星渦のエンコーダー

山森むむむ

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罪なき日々の終着

小さな星たちの戯れ 惑星と恒星 思い描いた宇宙地図

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 調べ物をしてから帰ると言う流磨と柳に別れを告げ、クリスと玲緒奈は共に帰路についた。

 玲緒奈の純粋な眼差しを受け、クリスは微笑みながら小さな手をそっと握る。やわらかな日差しの中、二人の影が地面に長く伸びていた。
「ねえ、クリスちゃん」
 玲緒奈の声にクリスは顔を上げる。玲緒奈の瞳には純粋な好奇心が宿っていた。

「なに? れおちゃん」
 玲緒奈の次の質問に、クリスは心底驚いた。 
「クリスちゃんとシノくんって、つきあってるの?」
「え?!」 
 慌てて、繋いでいない方の手を前で振りながら必死に否定した。
「ちがうちがうちがう! 確かに仲はいいけど、柳とは友達で! 家がマンションの上と下ってだけ!」
 その反応に、玲緒奈は笑顔でクリスに言った。
「……そんなにちがうっていわなくてもいいよ。すごくすてきな二人だなって、思ったの」

 クリスはその言葉に複雑な心境を隠しきれず、唇を尖らせて下を向いた。
 道を進むにつれクリスの思考は更に重くなり、その一方で玲緒奈の純粋な視点が、クリス自身もまだ認めたくない未来の可能性を突きつけていた。
 クリスは自分の感情を整理しきれずにいたが、この小さな幼い友人がクリスの心に新たな光を投げかけているのを感じていた。二人は、これからも長い付き合いが続くことを予感させる静かな一歩を踏み出している。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 流磨と柳が学校の図書館に陣取っている。
 午後の陽光が窓から差し込み、静かな時間が流れる中で二人は、本棚から引き出された電子資料を囲んでいた。ディスプレイ上ではネオトラバースのデータが次々と展開され、目的はトレーニングと戦略の策定にあった。
「小学校の図書館からでも、ある程度簡単な資料なら出せるよ。電子書籍で足りなければ、ちゃんと申請したら物理アーカイブも閲覧できるし」
 柳が操作するデバイスからは、必要とする情報が瞬時にアクセスされる。学校図書館の大きな窓ガラスに映る彼らの姿は、勉学に励む他の生徒たちとは一線を画す。

「最初だから、ここでいい。今日は第一回作戦会議だ」
 流磨がそう宣言する。流磨にとって、これはただの遊びではない。未来への大きな一歩である。
「作戦会議か……」 
「いいだろ?」
 流磨笑みを浮かべながら同意を求める。
「うん」
 応じると、柳はすぐに資料の中から、サポートという職務について説明を始める。ネオトラバースの世界は単なるプレイヤーだけでは成立しない、表面上のルールより遥かに深い複雑さを持つ。彼が提示する情報は、流磨にとって新しい可能性の扉を開くものだった。

「へえ、つまり色んな奴が助けてるおかげで、選手はひとりじゃ難しい電脳世界でのゲームで活躍できるってことか」
 流磨は興味津々だった。この感想を聞いた柳は、流磨に共感してくれた。これまでの何気ない日常が、ここに来て一変した気がした。
「そうだよ。小学生のスターライトチェイスはネオトラバースの準備段階。全員がプレイヤーとして動いて、サポートとしての技術も自分で行うことで、その過程やネオトラバースへの移行の時に、将来自分の方針をどうするか決めるんだ」

 柳は流磨の目を見据えて語る。彼にとっても流磨の成長は見守りたい大事なものになってくれたようだ。
 AR資料を机の上で展開させながら、『メンタルコーチ』という項目を開く。柳の指先は確かで、目的を持って操作された資料が流磨の前に留まった。
「これ、流磨にぴったりだと思うよ」
 提案に流磨は目を輝かせ、新たな可能性に胸を躍らせた。
 「……メンタルコーチ?」 
「いいと思う?」
「コーチって、人に教えるってこと?」 
「そういうポジションだね。ただ、人に教えるのなら、自分もわかってないといけない」
「上等じゃん!」
 流磨の返答に、柳は僅かに口角を上げた。
「体も心も、っていうのなら、このポジションは役に立つ指標になる」
 柳の声には確信が込められている。彼は自身の未来に向けて、既に一歩を踏み出す覚悟を決めていた。教わって身につけ、実践してきたロジックを、流磨に向けて包み隠さず提供してくれる。
「さすがプロ志望」
 流磨が微笑みながら褒めると、柳はまた少し、多分笑った。彼はあまり感情を顕にしない。連続して笑ったのは始めてかも知れない。
 その理由を出会った経緯から流磨は知っていたが、こうして今は時々、笑顔をみせてくれることがあった。友人関係にあることが確認できるようで、その度に流磨は嬉しくなる。
 まだ笑うことが難しいのだろう。流磨も柳の笑顔だけは見分けられるようになっている。と思う。

 その笑顔が、彼が内面にある柔らかさを見せる貴重な瞬間だった。
 図書館の周りは静寂に包まれている。その中で二人だけの会話が、まるで特別なリズムを刻んでいるかのようだ。ほかの生徒たちはそれぞれの学業に集中しており、柳と流磨の間には彼らだけの世界が存在している。
「なんか、シノだって俺のことを励ますのが上手じゃねーか」
「励ます? わかったことを言っただけだよ」
「それが俺を励ますってことになってるんだから、俺ら相性バツグンなんじゃねえか?」

 流磨の言葉には行動を起こす力があるらしい。柳が言うのならそうなんだろう。
 二人はそれぞれのデバイスを手に取り、今後の計画を具体的に練り始める。柳は流磨に適したトレーニング方法やメンタル強化に関する資料をピックアップし、流磨はそれを真剣な眼差しで確認していく。
「やっぱ、サポートならプログラミングは絶対できてないとだめなんだな」
「嫌?」
「シノがいるし、教えてもらう」
「僕? 人に教えるのが上手にできるか、わからないよ」
「それは俺だって、あんまり先生以外の人に教わったこと無い。おんなじだろ。教わる側なら俺も、どう質問したらいいかがよくわかんねーし」
「……そろそろ門が閉まる時間だよ。借りるならカウンターに持っていかないと」
「あ、やべ! 俺荷物教室に置いたままだ」
「ええ? 急いで! 本は僕が借りておくから」

 二人は互いにとっての最高のサポーターであり続けることを誓い合い、図書館を後にした。
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