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第十話 役立たずパーティ

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「なぁツェツィ」

「なんでしょうワルター様」

「どう見ても街じゃないよな?」

「そうですね」

「…………」

「…………」

 少し先に『ここから森ですよ』と言わんばかりに乱立する木々、その遙か先にそびえるはベルクヴェルク――想像していたよりは近い――と思しき山々、右手は森で左手の奥には岩肌が剥き出しの山――ガルゲン刑務所の鉱山?――、そして後方は見渡す限りの草原にいくつかの林。
 そんな場所に、俺とツェツィはポツンとたたずんでいた。

 どうして気づかなかった……。

 ここまで俺たちの乗る馬車を操縦していた御者に、今日は鎧戸を開けるなと言われていた。
 俺とツェツィは素直に従う。
 そして馬車が停止すると、俺とツェツィに用意されていた目隠しをつけるように言ってきた。
 そこに疑問を持たず、俺とツェツィは素直につける。
 御者の手引で馬車を降りる俺とツェツィ。
 馬車が走り出す音が聞こえ、しばらくしてから目隠しを外す俺とツェツィ。
 すでに遥か彼方を走ってる馬車。
 呆然とする俺とツェツィ。

 まるでお笑い番組で体を張った何かをやらされる芸人の如き扱いを受け、俺とツェツィは疑う事なく従っていたのだ。
 間抜けにも程がある。
 
「たしか、ガルゲンに一番近い街まで運ばれるんじゃなかったっけ?」

「王国南西の重要地、アウスガングですよね? たしかに、私はそのように聞いておりました」

 わざわざツェツィが俺を騙したわけではないだろう。
 であれば、彼女もまた被害者なのだ。

「どうすんの?」

「どうしましょう?」

 何もない地で空は茜色に染まりつつある。
 そう遠くない未来に周囲は真っ暗になるだろう。
 とはいえ、一時間くらいは大丈夫そうだ。
 馬車が去っていった方に車輪の跡は残っているので、跡を辿って街を目指すべきか悩む。

「とりあえず森から離れよう」

 魔物に襲われる危険が高い森に近付くのは論外だ。
 一番近い街……アウスガングと言ったか、そこを目指すにもそうではないにしても、今は森から離れるのが正解だろう。

「…………」

「…………」

「……ツェツィって、以外に体力あるんだね」

「自分でも驚いています」

 黙々と一時間ほどぶっ通しで歩いているのだが、温室育ちの元王女様であるツェツィが、問題なく俺に付いてこれているのだ。

「実はパーティ名を決めたときから、急に力がみなぎっていたのです」

「初日のアレ?」

「はい」

 ★

 旅の初日にお互いの呼び方など決めたのだが、ツェツィから唐突に『名前を付けませんか?』という意味不明な問を投げかけられた。

「呼び名なら、今決めたばかりですよ……だよ」

「呼び名ではなく、ガルゲン開拓団の名前です」

「えっとぉ……それ、必要?」

 ツェツィの追放は王族として醜聞を晒す事態であるため、建前上”開拓を行う”と公表されている。
 それに際して彼女は、取って付けたような『ガルゲン開拓団団長』と言う肩書をもらっていた。
 だが団員は、団長であるツェツィと部下の俺、たった二人しかいない。
 なので、彼女はガルゲン開拓”団”では仰々しいと思ったそうな。

「…………! ワルターさん、『ヌッツロース』はどうでしょう?」

 しばし思案顔をしていたツェツィが、急に目を見開いて素っ頓狂な名を挙げた。

「どういった意味があるの?」

「『役立たず』です」

 ツェツィは悪びれた風でもなく、嫌な事をさらっと言う。

 どうして自分たちの所属する団の名前に、わざわざそんな意味の言葉を付けようとするんだ?
 やっぱり頭の痛い子なのか?
 そんな事が頭の中で渦巻き、すっかり黙ってしまった俺に、彼女が理由を説明してくれた。

 俺は勇者パーティや王国上層部に、ツェツィも姉である第一王女に、それぞれ役立たず扱いされた存在だ。
 だからこそ、その名をあえて冠する事で、『自分たちはそうではない』と心を奮起させ、初心を忘れないよう胸に刻み込むのだとか。
 そんな、ある種の反骨心から思いついたのだと言う。

 ツェツィは小柄でおとなしそうな見た目をしているが、なかなか強かだったようだ。

 まぁあの姉妹喧嘩を見れば、ツェツィが激情家なのもかわかったし。

「もしかしてツェツィは、第一……お姉さんに仕返しがしたいの?」

 何気に姉妹仲が悪そうだし、役立たず扱いされた自分が大きく成長し、見下してきた姉である第一王にギャフンと言わせたいのだろうか、などと勘ぐってみたのだが。

「仕返しとは違いますね。勇者様のお力をわかっていない方々に、勇者様が如何に素晴らしいかをわらせてあげたいのです」

「お、おう……」

「それに、評価は他人が下すものだと思いますが、他人がどう思うかではなく、自分がどうあるか、という心持ちが大切だと思うのです。――そして私は、自分の選択が間違いだと思っておりませんので」

 これから向かう先は、厄介な魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする地だというのに、随分と強い決意を持っている。
 現実を知らない温室育ちの王女様だったからなのか、それとも王女様だったからこそ心が強いのか、はてさてこの元王女様はどちらなのだろう。

 間違っても、わからせるつもりがわからせられちゃう、なんて事はないよな?

「それから、『役立たず』の看板を掲げていれば、自分をそう思っている方が仲間になってくれるかもしれません」

「ん?」

 ツェツィはまたもや意味不明な言葉を発していた。

「私たちは、これから大いなる挑戦をするのです。それには仲間が多い方が良いと思いませんか? そして、自分を『役立たず』だと思っている方と切磋琢磨し、共に成長して『役立たず』から脱却していく、夢がありません?」

 平時はただ優しいだけの人かと思っていたが、なかなか肝が座った人だった。
 しかもしっかり先を見据えて考えてるっぽい。
 頭の痛い子などと思ってしまい、申し訳ない気持ちになった。

 いや、油断は禁物だ。

「なにやら看板を掲げて仲間を増やす気みたいだけど、アテはあるの?」

 俺たちが向かっているのは失敗続きの開拓地なのだから、そもそも誰もいないと思っている。
 だから俺は、素朴な疑問をぶつけてみた訳だが。

「私たちはガルゲンに一番近い街、アウスガングまで送られるそうなので、その街で募集するのが良いと思いますが、どうでしょう?」

「なるほど。――だとしたら冒険者ギルドとか?」

「いいですね、冒険者!」

 世間知らずの元王女様は、冒険者に興味津々のご様子だ。

「それならそこで冒険者登録をして、パーティ名を『ヌッツロース』すればいいんじゃないかな」

 冒険者ギルドは国を跨いだ組織だ。
 国外追放をされた身であっても、登録さえしておけば他国でも使える。

「いいです、パーティ! そうしましょうワルターさん」

 こうして、『ヌッツロース役立たず』パーティが結成される事になった。

 ★

 そういえば、俺もあのときに何か繋がりを感じた気がしたっけ。

 当時の感覚を思い出した。
 そして今も、その繋がりのような何かは残っており、勇者パーティから追放されてからあった倦怠感のようなものもなくなっている。
 むしろ、魔王戦で元から悪かった俺の動きが更に悪かったのだが、今はそれ以前の状態に戻っている気もしていた。
 それが少し気になったが、今はのんきに考え事をしている場合ではない。

 今の俺たちは、早々に野営の準備をはじめなければいけない状況なのだから。
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