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2章 我が家

オレは帰ってきた

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「ただいま」

 オレ・・は現在、実家の玄関先に立っている。

 黄昏時の今、パン屋である店側に誰もいないはずなので、オレは住居側の玄関で声をかけ、大人しく迎えを待つ。
 実家とはいえ久しぶりの帰宅だ、急に緊張してきてしまった。だが――

「あら、おかえり。もう少しで夕食の支度が終わるわよ」

「…………」

 おい母よ、ちょっと待て! オレは十五年・・・ぶりに帰宅したんだぞ。なんだその軽いノリは。

 あまりの衝撃で声を出せなかったオレは、心の中で盛大にツッコんでいた。

「……か、母さんは、オレが誰だか分かるの?」

「何つまらない冗談を言ってるの? 分かるに決まっているじゃない。私は貴方の、クラージュ・・・・・の母親よ」

 母は、オレをクラージュだと分かってくれている。たったそれだけのことが、オレは嬉しくてたまらなかった。

「そんな大きくて立派・・・・・・な体をしたいい大人が、なに泣きそうな顔してるの」

「だって、母さんの知ってるオレは、小さくて痩せっぽっち・・・・・・・・・・だったから、もしかして分からないかと思ってたんだ」

「馬鹿ねー。親というのは、自分の子どもがどれだけ成長しても、すぐに分かるものなのよ」

 自分が息子だと気付いてもらえなかったら……と、僅かに不安を感じていたオレだが、そんなことを感じるは必要なかったようだ。
 それどころか、感動に咽び泣きそうになるのをどうにか堪えていたオレに、母は茶化すように、あくまで軽く言葉をかけてくる。だからオレも言ってやる――

「母さんも昔と変わらず、今でもすごく綺麗だね」

 自分で言っておいて何だが、やはりオレはマザコンなのだろうと思ってしまう。
 そして思い出す――

『アンタのそのマザコンとシスコンなことろも気持ち悪いのよ』

 元婚約者フォリーの言葉だ。

 今となってはどうでもいい。マザコンやシスコンと言われても、実際に母と姉は大切な人で、オレの愛する家族なのだから、つまらない戯言を気にしても仕方がない。

「あらあら、クラージュもそんなお世辞を言えるようになったのね」

「べ、別にお世辞とかじゃないし……」

「いいから。ほら、いつまでもそんな所に突っ立ってないで、さっさと中に入りなさい」

 くるりとオレに背を向け、扉に手をかける母は、十五年前とまったく変わっていない。まるで、オレが買い物から帰ってきたときと同じような感覚だ。
 そして、一本の三つ編みに結われたローズゴールドの髪が、母の背中で踊るのを見て『これこそ母さんだ』と、オレの心も踊りそうになる。
 だがオレは見逃さなかった。母がオレに見えないよう、目尻に浮かんだ雫をさっと指の背で拭っていたのを。
 きっと、母なりに思うところがあるのだろう。だからオレも野暮なことは言わないよう、口を噤んで見ていないフリを装った。

 扉を開けた母は再度こちらに振り向き、オレの知っている満面の笑みを浮かべ、改めて「おかえり」と優しく微笑んでくれる。その懐かしい笑顔を間近で見ると、オレも自然に「ただいま」と声が出ていた。
 そんな変わらぬ優しい母に促され、オレは久し振りの我が家へと足を踏み入れる。
 十五年ぶりだというのに、何ら違和感がない。それはきっと、家具の配置や物があまり変わっていない、というのもあるだろうが、この家を大切にしている母の思いや温もりが、木の壁や床から感じられるからだろう。
 オレは少しずつ懐かしさが込み上げてきた。

 ~~~~~

 十五年前に十歳だったオレは、『姉を守るために強くなる』と、意気揚々とこの村を出たはずが、十五歳のときにパーティと元婚約者に捨てられ、十八歳のときに八つ当たりのように生まれ育った母国を捨て、隣国へ旅立った……といえば聞こえは良いが、実際は心が折れ、ちっぽけな自信と大きな目標を失い、逃げるように母国を出ただけだ。

 しかしながら、人生というのは何があるか分からず、何故かオレは大金を手に入れていた。それも、仕事もせずに多少贅沢な暮らしをしても、家族と一生生活できる程の金額だ。
 それでもオレは、相変わらずこれといった目標がないままだった。
 だがある日、突然何の前触れもなく、不意に母と姉の顔が脳裏に思い浮かんだのだ。
 そして特に考えるでもなく、『母と姉に楽をさせてあげたい』と思った。

 思い立ったが吉日とは良く言ったもので、オレはすぐに旅立ち、久し振りの母国へ、そして十五年間戻っていなかった我が家へと、遂に帰ってきたのだ。そう、懐かしの我が家へ――

