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第19話 イケイケなお姉さん
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「ち、違うのです」
俺がほぼ記憶喪失だということをミルヒは口にしてしまい、それが失言だと気付いたのだろう。彼女は慌てて口を閉じたが、ティナが目敏く反応したことで、漆黒の瞳を潤ませたミルヒは狼狽えてしまった。
可愛そうなくらいアワアワする少女が今にも泣き出しそうで、見かねた俺も慌ててフォローに入る。
「実は俺、3ヶ月前に落馬をしてしまって、記憶が曖昧になってしまったんだ。それで残ってた記憶を思い出しながら客観的に繋ぎ合わせてみんだけど、自分の生き方をに疑問を感じたんだよね。だから俺は過去の行いを反省して、領主一族として民に愛される者になろうと考えたんだ」
咄嗟の割によくこんなことを言えたものだ、と我ながらびっくりしてしまうほど見事な助け舟を出せたと思う。
そもそも俺の記憶があやふやなのは、別に隠しているわけではない。
流石に転生云々は口に出せないが、記憶についてはむしろ便利に使うべきだと思っている。
だからミルヒにも口止めなどしていない。
怠け者の俺が、単に説明するのを面倒くさがっているだけだ。
でもあれか、記憶を失うとかナイーブな話だから、ミルヒが気を遣って秘密にしておくべきと考えた可能性があるな。
それにそう考えてしまうのは、……まあ仕方のないことか。
後でミルヒには、隠し事でもなんでもないと言っておこう。
「ルドルフ様がお変わりになられたのは、記憶が曖昧になってしまったことが原因ですの?」
「端的に言うとそうだね」
俺の言葉を聞いたティナが驚いたように目を見開いた。が、それはほんの一瞬。
すぐさま繕うような笑みを浮かべた彼女は、少しだけ考えるような仕草を見せると、それまでの大人びた表情ではなく、年相応のキラキラした笑顔で口を開く。
「ルドルフ様、今のお気持ちを忘れず、これからも民に愛されるよう精進してくださいませ!」
「え、ああ、うん」
「それから、ミルヒ様を大事にしてくださいまし!」
「あ、はい」
なぜだかわからないが、真紅の瞳を輝かせたティナが急にグイグイきて、俺は若干腰が引けてしまった。
「ミルヒ様も、ルドルフ様を手放してはいけませんわよ!」
「は、はい」
「今のミルヒ様はまだお若く、お体は少女そのもです。ですが、いずれ爆乳になるはずですわ。男性は爆乳に目がありませんの。是非、爆乳でルドルフ様を籠絡なさってください!」
「ば、ばくにゅう?」
「ちょっ、何を言ってるんですがティナ嬢?!」
変なスイッチが入った様子のティナが、何やら意味不明なことを言い出したではないか。
過去の俺は、老若男女問わずとにかく他者に興味がなかったため、いくら美人や可愛い女性であっても興味はなく、ましてや胸の大小で態度が変わることがなかった。
そしてそれは、今でも変わっていない。
しかもミルヒとの婚約はいずれ解消する予定なのだから、変な知恵を付けないでほしい、そう思ったのは仕方のないことだろう。
それはそれとして、ティナの言葉が気になった。
彼女は、ミルヒが爆乳になることを”確信している”ような物言いをしていたと思う。
「変なことを聞くけど、どうしてミルヒが爆乳になると言えるの?」
「そ、それは、……あたくしの勘ですわ」
「勘の割には言い切ってたように思うけど」
「あたくし、その辺りの勘は優れてますの。このあたくしも、数年後には爆乳とまではいきませんが、巨乳レベルにはなりますわよ」
「そ、そうですか」
なんだろ、逆セクハラってこんな感じなのかな?
鬼気迫るティナの圧力に押され、俺の思考が現実逃避をしてしまった。
「それから、忠告をさせて頂いてもよろしいかしら?」
「どうぞ」
「ルドルフ様はもう少し……いいえ、かなりお痩せになった方がよろしいですわよ」
「はぁー」
「贅肉を携えていることは、富の象徴と捉えられることもありますが、見方を変えれば怠惰であると喧伝しているようなものですわ」
「そうですね」
俺も痩せるべきだと思ってるけどさー、簡単に痩せないんだよねー。
いや確かに、まだ本格的なダイエットには取り組んでないんだけど。
「ティナさん、お兄さまのお肉をむにむにするのは、すっごぉ~く気持ちいいんです! そのお兄さまからお肉を取ったら、いったい何が残ると言うのですか?!」
「ミルヒ様……」
「ミルヒ……」
ミルヒの言い分だと、俺の取り柄は肉だけになってしまうのだが。
そういえば、かつてのミルヒは俺をかなり恐れてたっぽいけど、腹の肉を揉ませてあげたら、一気に距離感が近くなったよな?
