鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

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赤鬼と青鬼

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「辛そうにしているところ悪いが萌香、続いて聞く。……その藍之介という小僧との出会いからすべて思い出せるか?」

 そんなの、当たり前だ。
 出会いはおばあちゃんの喫茶店で。
 そこから仲良くなってしょっちゅう遊んで。
 遊んで……いたのに、どうしてだろう。
 小さな頃の藍之介の顔をはっきり思い出せない。
 そうだ、確か、小学校高学年に上がる時に、なにか重大なことが起きたような。だけどそれが、なんだったか思い出せない。

「……やはりな」

 閻火は腑に落ちたように平静な面持ちでいた。
 
「やはりって、なにが? 私には全然なにもわからないんですけど」
「藍之介にはもう会うな」

 ここまで来ればもう意味不明だった。
 いや、私の心が理解を拒絶していたのかもしれない。

「なに、言ってるんですか」
「あいつは危険だ、少なくとも絶対に二人では会うな、取り返しのつかないことになるかもしれんぞ」

 閻火のその台詞に、身体の芯からすーっと熱が引いていくのがわかる。
 昔の記憶は不鮮明だ。
 けれど思いつく限りの藍之介は、みんな優しい。
 喧嘩をしたこともない。いつもバカで無鉄砲な私をさりげなく支えてくれた。
 大事な幼なじみを貶された気がして、両の拳に力がこもった。
 冷えた気持ちがじりじりと燻り始める。
 強く地面を蹴り、閻火を横切ろうとした時「待て」と掴まれた腕をめいっぱい振り解いた。

「藍之介はっ……私のたった一人の親友なんです……悪く言うなんて許せない」
「落ち着け萌香、話を」
「来たばかりの閻火になにがわかるんですか!? ふざけるな!!」

 一気に沸点を超えた嘆きが文字の刃となり溢れ出た。
 なりふりかまわず闇を駆ける。
 閻火なら藍之介のことだってわかってくれる。風子や葉月ちゃんとやり取りしたように、仲良くできるはずだと、心のどこかで思っていた。
 いや、閻火なら私が本気で傷つくことを言わないと信じていたのだ。
 いつの間にかこんなに甘えていた私。そしてそれを裏切られたことが、怒りよりも悲しくて仕方がなかった。
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