 ~~~~~

 煌々と輝く魔術灯で照らされた居間で、懐かしいソファーに腰を下ろすと、少ししてから母がティーセットを持って現れ、テーブルの向かいのソファーに腰を落ち着ける。
 オレはカップを手に取り、軽く喉を潤しホッと一息つく。そして明るい室内で、母をまじまじと見てしまう。
 昔と比べて随分と小さく見えるが、それはオレが大きく成長したからであって、母が小さくなったのではない……と思う。
 先ほどは軽い口調で、『綺麗だね』などと言ってみたが、実際に十五年前は村一番の美人さんと言われていた母だ。嘘でも誇張でもない。
 だが母も、今年で四十歳になっているはずだ。その所為だろうか、オレの記憶にいる母より若干疲れたように感じる。それでも当時とたがわぬ美しさを、今でも十分に保っているのだ。それが何だか嬉しくて、誇らしく思う。

 懐かしさを沁み沁みと感じるオレは、飲み干したカップをテーブルに置く。――と、ここでオレは異変に気付いた。


 誰だお前は?!


 母の隣にちょこんと座り、ふぅ~ふぅ~とお茶を冷ましている少女の存在が、今になってオレの視界にしっかり映り込んだ。

 いつからいたのだろうか?

「おい母よ」

「どうした息子よ」

 動揺したオレがおかしな口調になってしまうと、何故か母もノリノリで返事をくれたが、今はそれに突っ込み返す余裕はない。
 そしてオレは、失礼だとか何も考えず、少女に指をさしつつ恐る恐る口を開く。

「そ、その子……」

 が、言葉にならない。

「あれ? ……あぁー、クラージュは初めて会うのよね」

「そ、そう、だけど……」

 自然体な母に対し、オレはしどろもどろだ。

「この子はキャンディッド。ラフィーネの娘よ」

「……な、何だ姉ちゃんの娘か」

 そうだそうだ、この家には母と同居している姉がいるのをど忘れしていた。その姉も今では三十歳、子どもがいない方がむしろおかしい。
 それにこの子の顔の造りは、どことなく姉を彷彿させる。――なんというか、少し懐かしさを感じさせる容貌だ。
 まだ幼いが、将来は姉の様な美人になりそうな素養があり、眠そうな半眼の奥には姉と同じ蒼い瞳がある。どう見ても、この子は姉の子だ。

「で、クラージュの娘でもあるわ」

「…………」

 オレが心の中でひっそりと納得していると、母が訳の分からないことを言い出すではないか。

「あれ、聞こえなかったかしら? キャンディッドは、ラフィーネとクラージュの娘よ」

 改めてはっきりと母の口から発せられた言葉を聞いても、オレには理解できない。

「なに呆けた顔をしてるのよクラージュ。――キャンディッドは、貴方の娘・・・・よ」

「…………」

「ほら、キャンディ、ご挨拶なさい」

 オレが微動だにしないからだろう、母はキャンディと言う愛称で少女を呼び、挨拶するように促していた。
 少女は手にした冷め切らぬカップをテーブルに置くと、隣に座る母を一度見遣る。母がニコリと微笑み返すと、それを合図に半眼の少女がオレの方を見てきた。

 そろそろ日もくれてきた時間だ、きっと少女は眠いのだろう、とオレはどうでもいいことを考える。これは、オレが長い年月をかけて培った、気を逸らすための自衛策だ。
 というのも、女性が苦手なオレは、例え相手が少女であろうと、性別が”女”であれば無条件に腰が引けてしまう。
 それを気取られぬよう何食わぬ顔をしているが、正直言ってヘタレなオレは、少女と目線を合わせられない。
 すると――

「……おっさん・・・・、誰?」

 ジトッとした目でオレを見てくる少女は、事もあろうかオレをおっさん呼ばわりしたのだ。

 オレ、まだ二十五歳なんだけど、子どもからすればおっさんなのかな? ……などとしょげていると、母が少女に声をかけた。

「キャンディ、この人は貴女のお父さんなの。おっさんなんて言ってはダメよ」

 決して厳しくはない優しさの籠もった言葉で、母は少女を諭す。
 ボーッとした少女は「おとう、さん?」と、呟いているようだが、その声から感情を感じられない。
 室内が不思議な空気に包まれ、オレはその空気に飲まれそうなるが、ハッと我に返る。

「いやいや、おかしーから。だってオレ、子どもが生まれるような行為・・をしたことないし」

 オレは頭に思い浮かんだ言葉を、何も考えずに笑い飛ばすように言い放つ。
 その言葉を聞いた母が、ピクリと片眉を上げる。

 拙い! オレの直感がそう叫ぶ。

 すると――
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