もしかしてミルヒにとっての俺は、マジで肉しか存在意義がないってことか?!
「ち、違うのですお兄さま。ミルヒはお兄さまのお肉をタプタプむにむにするのが好きなだけで、お肉がなくなっても今のお兄さまであれば、いいところがあるはず……です」
「例えば?」
「え~と~……。色々、です……」
「うん、わかった」
ミルヒにとっての俺は、むにむにすると気持ちいい肉塊でしかないようだ。ある意味ぬいぐるみ的役割なのかもしれない。
しかし、今までの俺はミルヒにとって恐怖の対象でしかなかったはず。それが贅肉を触らせることで距離感が縮まった。
であれば、ぬいぐるみ的な存在と思われるだけでも、”良かった”と思うべきなのだろう。
「いいですかミルヒ様。今のルドルフ様は、まだ真価が発揮されていないだけですの。民に愛されるという目標があるのですから、これからのルドルフ様は、きっと魅力的な男性になりますわ! (たぶん……)」
ぼそっと『たぶん』って言ったの聞こえたぞ!
「そ、そうですね」
「ルドルフ様」
「は、はい」
「ミルヒ様を悲しませないよう、ダイエットしつつも男としての器を磨いてくださいませ」
ミルヒと俺を繋ぐのは肉塊なのに、それを削ぎ落とすということは、俺たちの間を繋ぐものがなくなってしまうことになる。
それでも、すぐに婚約破棄ができるのであれば、気兼ねなく肉をそぎ落とせただろう。
だが18歳の誕生日を迎えるまでは、ミルヒとの婚約状態を維持しなければならない。
しかしながら、太った貴族=悪いヤツという定義がある現状、俺が痩せることは必須事項だと言える。
なんとも悩ましい話だ。
「わ、わかりました」
思案していると、ティナの真紅の瞳に睨めつけられていることに気づき、俺はその迫力に押され、無意識に上ずった声で返事をしていた。
そんな返事でも満足したのだろうか、ティナは俺から視線を外してミルヒを見据える。
「ルドルフ様の魅力は贅肉以外にあるはずです。ミルヒ様がその魅力を引き出してくださいまし」
「が、頑張ります」
なんだろう、最初の頃のティナは楚々としたお嬢様って感じだったのに、随分とイケイケなお姉さんみたいになってきたな。
「あたくしは、いずれヴォルフガングに戻ってくるでしょう」
領内に商会を開いているのだから、そりゃー戻ってくるだろうに。
「その時は、スラッとしてカッコいい男性……ではなくて、民に愛される立派な人物になっていてくださいませ」
「まあ、できる限り頑張ります」
「流刑で送られてくる者がいても、優しく接してあげられるようになっていてくださいましね」
「はぁ、努力します」
流刑って、罪人ってことだよな?
罪人でも優しく受け入れられるような、器の大きい男になれってことか?
