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5章 風呂とかき氷と甘々の目撃者たち

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「そんな事ありません!ええ、全く、これっぽっちも!むしろ素晴らしいです。」

「そ、そうか?なら良かった。」

喜んでもらえるとは思っていたけど、予想以上の反応に少し逃げ腰になってしまう。
後でローションガーゼも教えてあげよう。

「ええ!十数年ぶりに全身全霊で夫と愛し合う夜に相応しい逸品です。私も年甲斐もなく浮かれてしまいますね。」

「今さらだけど足の具合はどうだ?不調は無いか?」

「そうですね…痛みは全くありませんし、ほとんど違和感なく歩けるようになりました。家族にはすぐに知らせたかったのですが、かえっての時間があって良かったかもしれません。」

ロバートさんの笑顔が……輝いてるのに圧を感じる。
旦那さんたち、本当にごめんなさい。
悪気はなかったんだ。

「四十路を過ぎてからこんなにも心が踊る事があるとは思っていませんでした。ああ、孫ができれば別でしょうが。あなたのおかげです、シオン。」

ロバートさんの見た目が若くてスマートだから孫と言われてもピンと来ない。
ロバートおじいちゃん………うーん、どう見てもおじさんが限界だ。

「喜んでもらえて俺も嬉しい。それでもう一つ用事というか、お願いがあるんだけど良いかな。服飾の事だから頼って良いと言ってくれたロバートさんのご厚意に甘えさせてもらいたいんだけど。」

「ええ、どんな事でしょう?」

「ロバートさんが作業してるところを見学させてほしい。納品の早さに驚いていたら、メルヴィンがあなたの作業風景は凄いと教えてくれたんだ。」

「もちろん構いませんよ。ではあなたのシャツでも作りましょうか。」

そう言うとロバートさんは棚から地模様が入っている生成りの布のロールを取り出し、片眼鏡を装着した。

「片眼鏡が要るなんて左右で視力に差があるのか?」

孫の話が出ていたが「老眼か?」とは聞けなかった。

ロールの布を広げ型紙を置いて魔法で固定し、さらに魔法でラインを引きながら教えてくれた。

「これは魔道具ですよ。使用者が想像した図案が布に描かれて見えるので下描きが不要なのです。刺繍をするときに特に重宝しています。」

魔道具の解説をしながら指でラインをなぞり、あっという間に裁断してしまった。

「魔法で裁断と端の始末も一緒にしていますからほつれてきません。折角なので少し刺繍も入れましょう。何か希望はありますか?」

「………昨日受け取った服は蔦とか植物のモチーフが多かったから、今回は動物で。」

「承知しました。………では始めましょう。」

そう言うと裁断された前身頃の布が浮かび上がって、空中にピンと張られた。

「まずは針と糸からですね。」

ロバートさんが魔力で針と糸を作り出した。
色は黒、こげ茶、金、グレー、ブロンズ、銀の6色。
その中の黒、こげ茶、金の糸が通った針が宙を舞った。
高速で動き続ける針と糸が光を反射してキラキラしている。

「さて、ベースができたので陰影を付けて仕上げをしましょう。」

その言葉で残りの色の針が動き出した。
グレーは黒へ、ブロンズはこげ茶へ、銀は金で刺繍された場所に重ねて刺されていく。

大きな図案ではなかったのもあるが、あっという間に出来上がった。

「刺繍は終りましたから、次はパーツを縫い合わせます。」

そう言って布と同じ色の糸と針を二本作り、それぞれ違う場所を縫い上げた。
驚く事に作業開始から20分くらいでシャツが完成した。

「刺繍は動物で…ということでしたから、今回は狼にしてみました。人間とは違いますが狼もまた家族と生きる者です。あなたが将来、家族を守れるように願って刺しました。気に入ってもらえましたか?」

出来上がったシャツを俺に手渡しながら、そう聞かれた。

四つ脚で立つ黒い狼と、お座りの姿勢で寄り添うこげ茶の狼と、黒い狼の前で伏せて寄り添う金の狼。
俺とメルヴィンとジェイデンの色。
二人の兄貴分だったロバートさんの願いは受け取った。

「うん、ありがとう。でも少し身の引き締まる思いかな。」

「おや、プレッシャーを与えてしまいましたか…。そんなつもりは無かったのですが、可愛い弟分の事で要らぬ世話を焼いてしまったようですね。」

「二人の事を思ってくれてるのは分かってるし、俺の事も考えてもらえてありがたいよ。」

「あの子たちが好きになったのが、そのように言ってくれるあなたで良かった…。それで満足していただけましたか?」

「メルヴィンの言った通り凄かった。あんなに速く動くのに三本の針が違う動きをするし、刺繍もキレイだし、本当に驚いたよ。あれはどうやっているんだ?」

「フフ、単純に魔力で針と糸を動かしていたのですよ。そのためにはとても繊細な魔力操作の技術が必須ですが。あとはセンスが少々…でしょうか。」

「なるほど。シンプルなものほど極めると凄いって事か。」

他の事にも当てはまるし基礎は大事だもんな。

「そうですね。ところでこの後何か予定はありますか?」

「特に無いよ。あ…メルヴィンからは暗くなる前に帰って来いって言われてるけど。」

「子どもですか…。まあいいでしょう。時間があるならお茶でもどうです?」

やっぱりそう思うよな。
約束したからちゃんと明るいうちに帰るけど。

「お誘いありがとう、頂くよ。」

ロバートさんが淹れてくれたお茶は、焙じ茶のように香ばしくて美味しかった。
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