鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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究極の選択

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 花の刺繍が施されたオフホワイトのタイトスカートにグレーのショートコート。
 毛並みのいいふわりとした素材はおそらく本革だろう。自分のためにお金をかける悪癖は相変わらずのようだ。

「……なんの用ですか?」

 無意識に刺々しい口調なるけれど、栗添蜜香子みかこは表情を崩さない。
 今となっては同じ性を名乗ることさえ抵抗がある。
 みかんの蜜に香るという文字まで入っていて、私やおばあちゃんと名前の系統が似ている。まるで本当の親子みたい。こじつけるみたいにそう言って、喜びを装っていた彼女の笑顔を思い出す。だから血の繋がった娘には自分の名前から一文字取って、全然関係ない文字と合わせて風子にした。
 端からお父さんのことなんて愛していなかったくせに。
 「思い通りになる楽な人だから」と友達か誰かに電話で話していたのを知っている。

「久しぶりね、私が連絡してもちっとも反応してくれないんだもの」

 最近ついに着信拒否をしたので、そろそろ来る頃だとは予想していた。
 この店について話が一向に進まないことに痺れを切らし、わざわざやって来たのだろう。
 立ち話を道行く人に見られるのも嫌だったので、とりあえず中に入るよう促した。
 本当はこの敷地内に上がられるだけでも嫌気が差すけれど、公の場で話したい内容ではないので仕方がない。
 閻火の手を離しコートのポケットから取り出した鍵で扉を開ける。
 ノブを手前に引くと蜜香子は我が物顔で一番に店に入った。
 そして室内を見渡すより先に、流すような視線を閻火に送る。
 扉を閉め電気をつける私のそばで、閻火は険しい顔つきをしていた。

「ずいぶんと魅力的な恋人ができたのね、血は争えないということかしら」

 要するに私を産んだ女が男を作って逃げたから、あなたにもその淫らな血が流れていると言いたいのだろう。
 お父さんが私に隠していた事実を聞いたのは蜜香子からだった。
 「あなたが本当のことを知らないなんてかわいそうだと思って」と、あたかも善者のふりをして腹の底では嘲笑している。そういう人なのだ。
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