まあ俺の悪名は王都にまで轟いてるようだから、それくらいにならないと安寧はなさそうだし、そんな男を目指すしかなさそうだな。
少々突飛な発破をかけられた俺は、微妙な表情をしたミルヒとともに、なぜかご機嫌なティナと喫茶店で別れ、ヴォルフスシャンツェの自室に戻った。
街を歩く、という肉体的に疲れる行動をしたのもそうだが、何だか精神的にも疲れたため、今日はすぐに眠るべくベッドに飛び乗った。
だが、意識が落ちる間際に宵闇色の長い髪に真紅の瞳の少女が脳裏に浮かぶ。
俺は彼女と再会するだろう。
見目が印象的な彼女とは、別段再会を誓ったわけではない。
根拠はないが何故かそんな気がする。
「だからどうした、って感じだよな。とりあえず今日は疲れたし、とっとと寝よ」
詮無きことを考えても仕方ないと思い、考えることを止めた俺はすぐに意識を手放すのであった。
俺がほぼ記憶喪失だということをミルヒは口にしてしまい、それが失言だと気付いたのだろう。彼女は慌てて口を閉じたが、ティナが目敏く反応したことで、漆黒の瞳を潤ませたミルヒは狼狽えてしまった。
可愛そうなくらいアワアワする少女が今にも泣き出しそうで、見かねた俺も慌ててフォローに入る。
「実は俺、3ヶ月前に落馬をしてしまって、記憶が曖昧になってしまったんだ。それで残ってた記憶を思い出しながら客観的に繋ぎ合わせてみんだけど、自分の生き方をに疑問を感じたんだよね。だから俺は過去の行いを反省して、領主一族として民に愛される者になろうと考えたんだ」
咄嗟の割によくこんなことを言えたものだ、と我ながらびっくりしてしまうほど見事な助け舟を出せたと思う。
そもそも俺の記憶があやふやなのは、別に隠しているわけではない。
流石に転生云々は口に出せないが、記憶についてはむしろ便利に使うべきだと思っている。
だからミルヒにも口止めなどしていない。
怠け者の俺が、単に説明するのを面倒くさがっているだけだ。
でもあれか、記憶を失うとかナイーブな話だから、ミルヒが気を遣って秘密にしておくべきと考えた可能性があるな。
それにそう考えてしまうのは、……まあ仕方のないことか。
後でミルヒには、隠し事でもなんでもないと言っておこう。
「ルドルフ様がお変わりになられたのは、記憶が曖昧になってしまったことが原因ですの?」
「端的に言うとそうだね」
俺の言葉を聞いたティナが驚いたように目を見開いた。が、それはほんの一瞬。
すぐさま繕うような笑みを浮かべた彼女は、少しだけ考えるような仕草を見せると、それまでの大人びた表情ではなく、年相応のキラキラした笑顔で口を開く。
「ルドルフ様、今のお気持ちを忘れず、これからも民に愛されるよう精進してくださいませ!」
「え、ああ、うん」
「それから、ミルヒ様を大事にしてくださいまし!」
「あ、はい」
なぜだかわからないが、真紅の瞳を輝かせたティナが急にグイグイきて、俺は若干腰が引けてしまった。
「ミルヒ様も、ルドルフ様を手放してはいけませんわよ!」
「は、はい」
「今のミルヒ様はまだお若く、お体は少女そのもです。ですが、いずれ爆乳になるはずですわ。男性は爆乳に目がありませんの。是非、爆乳でルドルフ様を籠絡なさってください!」
「ば、ばくにゅう?」
「ちょっ、何を言ってるんですがティナ嬢?!」
変なスイッチが入った様子のティナが、何やら意味不明なことを言い出したではないか。
過去の俺は、老若男女問わずとにかく他者に興味がなかったため、いくら美人や可愛い女性であっても興味はなく、ましてや胸の大小で態度が変わることがなかった。
そしてそれは、今でも変わっていない。
しかもミルヒとの婚約はいずれ解消する予定なのだから、変な知恵を付けないでほしい、そう思ったのは仕方のないことだろう。
それはそれとして、ティナの言葉が気になった。
彼女は、ミルヒが爆乳になることを”確信している”ような物言いをしていたと思う。
「変なことを聞くけど、どうしてミルヒが爆乳になると言えるの?」
「そ、それは、……あたくしの勘ですわ」
「勘の割には言い切ってたように思うけど」
「あたくし、その辺りの勘は優れてますの。このあたくしも、数年後には爆乳とまではいきませんが、巨乳レベルにはなりますわよ」
「そ、そうですか」
なんだろ、逆セクハラってこんな感じなのかな?
鬼気迫るティナの圧力に押され、俺の思考が現実逃避をしてしまった。
「それから、忠告をさせて頂いてもよろしいかしら?」
「どうぞ」
「ルドルフ様はもう少し……いいえ、かなりお痩せになった方がよろしいですわよ」
「はぁー」
「贅肉を携えていることは、富の象徴と捉えられることもありますが、見方を変えれば怠惰であると喧伝しているようなものですわ」
「そうですね」
俺も痩せるべきだと思ってるけどさー、簡単に痩せないんだよねー。
いや確かに、まだ本格的なダイエットには取り組んでないんだけど。
「ティナさん、お兄さまのお肉をむにむにするのは、すっごぉ~く気持ちいいんです! そのお兄さまからお肉を取ったら、いったい何が残ると言うのですか?!」
「ミルヒ様……」
「ミルヒ……」
ミルヒの言い分だと、俺の取り柄は肉だけになってしまうのだが。
そういえば、かつてのミルヒは俺をかなり恐れてたっぽいけど、腹の肉を揉ませてあげたら、一気に距離感が近くなったよな?
