蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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仙界

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「いろりよ。蛇珀のことはもう忘れてはどうだ」

 頭上から降ってきた信じ難い言葉に、いろりは耳を疑い金の狐を見つめた。

「私たち神とそなたたち人間との歴然とした差は仙界に来てよくわかったであろう。蛇珀とのことはよい思い出として胸にしまい、人間の男との恋を望んではどうだ。そなたはまだ若い。今後蛇珀よりよい男に出逢う可能性も十分にあろう。何もあえていばらの道を選ぶことはない。そなたは蛇珀により目が見えるようになった。それだけでよかったではないか」

 狐雲の声は、どこか遠くに響いて聞こえた。

 この時――
 嘘のように、いろりの世界は色を失った。

「…………それは……蛇珀、様を、あきらめた方が、いい、という意味ですか? ……その方が……蛇珀様のためになる……ということ、でしょうか…………?」

 いろりは震えながら、階段の肌に爪を立てた。
 
「……それなら」

 次のいろりの表情、言葉は、狐雲にさえ驚愕の刹那を与えた。

「私の目を……もう一度見えなくしてください。蛇珀様のいない世界なんて……見る意味がありませんから」

 涙を堪え、懸命に微笑みを作って言ってのけたいろりの姿に、狐雲はこの少女――否、一人の人間の覚悟を見た。
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