鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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転機

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 リーフムーン。直訳すると葉月だ。
 こんな簡単なこと、本人だからこそ気づけなかったのかもしれない。
 自分はいらない子だと思い込んでいたら、はなから可能性を想像しないのだから。
 柄にもなく下手くそなウインクをしてみると、美月さんは照れたように目を泳がせた。

「ぜ、全然知らなかった、なんであたしの名前に」
「なんでって……葉月のことが大好きだからに決まってるでしょうがー!」

 美月さんは顔を上げたかと思うと飛びつくように娘を抱きしめた。
 葉月ちゃんは顔を赤らめながら「お母さん恥ずかしいよ!」と口だけで抵抗していた。困ったように眉を下げながらも大人しく母親の腕に収まっている彼女を見ると、あたたかな思いを分けてもらえる気がした。
 けれどこれにて一件落着、とはならない。
 なぜなら母娘が和解したところで、行列は減らないからだ。
 それどころか時を経るごとにどんどん数が増している。

「私としたことが定休日を火曜って書き間違えちゃって……め、めん、ご?」

 泣きそうな顔の前で両手を合わせて謝る美月さん。
 確かに予想外が過ぎたけれど、お客様を追い返すなんてできるはずがない。
 閻火と藍之介に注がれていた視線が、次第に私に移動しているのがわかる。同時にざわざわと入り混じるさまざまな声。
 美月さんとのやり取りから、どうやらこの冴えないのが店主だと勘づき始めたらしい。
 見計らったようにちょうど滾っていたのだ。これほど鉄は熱いうちに打て、を実行できる状況はないだろう。
 ついに巡ってきた転機、ありがたくちょうだいするしかない。

「大丈夫です! 今すぐ開けますから少々お待ちを!」

 休みを返上して開店の狼煙を上げる。
 背後に立つ二人の鬼は、額に手を当てため息をついていた。
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