もしかしてミルヒにとっての俺は、マジで肉しか存在意義がないってことか?!
「ち、違うのですお兄さま。ミルヒはお兄さまのお肉をタプタプむにむにするのが好きなだけで、お肉がなくなっても今のお兄さまであれば、いいところがあるはず……です」
「例えば?」
「え~と~……。色々、です……」
「うん、わかった」
ミルヒにとっての俺は、むにむにすると気持ちいい肉塊でしかないようだ。ある意味ぬいぐるみ的役割なのかもしれない。
しかし、今までの俺はミルヒにとって恐怖の対象でしかなかったはず。それが贅肉を触らせることで距離感が縮まった。
であれば、ぬいぐるみ的な存在と思われるだけでも、”良かった”と思うべきなのだろう。
「いいですかミルヒ様。今のルドルフ様は、まだ真価が発揮されていないだけですの。民に愛されるという目標があるのですから、これからのルドルフ様は、きっと魅力的な男性になりますわ! (たぶん……)」
ぼそっと『たぶん』って言ったの聞こえたぞ!
「そ、そうですね」
「ルドルフ様」
「は、はい」
「ミルヒ様を悲しませないよう、ダイエットしつつも男としての器を磨いてくださいませ」
ミルヒと俺を繋ぐのは肉塊なのに、それを削ぎ落とすということは、俺たちの間を繋ぐものがなくなってしまうことになる。
それでも、すぐに婚約破棄ができるのであれば、気兼ねなく肉をそぎ落とせただろう。
だが18歳の誕生日を迎えるまでは、ミルヒとの婚約状態を維持しなければならない。
しかしながら、太った貴族=悪いヤツという定義がある現状、俺が痩せることは必須事項だと言える。
なんとも悩ましい話だ。
「わ、わかりました」
思案していると、ティナの真紅の瞳に睨めつけられていることに気づき、俺はその迫力に押され、無意識に上ずった声で返事をしていた。
そんな返事でも満足したのだろうか、ティナは俺から視線を外してミルヒを見据える。
「ルドルフ様の魅力は贅肉以外にあるはずです。ミルヒ様がその魅力を引き出してくださいまし」
「が、頑張ります」
なんだろう、最初の頃のティナは楚々としたお嬢様って感じだったのに、随分とイケイケなお姉さんみたいになってきたな。
「あたくしは、いずれヴォルフガングに戻ってくるでしょう」
領内に商会を開いているのだから、そりゃー戻ってくるだろうに。
「その時は、スラッとしてカッコいい男性……ではなくて、民に愛される立派な人物になっていてくださいませ」
「まあ、できる限り頑張ります」
「流刑で送られてくる者がいても、優しく接してあげられるようになっていてくださいましね」
「はぁ、努力します」
流刑って、罪人ってことだよな?
罪人でも優しく受け入れられるような、器の大きい男になれってことか?
まあ俺の悪名は王都にまで轟いてるようだから、それくらいにならないと安寧はなさそうだし、そんな男を目指すしかなさそうだな。
少々突飛な発破をかけられた俺は、微妙な表情をしたミルヒとともに、なぜかご機嫌なティナと喫茶店で別れ、ヴォルフスシャンツェの自室に戻った。
街を歩く、という肉体的に疲れる行動をしたのもそうだが、何だか精神的にも疲れたため、今日はすぐに眠るべくベッドに飛び乗った。
だが、意識が落ちる間際に宵闇色の長い髪に真紅の瞳の少女が脳裏に浮かぶ。
俺は彼女と再会するだろう。
見目が印象的な彼女とは、別段再会を誓ったわけではない。
根拠はないが何故かそんな気がする。
「だからどうした、って感じだよな。とりあえず今日は疲れたし、とっとと寝よ」
詮無きことを考えても仕方ないと思い、考えることを止めた俺はすぐに意識を手放すのであった。
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