蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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とこしえの恋路

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 蛇珀の居住となった狐神社内にある屋敷には一通りの家具家電が揃っていた。
 蛇珀たちが以前目を覚ました部屋は一部に過ぎず、横長の平家には他にもいくつか部屋があり、どこも歴史を感じさせる上等な屏風や焼き物などが飾られていた。

 そのためいろりはまさしく身一つで蛇珀の家に入っても問題がなかった。
 ある程度の着替えや女性らしい小物などを蛇珀が運べば、さらに何不自由なく暮らせる空間がそこに出来上がった。

 いろりは舞い上がっていた。無理もない。一時は二度と逢えぬ覚悟も決めた愛しい蛇珀が、主人となり一生側にいてくれるのだから。
 蛇珀も舞い上がってはいた。いた、のだが、微かに杞憂する部分が邪魔をし、手放しに喜べない事実もあった。

 いろりが蛇珀の家に来て二週間が経とうとしていた。
 学校が夏休みのため、いろりはたまに母の元に行ったり友人に会ったりもしたが、やはりほとんどの時間を蛇珀と過ごした。
 日が高いうちに堂々と出かけたり、人前で手を繋ぎ歩いたりした。
 特別遠くに行かなくとも、いろりは蛇珀といつも一緒にいられるだけでよかったため近所の買い物でさえ大層喜んだ。
 そんないろりが愛らしく、蛇珀は人前で触れるのを我慢するのが難しいほどであった。
 蛇珀がいろりの元に帰り二週間というのに、もうどれだけの抱擁と口づけを交わしたのか、とても数えきれなかった。
 そしてその度に蛇珀は、自分の中にいるもう一人の自分と対峙していた。
 
 いろりを愛おしく想う気持ちは以前と変わらない。いや、むしろ増したであろう。そしてその種類は明らかに変貌した。
 綺麗で、汚したくない、傷つけたくない、ただただ大切にしたい。
 綺麗で、汚したい、一生消えない傷をつけて、自分の色に染め上げたい。
 以前は前者の気持ちが勝っていたのが、日に日に後者の気持ちがそれを飲み込むように膨らんでゆく。
 蛇珀の不安はそこにあった。
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