川家が没落したことで国の秩序は完全に崩壊し、池田、伊丹、茨木、高山、中川、郡、有馬、塩川、能勢、松原、明石などの国衆[独立した領主のこと]と、石山[現在の大阪市中央区]に総本山を置く本願寺教団などが各地に割拠して好き勝手な行動を取っている」
と。
これだけバラバラな国を一つにするのは、誰が見ても非常に困難だろう。
特に厄介極まりないのが本願寺教団であった。
教団は国中の人々から絶大な人気を得ており、荒木村重を除く有力者たちはすべて教団と密接な関係を持っているほどだ。
こう結論付けた。
「わしは、教団が政に深く関わることなど絶対に認めんぞ!
そのためならば民を騙し、欺いたって一向に構わない。
ありったけの銭[お金]に物を言わせて教団と関係のある有力者どもを尽く『抹殺』してやろう」
池田勝正、伊丹親興、茨木重朝など教団と関係のある有力者の偽りの噂[デマ]が国中に広まり始めた。
噂を信じた人々からの支持を失った彼らは、最終的に白井河原の戦いで歴史の表舞台から尽く消え去ったのである。
◇
光秀の策略は順調に進んだものの、強烈な『副作用』を伴っていた。
前の章で阿国が指摘した通り……
荒木村重に摂津国を一つにする実力など全くない。
国を一つにするどころか、足元を治めることすら難渋していたのだ!
己の使命を全うするために、わずか15歳の娘が危険な場所へと飛び込むことになる。
厄介な争い事に巻き込まれるのも時間の問題だろう。
「『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』
この言葉の通りに、わたくしは……
真の敵が誰なのかを正確に見分ける能力を身に着ける必要があるのですね」
凛自身が言っていた通りなのだ。
彼女は優れた『闘士』へと成長しなければならないのだから。
◇
「まず1つ目は……
『戦いの黒幕』という敵のこと」
「戦いの黒幕?
初めて聞きましたが。
一体、誰なのです?」
凛は驚いていた。
裏で戦を操っている人々がいるとでも?
どの書物にも書いていなかったが……
「6人いる。
1人目は、室町幕府。
これは既に信長様が滅ぼした。
2人目は、大名。
3人目は、国衆[独立した領主のこと]。
4人目は、武器商人。
5人目は、南蛮人。
最後の6人目は、『民』そのものだ」
あまりの多さに驚いた。
幕府に大名や国衆を加えると、武士のほとんどでは?
それに武器商人や南蛮人、民も?
南蛮人とは、スペイン人とポルトガル人を指す。
南から来た野蛮人という意味で南蛮人と呼ばれた。
その中でも特に、強力な艦隊を持つスペインは名実ともに世界最強であった。
数十年後にエリザベス女王との決戦で歴史的大敗を喫するまでは……
◇
「父上。
戦いの黒幕に武器商人と南蛮人を含むのは、戦に必要なモノで銭[お金]を稼いでいるからですか?」
「うむ」
「では、民は?」
「そなたは既にそれを知っているはずだ」
「知っている?」
しばらく考えた凛は……
徐々に、その意味を悟り始める。
まだ幼い頃から彼女は人々がどんな仕事をし、その仕事にどんな目的があるかを知りたがっていた。
そして、それを知れば知るほど気付いたこともあった。
ほとんどの仕事が、直接的にも間接的にも戦争と関係していることに。
大勢の『民』が槍や刀などの武器、身を守る盾、弓矢や弾丸などの消耗品、甲冑や衣服などを作る仕事をしていた。
加えて。
武器の原料となる鉄、盾の原料となる木材や竹、衣服の原料となる木綿などを作る仕事もあった。
さらに旗、幕、兵が寝る道具、兵糧を入れる箱や紙、水筒作りまであった。
戦は、ありとあらゆる民の『生活』を支えていた。
戦がなくなってしまうと……
大勢の民が仕事を失い、収入を失い、路頭に迷うことになってしまうのだ!
凛は、ある大胆な仮説へと辿り着く。
「父上。
戦で生活が成り立つ大勢の『民こそが、6人目の戦いの黒幕』であると仰りたいのですか?」
「そうだ。
凛よ」
同時に凛は……
この仮説が重大な問題を抱えていることにも気付いていた。
「お待ちください。
戦いの黒幕が『多すぎて』、戦が終わらないではありませんか」
と。
◇
肯定も否定もせず、父はさらに話を続けていく。
「それだけではない。
銭[お金]そのものを欲する『民』もいる」
「え!?
銭[お金]そのもの?」
「うむ」
「銭は、モノと交換するために『存在』しているのでは?」
そして凛は……
現代の人々の多くが忘れてしまった、ごく当たり前の真理を口に出す。
「銭そのものには何の価値もないではありませんか」
と。
娘が口に出した言葉は、父を十分に満足させるものであったらしい。
「その通りだ!
それでも銭[お金]に魅了され、銭の奴隷へと成り下がった民がいる。
目先の銭を得ること、銭がもたらす楽しみばかりを追求して生きている」
「そんな生き方を……
どれだけの人がしているのです?」
「とにかく、数え切れないほど『大勢』だ」
「そんなにも?」
◇
光秀は……
戦争で生活が成り立つ民衆と、お金そのものを欲する民衆こそが、6人目の戦いの黒幕であると言っていた。
果たして、それだけなのだろうか?
【次節予告 第十二節 無知な人間が引き起こす災い】
父は、戦争の素人たちが戦場に出ることが問題だと言います。
それを凛に理解させるため……
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