蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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試練

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 いろりは鷹海を見送った精一杯の笑顔を崩すと、寂し気に机に並べられた花の図鑑に手を伸ばした。

 一枚、二枚、とページを重ねるごとに、いろりの瞳から零れ落ちた雨が図鑑の文字を滲ませる。

『春夏秋冬違う花がたくさん咲く。春や夏は色が鮮やかで綺麗だぜ。秋や冬は地味だが風情があっていい』
『寒い時期にも花が咲くんですか?』
『ああ、秋は紅葉も綺麗だしな。いい場所があるからよ、また連れてってやる』
『私、全然知らなくて……少し勉強した方がいいでしょうか』
『しなくていいっつうの。全部俺が教えてやるから……な?』

 同じ部屋で寄り添いながら、蛇珀としていた会話を思い出す。
 今まで目が見えなかったいろりに、蛇珀はいろんなことを一から教える喜びを感じていた。
 しかしいろりはそんなことは望んでいなかった。
 いろりはただ、その瞳に蛇珀さえ映していられれば幸福だったのだ。
 どんな絶景も、蛇珀なしには意味を成さなかった。

「……蛇珀様、蛇珀様……どうしてでしょう、離れていればいるほど、あなたへの想いが大きくなって……蛇珀様はもっと辛い目に遭われているのに、こんなことで毎晩泣いてしまう私は……弱くて、未熟で……ごめんなさい、ごめんなさいっ……」

 いろりが鷹海に見せたのは、心配させまいとする作り笑顔であった。
 いつも穏やかに安定した笑みを持って高校生活を送っているいろりが、まさか毎日のように涙しているとは百恋ですら想像もつかなかった。

「蛇珀様、蛇珀様……逢いたいです、逢いたいです……早く私を、抱きしめてください……」

 蛇珀の数珠に頬を擦り寄せながら、いろりは愛しい面影を追い続けていた。

 そしてその日の深夜――
 ついに百恋が最後の手段に出る。
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