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赤鬼と青鬼
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それから当所の予定だった小説を藍之介に返し、おじさんとおばさんと軽く話をすると店を出た。本の返却は私を呼び寄せるための口実に過ぎなかったようだ。
気づけば閻火は本屋の中にはいなくて、私が外に出るとすぐ目の前に現れた。
日が高くなった晴れやかな道を渡り、喫茶店に帰る。
閻火はなにも言わずに、静かに私の隣をついて歩いた。
一言も責める様子もなく、いつもと変わらない閻火に、言わなければならないと思った。
「あ、あの、閻火」
キィ、と微かに軋む音が遠のく。
店内の床を踏みしめ、扉を閉めたあとで小さな勇気を絞り出した。
「ごめんなさい……ひどいこと言っちゃって、心配してくれたのに」
すみませんよりも親近性のある謝罪。
話をまともに聞こうとせず、頭に血が上って傷つけてしまった。
視野が狭いのは私の悪い癖だとわかっているはずなのに、一時の感情に振り回される。
「だから言っただろう」と恨み節が返ってくるのを覚悟していたのに、流れるのは穏やかな静けさだけだった。
そっと盗み見るように、閻火の足元から上に視線を滑らせる。
着地点で待っていたのは、慈しむように優しくしなる目尻だった。
「お前はなにも悪くない、あの状況なら当然の反応だ。俺が来たばかりなのも事実だしな」
「で、でも」
「蒼牙は優秀なだけに人間に成り代わることにも長けていた、鬼だと断定できずお前に詳しく話すことができなかった、俺の落ち度だ」
飛び抜けて自信家の閻火が、自らのミスだと公言したことに仰天する。
「他人のためにあれほど怒れるのは心の綺麗な人間にしかできない。蒼牙の奴はバーゲンなどとくだらないことをぬかしていたが、俺は何度でも言うぞ」
閻火の瞳と、口元を追う。
その続きを急ぎ聞きたくて仕方がなかった。
「愛しているぞ萌香、早く俺を好きになれ」
低音が奏でる甘い歌。
私の過ちもまるごと包み込み、砂糖菓子のように溶かしてしまう。
もしも契約が「閻火に落ちること」だったなら、私はもう地獄に足をつけていたかもしれない。
その証拠に、閻火の抱擁に強く応えずにはいられなかった。
気づけば閻火は本屋の中にはいなくて、私が外に出るとすぐ目の前に現れた。
日が高くなった晴れやかな道を渡り、喫茶店に帰る。
閻火はなにも言わずに、静かに私の隣をついて歩いた。
一言も責める様子もなく、いつもと変わらない閻火に、言わなければならないと思った。
「あ、あの、閻火」
キィ、と微かに軋む音が遠のく。
店内の床を踏みしめ、扉を閉めたあとで小さな勇気を絞り出した。
「ごめんなさい……ひどいこと言っちゃって、心配してくれたのに」
すみませんよりも親近性のある謝罪。
話をまともに聞こうとせず、頭に血が上って傷つけてしまった。
視野が狭いのは私の悪い癖だとわかっているはずなのに、一時の感情に振り回される。
「だから言っただろう」と恨み節が返ってくるのを覚悟していたのに、流れるのは穏やかな静けさだけだった。
そっと盗み見るように、閻火の足元から上に視線を滑らせる。
着地点で待っていたのは、慈しむように優しくしなる目尻だった。
「お前はなにも悪くない、あの状況なら当然の反応だ。俺が来たばかりなのも事実だしな」
「で、でも」
「蒼牙は優秀なだけに人間に成り代わることにも長けていた、鬼だと断定できずお前に詳しく話すことができなかった、俺の落ち度だ」
飛び抜けて自信家の閻火が、自らのミスだと公言したことに仰天する。
「他人のためにあれほど怒れるのは心の綺麗な人間にしかできない。蒼牙の奴はバーゲンなどとくだらないことをぬかしていたが、俺は何度でも言うぞ」
閻火の瞳と、口元を追う。
その続きを急ぎ聞きたくて仕方がなかった。
「愛しているぞ萌香、早く俺を好きになれ」
低音が奏でる甘い歌。
私の過ちもまるごと包み込み、砂糖菓子のように溶かしてしまう。
もしも契約が「閻火に落ちること」だったなら、私はもう地獄に足をつけていたかもしれない。
その証拠に、閻火の抱擁に強く応えずにはいられなかった。
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