鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
135 / 158
究極の選択

4

しおりを挟む
 家庭の悩みを相談しても、おばあちゃんが口出しできなかったのはそのためだ。
 自分の娘のせいで離婚させておいて、再婚がダメなんて言えなかったのだろう。
 「私の育て方が悪かったのかねぇ」と、ぽつりつぶやいた小さな背中が今でも忘れられない。
 
「恋人ではない、伴侶だ」

 蜜香子は閻火の台詞に驚くでもなく、素知らぬ顔で手近にあった椅子に腰かけた。
 形だけの娘が結婚しようとしまいと興味がないのだろう。
 私のことはもういい。けれどおばあちゃんが大切にしていたこの店を愚弄することだけは許せない。
 キッチン台に買い物袋を置いていると、蜜香子がハンドバックから細長い筒状のものを取り出すのが見えた。

「すみません、うち禁煙なので」

 横目で捕らえたタバコにすかさず注意を促す。
 蜜香子は人差し指と中指に挟んだそれを口元に運ぼうとしたところで静止した。
 パールホワイトにコーティングされた爪が照明を受け光っている。
 
「少しくらいいいじゃない、お母さんなんだから多めに見てよ」

 都合いい時だけ親だなんて冗談じゃない。

「私はあなたを母親だとは思っていませんし、それとこれとは別です」

 なだらかに描かれた眉が一瞬ぴくりと動いたかと思うと、蜜香子の手からタバコが落ちる。
 指を開いて、わざとなのは明確だった。

「あら、ごめんねぇ、手が滑っちゃったわ」

 なにがそんなに可笑しいのか、さも楽しげに狐のように目を細める。
 以前の私なら逆上していたかもしれないけれど、今は挑発に乗るのもバカらしい。
 床にあるタバコはあとで拾って捨てればいい。ただそれだけのことだ。
 なにをしたってもうこの人が私たちの聖域を汚すことはできない。
 自分だけが置き去りにされているといつになれば気づくのだろうか?
 そう思うと着飾った嘘の美しさがひどく滑稽に見えた。

「萌香ちゃん、そろそろこのお店を手放す気になったかしら?」

 おばあちゃんが亡くなってから、蜜香子はこの話ばかりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」 義姉にそう言われてしまい、困っている。 「義父と寝るだなんて、そんなことは

そんなふうに見つめないで…デッサンのモデルになると義父はハイエナのように吸い付く。全身が熱くなる嫁の私。

マッキーの世界
大衆娯楽
義父の趣味は絵を描くこと。 自然を描いたり、人物像を描くことが好き。 「舞さん。一つ頼みがあるんだがね」と嫁の私に声をかけてきた。 「はい、なんでしょうか?」 「デッサンをしたいんだが、モデルになってくれないか?」 「え?私がですか?」 「ああ、

結婚前の彼の浮気相手がもう身籠っているってどういうこと?

ヘロディア
恋愛
一歳年上の恋人にプロポーズをされた主人公。 いよいよ結婚できる…と思っていたそのとき、彼女の家にお腹の大きくなった女性が現れた。 そして彼女は、彼との間に子どもができたと話し始めて、恋人と別れるように迫る。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...