星渦のエンコーダー

泡沫夢幻

小さな星たちの戯れ 秘密の共有

　プールの授業の日、更衣室はいつもよりも混雑しており、流磨と柳は偶然同じブースで着替えることになっていた。

「お前やめろよ！」
「ジャンケンで勝ったら返してやる～」
「返せよ！　それないと帰れねー！　……ああーっ！」

　何気ない笑い声と会話が響く中、隣のブースからふざけた生徒がカーテンを強く引っ張るという不慮の事故が起こり、柳のブースのカーテンが半分破れてしまった。

「……！！」
　突然のことに柳は反射的に背中を壁に押し付け、目を見開いて息を呑んだ。
　その瞬間、彼の隠された傷跡が部分的に見えてしまい、流磨はそれを目の当たりにした。

　柳の顔色は一気に青ざめ、体が震えた。

　彼は必死にカーテンの残りを掴み、視線を落とし、何か言おうと口を開いたが、声は震えていて言葉にならなかった。
　流磨は即座に彼の隣に寄り、声を低くして「大丈夫か？　シノ」と静かに尋ねた。柳は静かにうなずくものの、彼の目には明らかな恐怖と混乱が浮かんでいた。
　その様子に流磨は、ことの重大さを把握する。

　彼は今まで、あまり感情を表に出さない、気が合わなさそうだという印象を抱くクラスメイトであった。事情はわからない。

　流磨は周りの視線を感じながらも慌てず、柳のプライバシーを守るようにカーテンを手際よく元に戻した。
　幸い、自分が少しだけはみ出せば、彼の背中を確実に隠すだけの幅はまだある。

「おーい流磨、先生に報告するか？」
　外からかけられた友人の声に、流磨はすぐに答えた。隣で柳が身を固くしている。
「……後でいい！　俺が報告するから、お前らはそのまま着替えて出てってくれ。片付けも俺らでやる」
「先生にそれ伝えとくよ。東雲ー、ごめんな」
「ごめんなー」

　流磨の配慮によって他の生徒たちがその背中に気づくことはなく、柳はひとまず一息ついたが、彼の動揺はすぐには収まらず、しばらくは手が震えていた。
　流磨は彼を驚かせないようそっと離れ、取り落とされたままの着替えを拾い上げてやる。

「シノ、あんま気にするな。俺たちはみんなちょっとずつ違って、ちょっとずつおかしいんだ。それでいいんだって。……大丈夫か？」
　流磨は静かに慰めるように言った。この一件が、柳が流磨に心を開くきっかけとなり、二人の間に信頼が生まれる瞬間でもあった。

　授業が終わった後、流磨と柳はいつも通り更衣室で着替えていたが、今日は柳がいつもより静かだった。
　靴を履き終えた柳がようやく口を開き、「……清宮くん、ありがとう……」と小さな声で言った。
　それはこの数年間で彼が他人に向けて発した感謝の言葉としては、最も重たいものの一つであった。

　流磨は少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔に変わり訪ねる。
「流磨でいい。俺もシノって呼んでるけど、もしかして嫌だったか？」

　柳は首を横に振り、「ううん」と返答し、その表情は少しだけ緩んでいた。
　よく見ると、表情は微かではあるが感情を表現することがあることに気づく。
　この小さな交流が、二人の間の壁を崩し始めた瞬間だった。流磨はそう記憶している。

　この日以来、性格は大きく異なるものの、柳と流磨は親友としての絆を深めていった。
　流磨の無邪気さと前向きな姿勢は柳の支えとなり、柳の冷静さと思慮深さは、流磨にとって多くの場面での指針となっだと感じる。

　共に過ごす時間が増えるにつれて、流磨と柳は互いの違いを認め合い、それを力に変えて成長していった。
　助け合い、時には励まし合いながら、二人は日々を重ねていく。