鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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「あれは文句なしに地獄行きだな、もっとこらしめてやってもよかったのではないか?」
「いいよ、あんな人のために労力使うことがもったいないもん」

 扉を中からしっかり施錠し、閻火の元に戻る。
 よほど爽やかな顔つきをしていたのだろう、閻火は近寄る私に満足そうに笑いかけた。

「取り乱して激高するかと思ったが、ずいぶんできた対応だったな」
「私も大人になったってことですよ」

 少し得意げに鼻を高くする。
 とはいえ閻火の行いに救われたのも事実だ。
 これに懲りて二度とこの店に来たいとは思わないだろう。
 性格悪いなぁ、なんて思いながらも、ざまあみろが本心だ。
 仮面の剥がれた化け物みたいな顔を振り返ると、憐れみすら覚える。
 過去のしがらみとの訣別は、私に爽快な笑顔を与えた。

「でも正直すっきりしました、あの人の存在がいつもどこかで引っかかっていたので」
「それはなによりだ」
「……まあ、たぶん、閻火のおかげなので、ありがとう」

 ございます、とつける前に閻火の顔が間近に迫る。
 身体は正直だ。
 次の瞬間なにが起きるかわかったのに抵抗なんてできなかった。
 黙って着地した薄い唇を受け止める。
 外の寒気が嘘のように熱かった。
 いや、熱いのは私だろうか?
 どちらのぬくもりとも区別のつかない、幸せな錯覚だった。

「俺のことが好きだろう?」

 私の頬に添えられた手が少し震えていたのは気のせいだろうか。
 仮に自分の気持ちを認めたところで状況は好転しない。
 二者択一は変わらないのだから。
 閻火についていけば、この店は守れない。
 この店に残れば、閻火とは一緒にいられない。
 こんな残酷な選択を強いるなんて、やっぱり彼はまごうことなき鬼なのだ。

「俺を選べ、萌香」

 吐息が触れる距離のまま誘う声はあまりに甘く、頷きそうになるのを堪えるのがやっとだった。
 切望するように揺らめく真紅の瞳に吸い込まれそうになる。
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